第44話 再誕


 時間が停止する中、天より舞い降りた戦乙女。


 姿形は前回と同じ。手に握る大きな槍も。


 相変わらず目を覆う黒い布越しにジッと俺を見つめてくるのだ。


「今回は俺のせいじゃなくない?」


 ピーグの行動は完全に想定の範囲外だ。


 彼をけしかける計画なんざ思い浮かんですらいなかった。


『バグを検知』


 しかし、向こうはそう思っていないらしい。


 前回と同じように俺をバグと称すると、戦乙女は娼館の屋根からスッと飛んだ。


 そして、手に持っていた槍を俺に向けて急降下してくるのである。


 急いでその場から逃げると、戦乙女は容赦なく地面に槍を突き刺した。


 その瞬間、着地地点が爆発を起こす。


「うおおおおッ!?」


 巨大な爆風に背中を押され、体の制御を失った俺は地面をゴロゴロと転がった。


 背中に痛みを感じながら振り返ると、槍が衝突した地点は抉れてへこんでいるではないか。


 しかも、衝突付近で時間停止していたアロッゾやその仲間達はミンチに早変わり。


「いや、時間を巻き戻すからって……」


 向こうからすれば時間を巻き戻せば良し。全て無かったことになる。


 故に誰を巻き込もうが、誰が死のうが関係ないってことなのだろう。


「まぁ、俺にも言えることだが」


 逆に戦乙女を撃退したい俺も同じ状況と言えるだろう。


 時間が巻き戻るのだから街の損害を気にせず戦えるってわけだ。


「よーし、かかって来いや。今回もボッコボコにしてやる」


 俺は仮面を脱ぎ捨てて、道のど真ん中でファイティングポーズを取った。


 俺の挑発を受けても態度を変えない戦乙女は、何も言わずに槍先を俺に向ける。


 そして、前回と同じく瞬間移動のような超スピードで接近してくるのだ。


 間合いに入った戦乙女は槍を突き出そうとするが――


「残念。それはもう見飽きた」


 前の戦いで飽きるほど見た行動だし、既に俺の目は戦乙女のスピードに慣れてしまっている。


 槍が突き出される瞬間に体を若干ながら傾け、槍先を躱した瞬間に左手の甲で槍を叩く。


 軌道を変えるように弾きつつも、ガラ空きの顔面に右ストレートを叩き込んだ。


 ドンッ! と衝撃波が発生すると、戦乙女の綺麗な鼻が歪む。


 腹の防御力が低いことは知っていたが、顔もそこまで頑丈ってわけじゃないらしい。


 吹っ飛ばされた戦乙女は近くの建物に衝突し、壁に亀裂を発生させながらその身を止めた。


 ここが攻め時、というか何をしてくるか分からない未知なる相手なんだ。攻められる時に攻めておきたいって気持ちが強い。


 壁に衝突した戦乙女を追い、早々にラッシュを決め込む。


 腹に拳を叩き込むと、衝撃波が貫通して建物の壁が割れた。


 この建物は娼館だったらしく、壁の向こう側にはお楽しみ中のまま時間停止する娼婦と男性客の姿が。


「失礼、お邪魔するよッとッ!!」


 お楽しみの男性客に挨拶をしつつも、戦乙女越しに見つつも蹴りを叩き込む。


 吹っ飛んだ戦乙女はまたしても壁に衝突、そのまま壁を突き破って次の部屋へ。


 こちらはハゲた親父がお楽しみ中だった。


 今にもイッちまいそうな顔をしていたが、吹っ飛ばされた戦乙女の衝突に巻き込まれて体がグチャグチャに弾けてしまう。


 ある意味、マジでイッちまったみたい。


『―――』


 戦乙女は腹から血を流しながらも、空中でくるんと姿勢制御を行う。


 そのまま滑るように着地すると、今度は自分の番だとばかりに反撃してきた。


 突き出される槍をバックステップで躱しつつ、軽いジャブを戦乙女の体へ確実に当てていく。


 来た道を戻るようにメインストリートに出ても相手の応酬は止まず。


「ほっ、ほっ!」


 ただ、完全に見切れている。


 もちろん、まだ相手に隠し玉があるんじゃないか? という疑惑は捨てないが。


 しかしながら、今のところは……。


「パターン通り?」


 戦乙女の攻撃を冷静に分析すると、数パターンの行動を繰り返しているように思える。


 俺の行動と自分の状況を分析し、決められた行動パターンの中から最適な選択肢を選ぶといった感じ。


 まるでプログラムされたロボットのようだ。


「……生き物じゃない?」


 いや、青い血を流したり、天から降りてくる時点で『生き物』と考えるのはおかしいかもしれないが。


 そもそも、こいつは生きているのだろうか? 


 生命体と呼称して良いものだろうか?


「一体なに……ん?」


 戦乙女の攻撃をバックステップで躱し続けていると、停車していた馬車が目に入る。


 キャビンの中にはハットを被った紳士――バーベナの客だった貴族の姿があった。


 彼はキャビンの中から薔薇の館がある方向を睨みつけており、その口元は口角が釣り上がっていた。


 なんだか、彼のこの表情がやけに気になった。


「おっと!」


 だが、戦乙女の槍先が俺の頬を掠めたことですぐに頭の中から消え去る。

 

「いい加減、終わりにしようや」


 隠し玉も無さそうだし、そろそろ決めよう。


 大きく溜めた一突きを躱した瞬間、コンパクトな振りで戦乙女の顎へ右フックを叩き込む。


 ぐわんと揺れた頭部を目で追いつつも、密着して腹に膝蹴り。浮いた体に左ボディブロー。


 たたらを踏んだのを見つつ、腰と腕を溜めて渾身の一撃を再び腹へ叩き込む。


「どうだ!?」


 前回と同じく腹を攻めまくった攻撃。


『重度のダメージを検知』


 結果も同じになった。


 腹は抉れて大半が無くなっており、青い血がビチャビチャと地面に落ちる。


 その損傷具合を観察していると、戦乙女の体から骨が露出しているのが見えた。


「銀色の骨?」


 なんと、青い血と肉に混じる骨の色が銀色だった。


 見た目も金属っぽく、まさしくロボットのパーツみたいな感じ。


 もう少し観察していたかったが、終わりがやって来た。


 戦乙女が自身の体に手を突っ込み、虹色に光る宝石を取り出したのだ。


『リ・テイクの承認を確認。実行』


 はいはい、と頭の中で呆れ声を出しつつも、俺の体は白い光に包まれた。

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