第46話 計画変更 2


「わ、私に死んで欲しくない……? カラスコ卿が手配した人なの?」


 カラスコ卿ってのは、直前まで薔薇の館で遊んでいた貴族のことだろう。


 ここは頷くか迷ったが、後々こじれそうなので否定しておくことにした。


「いいや」


 ただ、多くは語らない。


 リアムの時と同じように、相手が勝手に解釈するように。


「とにかく、ここから脱出する。仲間にも退くよう指示を出せ」


「わ、分かったわ」


 俺と共に部屋を出たバーベナは、廊下にいた黒服に「撤退して!」と指示を出した。


「生き残れたら……。また館に集合しなさい!」


 彼女と一緒に裏口へ回ると、そこにはアロッゾの手下達が再び集まっていた。


 正面の方からも怒声が聞こえてくるので、痺れを切らしたアロッゾが突入の指示を出したのだろう。


「よっと」


「ギャフン!」


 とりあえず、裏口にいた手下共は全員ぶっ飛ばしておく。


「あ、貴方……。随分と強いのね」


 バーベナは睨みつけるように俺を見た。


 その視線にはまだ疑いの色が窺えるが、それでも単身逃げ出さないのはよっぽど切羽詰まっている証拠だろう。


『いねえぞ!』


『どこだ! 探せ!』


 どうやら正面入口は制圧されたらしい。


 アロッゾの手下共が娼館内に突入したらしく、背後からは慌ただしい足音が聞こえてくる。


「こっちだ」


 俺はバーベナの腕を掴み、裏口からすぐ傍にある細い路地へ移動。


 路地の幅は大人二人が肩を並べて通れるくらいの広さであり、奥は壁になっていて通り抜けられない。


 壁の傍には山盛りになったゴミ箱が置かれていて、それを踏み台にすれば壁を越えられるだろうが、普通に考えれば袋小路というやつである。


「こ、ここは行き止まりよ!? どうするの!?」

 

「ここで全員を排除する」


 奥のゴミ箱付近にバーベナを進ませ、俺はくるりと体の向きを変える。


「ぜ、全員!? アロッゾも!?」


「そうだ」


 ここならバーベナも逃げ出せまい。


 錯乱して壁を乗り越える可能性が無いわけじゃないが、俺の戦いっぷりを見れば納得はするはずだ。


「いたぞ!」


 さて、運動の時間といこう。


「妙な仮面なんざつけやがって! やっちまえ!」


 武器を持った雑魚共が突っ込んで来るも、路地の狭さが幸いして数の暴力は振るえない。


 ショートソードを持った大人二人が何とかって感じ。


 これでは長物を持った者など一人じゃないと満足に武器を振るえないだろう。


「俺って天才かよ」


 狙い通りになった状況に対して自画自賛してしまう。


 それほど今の俺はご機嫌だ。


 ついでに向かって来る連中がもう少し歯応えがあると嬉しいんだがね。


「シッ!」


「うぐっ!?」


 どいつもこいつもワンパンで沈みやがる。


 もうちょっと気合入れて来いよ。せめて覚醒前のリアムくらい強いヤツを揃えてくれ。


「いや、ちょっと場所ミスったかも」


 ワンパンで意識を刈り取るのはいいのだが、倒れた野郎共がどんどん積み重なっていく。


 邪魔以外の何者でもない。


 邪魔すぎるせいで俺もどんどん前に出ていき、終いには路地の入口傍で拳を振るうという事態に。


 チラリと背後を確認するも、バーベナは祈るように手を合わせながら俺を見つめている。


 最初は睨みつけるような視線を向けていたものの、今では縋るような視線に変わっているじゃないか。


「おい! どうなっているんだ!? さっさとコイツを殺せ!」


 と、ここでアロッゾも登場。


 おやおや、随分と焦っているじゃないか。


「それもそうか」


 白目剥いた手下が山盛りだし、残りも少なくなってきたもんな。


 そりゃ焦るよ。


「キエエエエッ!!」


「シャアアアッ!!」


 奇声を上げながらも俺を左右から挟み込むように襲って来たのは、浮浪者のような恰好をした二人組。


 ピーグが愛用するボロを纏いながらも、露出する腕や脚の筋肉は出来上がっていた。


 それが何ともアンバランスというか、どう考えても『浮浪者』という立場を利用しているようにしか見えない。


 たぶん、犯罪者なんだろうな。


 騎士団から逃れるべく浮浪者の恰好をしているとか、汚い仕事をするために浮浪者という立場を利用しているような輩なのだろう。


「声は立派だよ。声はね」


 ただ、弱い。

 

 二人の拳は空を切り、その瞬間にボディブローを順に叩き込む。


「ァオッ!?」


「ぐげっ!?」


 感触からして、どちらも骨がイっちまったかな。


 まぁ、死にはしないだろう。


 魔物相手なら絶対に命を奪われるんだから、今日はラッキーだったと思ってもらいたいね。


「な、何なんだ!? お前は何なんだ!?」


 残り五人ともなれば、アロッゾの混乱っぷりもピークを迎える。


「こんなの聞いてないぞ!? どこの組織だ!? お前は誰の指示で動いている!?」


 聞いてない?


 アロッゾもバーベナが持つ貴族との繋がりを危険視していたのだろうけど、直前までバーベナの動きを探れる誰か――内通者を抱えていたのだろうか?


 ただ、やつの言い方や声音から察するに単なる内通者からの情報とは思えなかった。


 もっと確信的で、アロッゾが安心できる相手からって感じの雰囲気だ。


「お前こそ、誰の指示で動いているんだ?」


「口が裂けても言えるか!」


 あ、そう。


 じゃあ、裂けてもらおうかな。


 アロッゾを守るように立つ五人をササッと排除して、今回の親玉であるアロッゾへ肉薄する。


「ふぅぅん!」


 魔法なし。筋肉パワー三割のボディブローをアロッゾの腹に叩き込む。


 ボディブローというよりか、腹パンだな。


 弱めの腹パンだよ、こんなもん。


「オゲェッ!」


 しかし、南東区イチの武闘派組織を率いるアロッゾ君には十分だったようで。


 腹パンを受けたアロッゾは胃液をぶちまけながら地面に倒れてしまう。


「弱すぎる……」


 俺が強くなりすぎてしまったのだろうか?


 いいや、慢心はよくない。


 これから先、もっと強い相手と戦うだろうしな。


「さて」


 俺は気絶したアロッゾの足を持ち、引き摺りながらバーベナの元へ戻る。


「あ、貴方……。ほ、本当に……」


 何者なの? と問う彼女の質問には答えなかった。


「こいつはお前が処理しろ」


 引き摺ってきたアロッゾをバーベナに捧げると、彼女はアロッゾと俺の顔を行ったり来たりさせる。


「命を救ってやったんだ。俺の要求を聞いてもらう」


「な、なにを……?」


「今後、ブルーブラッドという組織の噂を聞いたら警戒しろ。組織に勧誘されても加入するな」


 要求は実に簡単。


 ブルーブラッドに加入するな、という忠告だけ。


 というか、現状ではこう言う以外に他はない。


「ブルーブラッド? どんな組織なの?」


「まだ分からない」


「まだ分からない……?」


 抽象的な要求だったせいか、バーベナは更に困惑する様子を見せた。


 まぁ、仕方ないよね。


「今はそれだけだ。近いうち、また会いに来る」


 今は釘を刺すだけ。

 

 ブルーブラッドについて情報を探るよう指示を出すのは、彼女が落ち着いてからにしよう。


 と、俺なりの優しさを見せたつもりだったのだが……。


「ま、待って!」


 彼女は慌てながら俺の服を掴む。


 焦るような表情を見せる彼女が何を言うのかと思いきや――


「あ、貴方! わ、私のモノにならない!? 私の傍に置いてあげる! 毎晩、貴方が満足するまで楽しませてもあげるから!」


 彼女は精一杯の虚勢を張って俺を引き留めに掛かった。


「ふざけるな」


 俺は服を掴む彼女の腕を払うと、彼女の頬を軽く叩く。


「あっ!?」


 軽くね。軽く!


 ただ、彼女の言葉にムカついたのは事実だ。


 この後に及んで自分が上にいこうとする姿勢には苛立ちを覚える。


 頬を抑える彼女の腕を取り、そのまま壁に体を押し付けた。


「お前は何を勘違いしているんだ? お前を救ってやったのは善意からじゃない。仕方なくだ」


「あ、あ……」


「お前は俺の下だ。身の程を考えろ」


 明確な立場を示してやると、彼女は体を震わせながら俺の目を見つめてくる。


「普段相手にしている貴族共と同列に考えるな。支配しているのはこっちだ」


「は、はい……」


 何だろう。


 彼女の吐く息が妙に荒々しいというか、色っぽいというか。


「分かったなら、次の指示を待て」


 彼女を解放すると、背を向けて歩き出す。


 早く帰らないとシャルに疑われちまうよ。今夜は特に遅くまで外出してるし。


「ま、待って! あ、貴方の、貴方様のお名前は!?」


 名前を問われ、俺の足が止まった。


 ドラマや映画に出てくるようなシーンを再現しようとしたわけじゃない。


 単に名前が思い浮かばなかったのである。


「えぇ……。どうしよう……」


 彼女に聞こえないよう小声で呟きつつ、脳をフル回転させて考える。


 考えた結果、口から出たのは――


「ゼ、ゼロだ」


 中二病全開、ありがちなネーミングだったのである。

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