第4話―サゲ―
……え? 勿体ぶってる割に大したこたない話だ、単なる非モテの拗らせじゃねぇか……ははあ、まったくお客さん方の仰る通りで。
ですが、実はこの噺はこっからなんですよ。よろしけりゃ、もう少々お付き合いくださいまし。
とあるボロアパートの一階の、その一室。
お天道さんから顔を背ける様に遮光カーテンを引いた薄暗い部屋で、男がテーブルの上のノートパソコンのキーボードをカタカタ言わせてます。
この男、佐藤の部屋の真下の住人で、名を鈴木と申します。
鈴木は時折手を止めちゃあ、壁際のプランターを眺めて、キーボードをカタカタ。画面には茸の写真がずらっと並んでます。
実は鈴木は、山歩きの傍らに見つけた茸を紹介するサイトの編纂者なのです。その名も「珍茸画像集」。佐藤が見ていたアレです。
「味は『不味い』、と」
何やらもぐもぐと食べながら独り言ち、再びプランターに顔を寄せる鈴木。そこには、人体の一部……右手によく似た、小さな茸が植わってます。一部が欠けてんのは、「試食済み」ってことでしょう。
鈴木がそれを
初めて落ち葉から突き出た足首を見た時は、流石の鈴木も腰を抜かす程驚きましたが、そこは生粋の茸好き。すぐにそれが足首などではなく、茸である事を見抜きます。
俄然、興味が湧いた鈴木はじっくりと観察を始めました。
そいつは僅かに小動物に齧られた跡がありますが、周囲に動物の死体が転がってるなんてことはなく、何ならせっせと欠片を運ぶ蟻すらおります。
「毒はない……のか?」
背負っていたリュックから、ビニールパック幾枚かとハンディスコップを取り出し、念の為に厚手のマスクと防護手袋を身に付けると、茸の周りを慎重に掘り返し始めます。菌糸に沿って1mも掘り下げたでしょうか。
「……ふぁっ!」
おかしな声を漏らす鈴木。なんと、茸は本物の生足に繋がってたんです。
慌てて辺りをきょろきょろ。その時になって初めて、ちょいと先の落ち葉の間からも指の様な細い茸が数本生えてるのに気付きました。震えながらその下も掘ってみますと、女のものと思われる細い手首が覗けます。
(つまり、ここには死体が埋まってて、それに茸が寄生してる……?)
茸のお陰か、不思議なことに、ちょいとかび臭いだけで腐敗臭は殆ど感じませんが、犯罪の匂いはプンプンです。手足の位置から察すると小柄な女性が埋まってるようですが、おっかなくって、とてもじゃないがそれ以上掘って確かめる事なんざできません。
慌てて110番する為にポケットのスマホに手を伸ばしかけた鈴木の動きが止まります。
考えてみりゃ、警察に連絡したら、どうして死体を見つけたんだって話になります。しかも自分は、準備よろしく手袋やらスコップやらを持っている。果たしてお巡りさんは、「珍しい茸を探してただけ」って鈴木の言い分をすんなりと信じてくれるでしょうか。
何より、ここまで人にそっくりの茸なんぞ聞いた事ないですから、大発見にゃ違いない。
となりゃ、鈴木の取る行動はひとつ。
スコップを勢いよく土中に突き立ると、思ったより簡単に手首は切断出来ました。そいつを指型の茸と共にビニールに突っ込み、厳重にタオルに包んでリュックの底に仕舞います。残りのビニールに周りの土を詰め、掘った穴を足首似の茸ごと埋め戻すと、そそくさとその場を去りました。
鈴木は家でこの茸を育ててみる心算になったんです。
足首じゃなく手首を選んだ理由は、単純に、切断し易く持ち運びが楽そうなサイズだったからです。もう立派に犯罪者の心理です。ってえか、完全に犯罪です。
そんな訳で、手首と土を持ち帰った鈴木。早速、プランターに茸のもとを置き、採って来た土をかけて一段落。その際、プランターと壁の間に土が散ったことにも気付かず、茸を育て始めて約半月程経ったって訳です。
余談ですが、その土から壁伝いに菌糸が伸びた結果、上の部屋の住人が涙にくれる羽目になりましたが、勿論、鈴木の知る所じゃあございません。
さて、鈴木は右手首そっくりの茸を前に考えました。
(寄生先のパーツにそっくりの子実体が出来るってことかもな。じゃあ……ききき、胸部なんかからは……)
茸への情熱か女体への想いか、自分の立てた仮説を検証すべく急ぎ身支度を済ませ、鼻息荒げて愛車に乗り込む非モテ、いや、鈴木。数時間かけて
現場近くの駐車スペースに車を停めた鈴木。ちょいと離れた処に、車が一台停まってますが、幸い人の気配はありません。
外がすっかり暗くなった頃、額にヘッドライトを装着し、でっかいリュックを背負うと、そっと車を抜け出しました。
暗い、道なき道を行く鈴木。こんな時間に山歩きをするのは初めてってこともあり、あの場所に辿り着くのに随分時間を掛けちまいました。こんなに迷ったのは、目印になる筈だった茸が見当たらなかったせいです。
近頃は、朝晩めっきり冷え込む様になったし、生育状況が良くないのかもしれないなどと考えつつ、リュックから取り出したスコップをやけにふかふかとした地面に突き立てた瞬間。
「……おい」
背後からの声に、びくりと背を伸ばし、恐る恐る振り返る鈴木。ヘッドライトの光の中で、見知らぬ男がをこちらを睨んでます。
(まずい! 見つかった!)
必死に言い訳を考えつつも、鈴木は違和感を覚えます。男は手に懐中電灯を持ってますがそいつは消えたまま。まるで、鈴木に気配を悟られない様、端から点けてなかったかのようじゃありませんか。しかも、もう片手には、真新しい土の付いたごっついスコップを下げてます。
男が口を開きました。
「さては、お前か? 彼女の右手を何処にやったんだ?」
男のスコップを握る手に、力が籠ります。
「お前も、僕と恵那の仲を邪魔するつもりなんだな。ようやく僕だけの恵那になったのに……チクショウ、勝手に彼女に触りやがって……くそ野郎! 彼女の右手を返せ!」
喚きながらスコップを振り上げ、鈴木目がけて突進する男。今一つ事情が呑み込めないながらも、鈴木は一目散に逃げ出しました。
謎の男と追いかけっこをする羽目になった鈴木。
実はこの男、岡惚れしてた女性を
不運にも鈴木は、そいつと鉢合わせちまったんです。まあ、男も驚いたことでしょう、掘り返した愛しの彼女の右手が消えちまってたんですから。
が、そんなのは鈴木の知る由もないこと。落ち着いて考える間もなく、男から逃れるべく走り続けます。樹々に紛れるためにも目印になっちまう額のライトを消したい所ですが、辺りは真っ暗ですからそうもいきません。
「あっ!」
木の根で足元のおぼつかない鈴木が、足を取られて盛大に転んじまいました。弾みで額のライトが消えたのは僥倖でした、が。
パラパラパラ。
すぐそこから聞こえる小枝や何やらが転がり落ちる音で気付きましたが、どうやら目の前は崖になってるようです。
背後から迫る足音、目前は崖。ライトを点ける訳にもいかず、どうするべきかとおろおろ這いずる鈴木。
やがて、
「やっと見つけたぞ……」
暗闇の中で背後から聞こえる、息のあがった声と足音に振り向く鈴木。その目に映ったのは……。
……これにて、「みぎてだけ」の噺は仕舞いでございます。
鈴木がその後どうなったのか気になるって? そこはお客さん方のご想像次第ってことで……実はあたしには、他にも気になってることがありまして。
いえね、佐藤と越してった彼女の欠片にゃ、右手茸の菌糸や胞子なんかがくっ付いてるんじゃあと思うんですよ。そっから
それならそれでいいのかもしれませんが、もしもですよ、塗りたてって壁に「彼女以外のもの」が生えてきたら、その部屋には……。
さて、長々とお付き合いいただきまして、まことにお有難うございます。皆さん、過ぎた嗜好には、くれぐれもお気を付け下さいまし。
みぎてだけ 遠部右喬 @SnowChildA
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