第45話 計画変更 1


 眩しい光に包まれた後、俺は街の喧騒に気付いて目を開けた。


「どんくらい戻ったんだろう?」


 前回と違って冷静に状況を見られている。


 俺が立っているのはいつもの路地、メインストリートに顔を向けると斜め向かいに薔薇の館が見える。


 後ろにはピーグの姿があった。


「襲撃前か」


 ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると、時刻は夜の十二時過ぎだった。


 あと一時間くらいかな?


「ピーグ、そろそろ隠れておけよ」


 深夜一時に差し掛かる頃、俺はピーグに指示を出す。


「絶対に出て来ちゃだめだ。人生、死んじまったら終わりだ」


 二度目の人生を歩んでいる俺が言うのもなんだがね。


 しかし、絶対に関わるな、と何度も念を押した。


「またメシを食わしてやるから」


「わ、わかった」


 何度も頷いたピーグは路地の奥へ消えていく。


 彼の背中を見送ったあと、俺も仮面を装着して移動を開始する。


「さて……。プランBだ」


 女神様はバーベナに死んで欲しくないらしい。


 となると、彼女をどうにか救出せねばならない。


 救出方法は実にシンプルだ。


 裏口側に回り、制圧しているであろうアロッゾファミリーの連中を排除し、バーベナを連れて逃げる。


 追って来た連中を狭い路地に誘い込んで全員ぶっ飛ばす。


 以上。


 問題は救出したバーベナをどうするかって話だが……。


「ここは恩を売って仲間にしてしまおう」


 いや、仲間というよりは情報屋みたいなものだろうか?


 助けた恩を売りつつ、俺と敵対しないよう約束させるのだ。


 そして、ブルーブラッドが誕生する瞬間をバーベナに観測してもらうという手だ。


 ――バーベナを助け、アロッゾを退けることで南東区の勢力図は変わる。


 俺が介入することでバーベナは正史ルート通り『南東区の女帝』として君臨するだろう。


 となると、彼女は南東区における情報を何でも手に入れられる立場となるはず。


 新興勢力には敏感になり、余所から来た連中の動向にも敏感になる。自分が牛耳る区画内で新しい組織が誕生したとなれば猶更だ。


 彼女の情報網に「ブルーブラッド」の名が引っ掛かったら潰しに行く。


 潰すことで戦乙女が降臨したとしても、今回のように多少は対策が取れるようになる……と、いいなぁ。


「どうにか根本的な解決に至る手段が見つかるといいんだけど」


 ため息を吐きながらも、薔薇の館の裏手に続く路地へ差し掛かった。


 まずは様子を窺おうと顔を覗かせると……。


「五人……。いや、奥にも待機してるか」


 裏口を見張る五人組の他に、バックアップ要因として離れた位置に十名ほど待機している。


 まぁ、戦乙女と戦うのと比べたら余裕だね。


 むしろ、殺さないよう手加減するのが難しいくらい。


「今度、シャルに手加減用の魔法でも考えてもらおうかな?」


 そろそろ衝撃波以外の手札が欲しいな。


 対人用の手加減魔法もだが、移動や瞬発力を補助する魔法も考案していきたい。


「やることが山積みだよ」


 悪役ってつれえわ。


『くたばりやがれえええ!!』


 またしてもため息を吐いていると、メインストリート側から叫び声が聞こえてきた。


 始まったみたいだ。


 それと同時に裏口制圧組も動き始める。


「行け!」


 近くで待機していた五人組が裏口へ近付くと、タイミング良く裏口のドアが開いた。


「おい、退路を確保――」


 薔薇の館から出てきたのは従業員の一人か、あるいはバーベナの右腕的な存在なのだろうか?


 品の良い服を着た男は背後に控える仲間に指示を出している最中、突っ込んできたアロッゾの手下が握るナイフで首を斬り裂かれてしまう。


「カッ――!?」


 驚きながらも首を抑える男だったが、虚しくも地面に倒れてしまった。


 その後は壁が邪魔で見えなかったが、突っ込んだ男達はバーベナ側の手下を排除していると思われる動きを見せた。


 五人組は裏口にいたバーベナの手下を排除したのか、離れた場所で待機していた仲間を手招きする。


「よし」


 離れた場所に待機していた連中が裏口まで進んだところで、俺は路地から飛び出した。


「なっ!?」


 驚く男達にニヤリと笑い、拳(衝撃波無し)を振るう。


「お前、何者――!」


「遅い、遅い」


 彼らも人間としてはそこそこ強いのかもしれないけど、戦乙女と戦った後だとすっごく楽に感じる。


 裏口を制圧しようとしていた男達を排除すると、俺は軽い足取りで娼館の中へ。


 初めて足を踏み入れる娼館にはちょっとしたワクワク感を抱いてしまうが、中ではドタバタとバーベナの部下達が忙しそうに動き回っている。


「クソ! 情報と違うじゃないか!」


「騎士団がすぐに駆け付けてくれるんじゃなかったのか!?」


 おや? そういう話になっていたの?

 

 もしかして、バーベナは直前まで接待していた貴族に協力を得られていたのだろうか?


「でも、結局は騎士団なんて現れなかったよな?」


 時間が戻る前はピーグに殺害されてしまったが、それを抜きにしてもバーベナはアロッゾに追い詰められていた。


 娼館と自分を盾にしながら魔法使いによる籠城戦を決行したくらいだし。


「どういうことだろう?」


 結局のところ、この襲撃はどうなるのが正解だったのだろうか?


「え!? お前、だれ――」


「うーん、分からん」


 廊下の曲がり角で遭遇した男の顔に裏拳を叩き込みつつ、俺はトコトコと落ち着いた足取りでバーベナの元へ向かうが――


「騎士団は!? 一体、いつになったら現れるのよ!?」


「いや、しかし、カラスコ様が手配したと! アロッゾファミリーを一網打尽にすると申していたではありませんか!」


 途中、部屋の中から聞こえるバーベナと部下の会話に遭遇。


「あの御方の話通りなら、もう到着していてもおかしくはない時間ですが……」


「あのジジイ! 裏切ったわけ!?」


 バーベナの甲高い声が廊下にまで響く。


 う~ん。やっぱり、バーベナは裏切られたのかな?


 でも、それならどうやって彼女は『南東区の女帝』になったのだろう?


 ここでアロッゾに捕まったら、女帝になる未来は難しいように思えるんだが。


 ……まぁ、とにかくやるか。


「お邪魔~」


 俺はノックもせずに部屋のドアを開けると、部屋の中にいたバーベナと中年男性は俺の顔を見てポカンと固まる。


「きゃあああ!? 貴方、だれ!?」


「お、お前は! アロッゾの手下か!?」


 我を取り戻したバーベナは悲鳴を上げ、一緒にいた中年男性は懐からナイフを取り出す。


「お、うおおおお!!」


 ナイフを両手で握った中年男性は俺に向かって突進してくる。


 何という美しい忠誠心か。実に感動的だ。

 

「泣けるぜ」


「うボォ!!」


 感動的すぎて、つい手が出てしまった。


 ついつい、拳が男の頬にめり込んでしまった。


 殴られて気絶した中年男性が地面に倒れると、バーベナは体を震わせながら後退りした。


「わ、私をどうする気……!? 貴方は何者なの!? アロッゾに雇われた暗殺者!?」


「いいや。俺はお前に死んで欲しくない者だ」


 そう告げると、彼女はまたポカンと固まってしまった。

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