第47話 神聖


 リュケル教会の聖女ディアナは、ベッドの上でパチリと目を開けた。


「また時間が止まりましたね」


 就寝中だったディアナは寝ていても異変を感じ取り、その身をベッドから起こす。


 寝間着姿のままランタンを持ち、暗い教会の中を歩いて隣室へ。


 隣室で寝ている新人聖職者カーラの姿を確認すると、彼女は腹を出したまま爆睡――した状態で停止している。


 他にも教会長アルドナも、同僚である五人の聖職者達も。


 全員、眠った状態のまま停止していた。


「しかし、今回はヒントがありそうです」


 仲間達が停止していることを確認したディアナは、廊下に出て独り言を呟いた。


 彼女が言った『ヒント』とは、起きた瞬間から感じている感覚のことだろう。


 今のディアナは『神聖』を感じ取っていた。


 女神リュケルと交信する際、女神と意識が繋がった際に自身の身を包むような特殊な感覚。


 それに似た何かが王都の中から感じる。


 前回は感じなかった、明確な変化を頼りにディアナの足は教会の入口へ向かう。


 入口傍にあったベンチにランタンを置き、彼女はやや重い正面ドアを開ける。


 外を見渡すと意外と明るい。


 空に浮かぶ星と月の光はそのままで、これならランタン無しで歩けるだろう。


 彼女はランタンを持たずに外へ出ると、身に感じる神聖を頼りに歩き出した。


「こちらは……」


 自分の感覚を頼りに足を進めると、向かう先は南東区。


 恵まれない者達に対するボランティアで何度も訪れた場所だが、同時に教会長から「絶対に一人では行かないように」と強く念押しされている区画でもある。


 しかしながら、ディアナの足は止まらない。


 それどころか、先ほどから歩行速度がどんどん上がっていく。


 身に感じる『神聖』の正体は何なのか? 南東区に女神が降臨したのか?


「確かめなければ」


 好奇心、それに少しの焦りが混じったような声音を漏らしながらディアナは進む。


 南東区の入口に足が差し掛かると、奥から爆発音のようなものが聞こえてきた。


「戦っている?」


 戦いから程遠い身分であるディアナですら分かるほど、明確な破壊音が聞こえた。


 同時に感じる神聖さも進む度に強くなっていくのだが、その中に『異質な感覚』も混じっていく。


「なにか、違う……」


 ディアナの足取りは更に速くなり、南東区の奥へ奥へと進んで行く。


 区画の半ばほどまで進むと、彼女の目に意外なものが飛び込んで来た。


 それと同時に彼女は近くに積まれていた木箱に身を隠してしまう。


「あ、あれは……」


 彼女が見たのは、男性と『何か』が戦っているシーン。


 男性の方は自分と同じように動いており、時間停止の影響を受けていない。


 そして、その男性と戦う羽の生えた女性は――


「あれは何? 神聖さを感じながらも、リュケル様とは違う……」


 戦乙女を見つめると、確かに女神リュケルに似た神聖さを感じ取れる。


 だが、その中には明確に「違う」と感じられる感覚も含まれていた。


 しっかりとした言葉では言い表せない、ちょっとした違いだ。


 されど、これまで女神リュケルの神聖さを感じてきた聖女ディアナにとっては大きな違いでもあった。


「男性の方からも……」


 次に男性の方であるが、こちらからも『神聖』は感じられる。


 強烈な神聖さを醸し出す戦乙女とは違い、微かではあるが。


 しかし、男性から感じられる神聖さも女神リュケルのものと一致しない。


 こちらも「何か」が混じっている。


「でも……」


 異質な神聖さを持つ二人の戦いは、素人目に見ても男性の方が有利に見えた。


 むしろ、圧倒しているようにも見える。


 木箱に身を隠しながら戦いを見守っていると、決着がついたようだ。


 男性は肩で大きく息を繰り返しながらも、何かを言っている。


 戦乙女は槍を杖のようにして体を支え、片方の手を自身の体に突っ込んだ。


 そして、取り出したるは虹色の魔石に似た物体。


「あれは……!」


 強烈な神聖を感じた。


 異質な感覚が混じってはいるものの、あの物体からはより強い神聖さ――まるで神の体温とも錯覚するような、強烈な感覚がディアナの目を通して襲い掛かる。


「か、神――」


 彼女の呟きは途中で終わった。


 戦乙女が虹色の物体を握り潰した瞬間、世界は光で覆われた。


「ハッ!?」


 気付けばベッドの上。


 急いで起き上がったディアナが状況を確認し始め、サイドテーブルに置かれていた懐中時計に目をやると……。


「また時間が戻ってる!」


 戻った時間は正常に歩を進めている。


 慌ててベッドから飛び出し、教会の外へ向かった。


 深夜の王都は静けさがあるのものの、外をフラフラと歩く酔っ払いはそれらしく歩いている。


 遠くからは中央区を警邏しているであろう、騎士達の歩く音が聞こえてくる。


 正常だ。


「時間の停止、巻き戻り。その原因は――」


 南東区で戦っていた二人だ。


 最後に見た、あの虹色の物体を握り潰す行動こそが原因。


 そして、最後に感じた強烈な感覚。


「あれは……。女神リュケル様とは違う」


 敬愛する女神リュケルではない何か。


 この世界を創造した女神リュケルとは違う神聖。


 異なる神聖を明確に感じ取った聖女ディアナの頬には、ツゥと一筋の冷たい汗が流れた。


「探さないと」


 この世界に起きている異変を把握するには、解決するには探す必要がある。


 自分と同じく、時間停止の影響を受けていなかった男性。


 異質な神聖を持つ者と戦っていた、あの男性を。


 表情に焦りを見せながら、ディアナは早足で女神リュケル像の前まで向かう。


 像を前に跪くと、両手を強く握りながら祈り始める。


「どうか、どうか……。女神様……!」


 彼女の必死な祈りが通じたのか、祈りを捧げる彼女の周辺に変化が起きた。


 他人には見えないが、彼女は虹色のモヤに似た何かに包まれる。


 同時に頭のてっぺんが熱くなっていき、彼女の頭上には白く光る輪が出現する。


 これは敬愛する女神と繋がった証拠だ。


 これまで経験してきた「成功」と同じ感覚を得たからか、祈りを捧げていた彼女の表情がパッと輝く。


「女神様! どうか! どうか、お言葉をお聞かせ下さい!」


 女神と交信できると確信した彼女は叫ぶように告げる。


 すると、返ってきたのは――


『むむぅ……。ひゃがひょよ、ふひゃとひひなひゃい』


 女神の言葉にしてはどうにも威厳がない。


 というか、ほぼ何を言っているのか分からないような言葉の連続だった。


 返ってきた女神の言葉を他人が聞いたら、言葉を詰まらせながら「口に何か咥えている?」とか「口に布を詰め込まれてる?」などと感想を漏らしそう。


 そんな状況を想像してしまうような喋り方であった。


「女神様! 私が見た戦いは! あれは何なのですか!? 貴女様の意図する戦いなのですか!?」


『ひゃがひょよ、ひょくひひなひゃい。ふぁれはひゃひゃしのひぇんひょぐでにゃふぁりまひぇん』


 女神は『うう"』と苦悶の声を漏らしつつも言葉を続けた。


『ひゃひゃひゃってふぃたひゃんしぇいとふぁうのふぇす。ひゃれはふぉふぉなるひぇふぁいふぁらひたひんふぇん。ふぁれふぉそがふぉのふぇがいふぉふふう、ひゅーふぇーひゅふぉふぁりふぁふぉう』


「女神様……」


 ディアナの顔には「全く何を言っているのかわからない」という色があった。


 それでも彼女はいつも通り、意味不明な言葉を語る女神の意図を汲もうとする。


「あの羽の生えた女性からは異質な神聖を感じました。あれは女神様と似ているようで違う。女神様の意志を感じられませんでした」


『ふぉう! ふぁってる! ふぁれはふぇひふぇす!』


「戦っていた男性からは微かな神聖を感じましたが……。女性より異質な感じが薄かったように思えます。女神様が持つ神聖、温かさ……感じられる雰囲気は似ているけど、奥底にある本質が違っているように感じました」


『ふぉう! ふぁれふぁ、ふぉとふぁるふぁみふぁら、ふぁごふぉふぁふぁふぇふぁれふぇいふぁしゅ』


「善と悪をハッキリと判別することができませんが……。私が思うに、男性の方が女神様に近い気がします。女神様を敬愛する我々が力を貸すならば、あの男性の方ではありませんか?」


『ふぉう! ふぉう! ふぇいふぁい!!!』


 女神が言葉を発すると、ディアナは女神の発する歓喜の感情に包まれた。

 

 つまり、ディアナの推測は正解だったということだ。


「なるほど……。となると、我々が……。いえ、私が彼に何をするべきかが重要ですね」


『ふん! ふん!』


 女神からは興奮するような感情が伝わってくる。


 女神はディアナが口にするであろう、自分の意図にばっちり沿った行動の内容を期待しているようだが……。


 うんうんと唸って悩んでいたディアナに電流走る。


「……子作り」


『ふぁ?』


「あの男性は私と同じく、神の加護を授かっているに違いありません。でなければ、世界の時間が停止した中では動けないはず」


 ディアナは至極真面目な顔を女神像へ向けた。


「神聖を持つ男性の子を孕み、神の使徒を増やせということですね!?」


『ふぃふぁう!! ふぃふぁううううう!!』


 女神は全力で首を振っているだろうが、そんなリアクションはディアナに伝わらない。


「彼の子を孕み、産み増やすことで……! 然るべき状況に備える! そうなのですね!?」


『……ふぁー、ふぁるひみあふぁっふぇひりゅひょうにゃ』


 女神は否定も肯定もしない、中途半端な雰囲気を醸し出してしまった。


 それがいけなかった。


 その雰囲気を感じ取ったディアナは「正解」と勘違いしてしまったのだ。


「お任せ下さい、女神様。貴女様の加護を授かった聖女として、その勤めを必ず成し遂げてみせます!」


『ふぁっふぇ。ふぁだ――』


 女神はディアナの考えを改めさせようとするが、ここでブチッと電波が途絶えるように交信が断たれてしまった。


 あまりにも唐突な終了にディアナは狼狽えるが、それでも女神の言葉を受け取ったという事実がある。


 女神から「正解」を授かったという自信がある、と言わんばかりの表情を見せた。


「女神様……! お任せ下さい! 聖女ディアナ、ヤります!!」


 この場合、彼女の口にした「ヤる」はどっちの意味なのだろうか?


 女神の意図を完璧に体現するという意味なのか、それとも?



※ あとがき ※


ここまで読んで下さりありがとうございます。

続きはまだ未完成なので一旦ここで投稿は終了となります。


続きに関してですが、商業の方と別件の賞に出そうと思っているお話を書いているので少々時間が掛かりそうです。

あと毎年恒例となる本業の年末繁忙期が徐々に見えてきたので…。

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女神殺しの悪役貴族 ~死亡フラグを殴って折るタイプの転生者、自分と推しキャラの運命を変えて真のハッピーエンドを目指す~ とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化 @morokosi07

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