雷の味

星見守灯也

雷の味

 ここは浅草、浅草寺の門前。

 セミの声が高らかに響いていた。

 暑さに打ち水をする横で、雲の行方を気にする人々がいた。

 見ればあちらに入道雲がもくもく出てきて、だんだん暗くなってきた。

 これは夕立がくるかもしれない。

「お、そんな季節かい?」

 行き交う人々が店をのぞいて、楽しみだなあと声をかける。

「ああ、そろそろ鳴るころかな」

 店主は雲の来るほうを見て、竹竿を出してきた。物干し竿より長い竿だ。


 それから一刻も経たないうちに、黒い雲がやってきた。

 涼しい風に変わり、セミの声ははたと止まる。

 重く閉ざすような雲が一面に垂れ込め、すぐに雨粒が落ちてくる。

 大粒の雨に混じってゴロゴロ……と音が近づいてきた。

 それを聞いた江戸っ子たちは激しい雨に我先にと飛び出して行った。

「雷だ! 雷が来たぞ!」

 男たちは半裸になって竹竿を担いで走っていく。

 前も見えないほどの雨の中、細い雷が一筋光った。

 ピカッ! ゴロゴロ……。ドーン!

「落ちた!」

「あっちだ!」

 雷の真下にまできて、どんよりとした低い雲を見上げる。

 その雲を長い竹竿の先でつきあげた。

「そら!」

「うらうら!」

 つつきまわすと雲はちぎれて穴が空き、ゆっくりと空から落ちてきた。

 もくもくとした雲のかけらは、きらきらとした糸のような雷をまとっている。

 竹竿で叩き、余分な雷を吐き出させれば、雲はようやくおとなしくなった。

「うっへえ、ビリビリしやがる!」

「これがいいんじゃねえか!」


 雲を担いで戻ると、店のものは大きな鍋に水飴を煮詰めていた。

 砂糖を入れ、沸騰させよく混ぜる。ねってねって、だんだん白くなってきて……。

 そこに雷雲をちぎって入れた。まばゆい火花が散り、ゴロゴロと鍋が鳴る。

 水飴が雷を引くようになったら、煎った蒸し米に混ぜる。

 大きなしゃもじで絡めて、餅のように手で叩いてまとめていく。

 冷えないうちに手早く型に伸ばして大きな包丁でザッザッと切って一口大に。

 刃を入れるたびにバリバリ音がして割れた。


 雨はあっという間にあがり、ひんやりした晴れになっていた。

 できたものをすくって袋に詰めると、待ちかねた客が寄ってくる。

「さあ、出来立てだよ。ザクザクバリバリだよー」

 まだほんのり温かい菓子は、香ばしくて歯ごたえがいい。雷の味がする。

「これを食わなきゃ夏がこねえや」

「江戸の夏といや、雷おこしだからな」




 そう、夏は雷おこしの旬と言われるのはこういうわけだ。

 残念ながら、今「雷おこし」として売られているものは雷が入っていないがね。

 雷入りのを食べてみたい? 

 やめとけ、あれは命知らずの江戸っ子の食いもんだよ。

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雷の味 星見守灯也 @hoshimi_motoya

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