ヤバき者

立談百景

ヤバき者

 その者、いつこの世に出で、知られたか、誰も存ぜぬ。

 しかしその姿を見初めし者、皆一様に「ヤバい」と表す。

 ヤバき者はヤバかった。

 そのヤバさは諸所に名を広げ、ヤバき者のヤバさは口にする者が憚るほどヤバのヤバさであった。

 その折、大宇宙共栄圏の総統にして、その統治の手腕から「かなりヤバめ」と世界の羨望を集めた宇宙統一之助をしても、そのヤバき者を認め「我が身のヤバさよりヤバき者のヤバさ、ヤバ寄りのヤバ。このヤバさを野放しにしては平穏がマジでヤバい」と言わしめたほどだ。

 しかしヤバき者は、そのヤバさに反して非常に穏やかな性情の持ち主であった。

 宇宙に浮かび、黒き空を愛で、星を仰ぎ、歌をうたう。

 そして口癖のように「宇宙ヤバ」と微笑む。

 しかしヤバき者はそのヤバさ故に、その姿を異様と見られてしまう。

 ヤバき者を理解する者は、ヤバい間、現れることはなかった。

 ヤバき者は憂いでいた。

 大宇宙共栄園は名実共に良く機能していたが、しかし完全なものなどありはしない。

 ほとんどの星々、民族、宗教にとって首尾良く支配されたこの世界の門戸は広かったが、しかしそれ故に小さな争いには頓着がなかった。

 一見して平和に見えるこの宇宙の片隅で、今日もいくつかの命と、民族が消えていく。言葉が消え、文化が消える。笑顔は奪われ、涙が生まれる。

 ヤバき者はマジでヤバいと感じていた。

 ヤバき者は迫害される人々を救い続けていたが――しかしあるときは、その迫害された人々が迫害する者となることもあった。

 ヤバき者には正義が分からぬ。

 正義ってなんかヤバそうとは思うが、ヤバいんだろうなということしか分からぬ。

 ヤバき者には目の前の破壊しか理解できなかった。

 時同じくして、大総統の統一之助も憂いを感じていた。自らのヤバさを以てしても、小さな内紛、威嚇行動、反乱、それらのヤバいやつを平定することなど不可能であった。

 大きく見ればまとまる世界にも、綻びはある。

 そこで統一之助はヤバいことを思い付いた。

 ヤバき者を使えばヤバくないか?

 そのヤバすぎる考えに、統一之助はマジでヤバいと思った。

 ヤバき者には正義が分からぬ。

 ならば正義を教えてやれば、かなりヤバいに違いないのだ。

 そして、ヤバき者は正義を知った。

 正義はマジでヤバくて、結構ヤバいと思った。正義こそが我がヤバさの本懐であると、ヤバき者は猛った。

 ヤバき者が世界をヤバくするのに時間は掛からなかった。

 統一之助の思うがまま、ヤバき者は正義を奮った。

 正義とはいかなるものか。それはヤバい邪悪のヤバさを心の内に決めることである。弱き者を選り分けることである。

 ヤバき者は邪悪を解した。弱き者を解した。

 ヤバき者も統一之助も、それが正義であると疑わなかったのである。



     ☆



 ヤバき者はヤバすぎる故に孤独であった。

 しかし統一之助もまた、ヤバき者と同様にある種の孤独を抱えていた。

 ヤバき者を宇宙平定の実行者と置いた統一之助に、そのヤバさの手綱を引いておきたいという打算があったことは否めない。この宇宙を統一するためにはなるべく私情を廃し、理路整然と道理を行くのが最良であると信じていた。それは豪胆でもあり、しかしある種の冷血さもあったろう。統一之助のヤバさは畏怖を生み、ある意味では神聖化され、その意志に異を唱える者さえいなかった。――いや、いないわけはないのだが、その異議などは彼の耳に届く前に、いつの間にか異を唱える者と共に消え去っていたのである。

 誰の仕業とは言うまい。それは統一之助にさえ御することのできない、ヤバすぎる信奉である。

 信奉の渦に足元を取られた統一之助は、結構ヤバめの孤独だったのである。

 自らの言うことを聞く、手足となりたがる者は星の数ほど居る。けれどもヤバいほど友は居ない。――しかしどういったわけか、ヤバき者とはウマが合った。

 ヤバき者は統一之助の意志をすぐに理解できた。統一之助もまた、ヤバき者の悩みがヤバいことをヤバいほど理解できた。

 ヤバき者が星を見て歌うと、統一之助は兆弦琵琶を奏で、宇宙のヤバさに思いを馳せた。ふたりの歌は宇宙の隅々まで響いたという。

 時にはヤバき者と酒を酌み交わすこともあった。統一之助が、ある星のクレーターを削り出して作られた盃を自慢すると、ヤバき者はその倍のクレーターを作り出して盃を作り、張り合った。「ヤバすぎだろ」と統一之助が笑うと「貴様にくれてやる」と、ヤバき者は口角を上げた。

「きっとこの盃よりヤバいクレーターを作れるやつは、いまの宇宙には居るまい。統一之助、貴様が使うなら、この無二の盃が相応しかろう」

 統一之助は大笑いし、盃に酒をなみなみ注ぐと、それを一気に飲み干した。あまりにヤバい量だったのでさすがのヤバき者もヤバさを感じたが、統一之助は笑ったまま「次はお前だ」と、盃に先ほどと同じだけヤバい量の酒を注いだ。

 ヤバき者はしかし躊躇いもせず、それを一気に飲み干した。

 飲み干したところで、ヤバき者は「どうだ」と統一之助を一瞥見やると、しかしそのまま無様に盃に突っ伏した。

 そしてそれを見届けて一笑いすると、統一之助も同様に盃に突っ伏した。

 ――二人は初めて無二の友情を感じていた。

 大義も目指すところも同じであった。

 宇宙をヤバくしたい。

 とにかくヤバい宇宙を目指す。

 それがヤバき者と統一之助の目指す「ヤバき宇宙」であった。



     ☆



 しかし正義はこぼれ落ちた。

 統一之助が殺されたのである。

 それは二人が宇宙をヤバくしようと奔走を初めて、およそ一万八千年ほどが経ったヤバいころであった。

 二人のヤバい勢いは、宇宙平和を加速度的に進めていた。まるで毛羽立つことのない絹のように、波打つことの無い水面のように、宇宙全土の生きとし生けるもの達の平和な世はそこまで迫っていたのである。

 統一之助を殺したのは、かつてヤバき者と二人で止めた超級惑星と超級惑星の衝突ほどの力でも無く、また同様にかつてヤバき者を窮地に陥れた大破壊星雲の雷などでもなく、ただただ、一握の拳であった。

 統一之助の身体には銀河ほどに大きな穴が一つ、まるで未来を見通せる遠眼鏡のように空いていたのである。心の臓腑さえ跡形も無く、それはヤバいほどであった。

 統一之助が死んだという報せは、光よりもヤバい速度で全宇宙を駆け巡った。

 統一之助ほどの豪傑を屠る者は何者か。

 銀河よりも巨大で、ブラックホールさえ握りつぶすほどの猛者に風穴を空けることが出来るのは何者か。

 そのようなヤバい真似ができるのは、ヤバき者の他にいないではないか!

 統一之助が殺された理由は誰にもわからなかった。どのような状況で、どのように拳を受けたのか、マジでヤバすぎて全然分からなかった。

 ただその姿は、無抵抗に拳を受けたように見えたという。

 誰しもが、ヤバき者のヤバすぎる謀反であると疑わなかった。

 ヤバき者は、統一之助を唯一の友人だと思っていた。そして統一之助もまた、ヤバき者を自らのかけがえのない友人だと言って憚らなかった。彼らはお互いをヤバすぎると認め合っていたにも関わらず、しかしそれ故に、ヤバき者は謀反人であると疑われたのである。

 ヤバき者を理解していたのは、ただひとり統一之助だけであった。その統一之助を喪ったヤバき者を理解する者は、もはやこの宇宙にはおらぬ。

 ヤバき者の慟哭は、宇宙の隅々にまで届くことはなかった。

 最も統一之助の死を悼んだのはヤバき者だったが、そのヤバさが皆に伝わることは終ぞなかった。



     ☆



 統一之助の死を最も喜んだのは、しかしある意味では信奉者たちであった。

 統一之助という覇者のいない今、宇宙を統べるための思想を早急に敷設しなければならぬ。

 それは彼らの正義であった。彼らの憂慮は、統一之助の居ない宇宙はマジでヤバいということであった。

 彼らは大宇宙共栄圏宇宙統一総統府を名乗り、統一之助の遺骸をヤバい感じで保管し、それを統一の象徴として宇宙平和を遂行していった。

 そして宇宙を統一するために、彼らはある一人の者を悪しき者として打ち立てた。

 それがヤバき者である。

 統一之助の死は、統一之助の神性を確実にするのに体が良かった。そしてヤバき者を邪悪と断じることで、統一之助の名の下に世界を御する算段を立てた。

 その目論見はそれなりに上手く運び、ヤバき者は迫害され、宇宙の果てへと流刑された。

 ヤバき者は無念であったが、しかし、統一之助がいない今、そうすべきが最善であるとも考えていた。

 所詮、自分はヤバき者である。統一之助のおかげでヤバくてもヤバくないようにいられたのである。統一之助の意志を真に継げる者は、やはり信奉者たちであり、大宇宙総統府であろう。

 ヤバき者は自らと統一之助が広げた世界が、平穏に保たれるのをかなりヤバいくらい祈った。あるいは宇宙の果てでそれを見届け、いつか自らのこの肥大する身体が宇宙と混じり合うまで星を見ているのも良いと考えた。

 ヤバき者の身体は、それはもうヤバいくらいデカくなっていたのである。かつての超級惑星も大破壊星雲をもはるかに凌駕し、銀河団のそれよりもヤバくなっていた。

 自分は果たしてどうなってしまうのか。ヤバくなりそうな感じもあるし、まあヤバくなったところでもう既にヤバいからそんな変わんないだろうという気持ちもあった。

 宇宙のことは、宇宙の者達に任せることにした。

 しかしヤバき者は追放される直前、信奉者たちにこう告げていた。

「俺はお前たちに従い、宇宙の果てへと向かうことにする。しかしひとたび、お前たちの平和がヤバくなることがあれば、呼ばれずとも来訪する。我が友と目指したヤバき宇宙、そのために」

 ――その後、ヤバき者は程なくしてその有言を実行することとなる。

 マジで半端なくヤバいやつが、この宇宙を揺るがそうとしていたのである。



     ☆



 宇宙の広さはマジでヤバくて、統一之助が大宇宙共栄圏を宣言するときでさえ、まだその三割ほどは存在さえ分からないヤバい部分だったと言われている。

 最終的には全宇宙を掌握した統一之助であったが、しかし常々ある懸念を持っていた。

「なあ、宇宙ってのは本当に、見えているものだけなんだろうか」

 あるとき、ヤバき者はそう問われた。

 ヤバき者には分からないことではあったが、統一之助に見えていないものがあるというのは、にわかに信じがたいことでもあった。

「統一之助、貴様の方が目は良かろう。見えぬ光さえも見えている。あるいはこの宇宙が如何様なものか、全て知るのが貴様でないのか」

「そうありたいとは思っている――ではお前には」統一之助はヤバき者の目を見る。「お前にはこの宇宙が、どう見える」

 ヤバき者は考えたことすら無かった。宇宙ヤバいということしか考えてなかった。美しく、ヤバく、守るべきものだと考えていた。それがヤバき者にとっての宇宙のすべてだ。

「俺には分からない。宇宙その全てを見つめる貴様の見る宇宙が、今の俺の見る宇宙だ」

「ふん」と統一之助は鼻で笑ったが、ヤバき者の応えを侮蔑したのでは無かった。あるいは、ヤバき者に見せることの出来る宇宙の有り様さえ確証のない、ヤバい自らへの嘲りであったかも知れない。

 ヤバき者には宇宙が分からぬ。

 それは統一之助が死んだ今、さらに分からないものとなった。

 流刑の地で、星の光の薄い暗黒の空間の中で、ヤバき者は自らのヤバい身体が膨らむのを、じっと目を閉じ、感じていた。

 そして思う。統一之助は何が言いたかったのだろうと。

 統一之助にさえ見えなかった何かがあるというのか。

 果たして自分にはそんなものが見えるのか。

 分からぬ。

 宇宙はヤバすぎて何も分からぬ。

 ――その時である。

 まずそれは、音であった。

 ヤバい音だ。

 低く、高い、大きな唸りにも、叫びにも似た、悲痛な轟音が、突如として宇宙に響いたのである。

 そのヤバ音がヤバき者の耳に届いたとき、それがこの宇宙のマジで半端なくヤバい危機であると即座に勘づいたのは、偶然ではなかったろう。

 ヤバき者は目を開き、自らの身体を開くように伸ばす。そして宇宙を見やると、そのヤバい光景に目を見開いた。

「ああ、なんたる――これはヤバい」

 星も、銀河も、星雲も、いつもと違う場所に、違う空間が広がっている。まるで布きれを絞るかのように、空間が捩れている――!

「宇宙は分からぬが、こいつは分かりやすい」

 ヤバき者は愉快そうに笑った。

 そして叫ぶ。

「統一之助、貴様はやはり正しかった! これはだ。見えない誰かからの、俺たちの宇宙への、紛れもない攻撃なのだ!」

 だったら話は早い。

「止めてやる。俺たちのヤバき宇宙、必ずやこの手で守ってみせる!」



     ☆



 信奉者たちは宇宙のヤバい危機を、わずか千年ほど前ではあったが、感知していた。

 しかしそれを止める手立てを持っていなかった。ただひとつ、頼りは保管されていた統一之助の遺体だ。

 信奉者たちは何もいたずらに統一之助の遺体を保管していたのではない。統一之助の肉体は存在そのものがマジでヤバくて、何かヤバいことがあったら色々ヤバいことに使えるだろうし、取っておいた方が良さそうだと思って取っておいたのだ。

 しかし、その遺体を使える者は信奉者たちの中にはいない。信奉者たちにとってもその遺体はヤバすぎるくらい大きく、巨大で、クソデカいのだ。

 ――その時だ。

「宣言通り参じたぞ、総統府!」

 ヤバき者は、彼らの前に現れた。

 はじめ、信奉者たちはヤバき者の存在を感知できなかった。あらゆる物質よりも速く、あらゆる光よりも速く、あまりにもバカデカい身体を現したヤバき者は、もはや信奉者たちの視覚に収まらなくてヤバかった。

 ヤバすぎる……と一人の信奉者が漏らした。ヤバい、ヤバいと皆次々に口を開いた。

 ヤバき者にとって、もはや視界とは身体であった。言葉とは光であった。いまのヤバき者には、この宇宙のほとんど多くのことを感知できた。巨大になってゆく身体はヤバき者にとって都合が良く、彼は宇宙の果てから信奉者たちの元へ行くために、その身体を大きく広げ、僅か十年ほどで目の前まで現れたのだ。

 宇宙はどんどんヤバくなっており、捩れや延伸によりその姿がどんどんと歪になっている。

「これは恐らく、外からの侵略だ。統一之助がかつて思慮を巡らせていたからの、その攻撃なのだ。どうすればいい、俺には宇宙が分からぬ。だが、だから、俺はこれを救わねばならない!」

 ヤバき者は恥もせず、ただ当たり前のように信奉者たちに助力を請うた。

 それこそがヤバき者の性情だ。

 信奉者たちは圧倒的なヤバい力を持つヤバき者のマジでヤバそうなその問いに、しかしヤバき者の真のヤバさを見た。ヤバき者自身はこのヤバさをうまく解すことはなかったが、信奉者たちはこの時初めて、統一之助がヤバき者を傍に置いていたその予感の、ある種の真の意を理解することとなる。

「嗚呼、貴方様は――宇宙になられるのですね」

 信奉者のひとりがそう口にし、もはや見えるでもないヤバき者に、頭を垂れた。

 信奉者たちは次々にヤバき者へ頭を垂れたが、しかしヤバき者はそんなことやってる場合じゃないくらいヤバいし、早くしないとヤバくないか?と思った。

 信奉者たちは気付いた。

 ヤバき者をヤバくすることこそ、統一之助の意志を継ぐことなのだと。

「そうであれば、貴方様はそのまま、宇宙になるのです」

 信奉者たちは口を揃えてそう告げる。

「宇宙その者に、なるのです」

 ――宇宙とはヤバいものである。

 ヤバき者はヤバく、マジでヤバいと言われている。

 そうか……

 つまりそれは

「俺こそが」

 そう、俺こそが――

 俺こそが、ヤバき者宇宙なのだ。



     ☆



 宇宙!俺こそが、宇宙になるのだ。俺は宇宙にならねばならぬ。このマジでヤバい宇宙に俺はなり、宇宙はマジでヤバい俺になる。空間を超え時間を超え紐を超え点を超え俺が宇宙になるのだ。混沌だ混沌だ混沌だ!俺が濁りここにいる。膜を渡り紐を捻りこのヤバい宇宙は存在する。俺がそれなのだ。俺は身体を大きくしてゆく。大きく、大きく、大きく、大きく!ひどく巨大で、ひどく広大な俺になる。俺を眺めていた俺が見える。俺をヤバいと呼ぶ俺がいる。俺の身体はまだまだ大きくなる。俺の手から溢れた命が見える。星が見える。雲が見える。川が見える。小さな銀河が見える。大きな銀河が見える。銀河が集まり巨大な群れを成す。群れと群れがぶつかる。星が割れる。重たい重たい塊が幾つも幾つもぶつかり合う。俺と統一之助がそれを止める。統一之助!俺は巨大になり超越していく。何をではなく、何もかもを超越する。統一之助と盃を交わしたそれを超越する。統一之助の死を悼んだそれを超越する。胸に穴を開けた統一之助を超越する。宇宙の果てで眠る俺を超越する。宇宙が俺であると気付いた俺を超越する。今の俺を超越する。今の俺を今の俺を今の俺を――しかし、その先の俺を超越することができない。足りない、足りない。何が?何かが!俺はデカくなるがデカくなっているだけだ。超えなければデカくなる俺を今の俺を今デカくなる今の今の今の俺を超えなければ!何か、何か、何かはどこだ!「ここだ!!!!」振り返った時、そこにいたのは統一之助だった。気付けば俺の身体は、いつかの姿のまま、統一之助と同じくらいのものになっている。「――統一之助、なぜ、これは」「分からぬ。だがお前がいる」その統一之助の姿は見覚えがある。忘れるはずもない。それは統一之助が死を迎えた時の、その姿だ。「お前がお前ではないこと、俺には分かるぞ。そして!」そう言うと統一之助は腕を広げる、自らの胸板を差し出した。「俺の心臓を持って行け」その瞬間、俺もそれがどういうことなのかを理解する。――そうか、統一之助を殺したのはやはり――。「違うぞ」と、しかし統一之助は笑う。「お前がこの先の先の、遥か先の時間からきただろうことは分かった。俺の元に何故いるのか。俺は理解した。――お前と俺は、宇宙なのだ。そして俺は死ななければならぬのだ」「何故だ、何故だ」「俺はお前よりも物を見るのが得意だ。そして俺の見る宇宙がお前の宇宙なのだ――俺にとっての宇宙はお前だったさ、友よ。だから分かるのだ。この宇宙には外があり、外の奴儕が俺たちの宇宙を狙っているのだろう。この宇宙は恐らく不完全なのだ。そしてその不完全さこそが、俺とお前なのだ。外の連中が何故この宇宙を狙うのかは分からぬ。しかし連中は元より俺たちの宇宙を狙っていたのだろう。不完全故に、狙われていたのだ。だからこそだ。俺がここで死ぬことで、連中を欺ける。俺の死を見て、この宇宙は狙いやすくなったのだと攻撃させるのだ――いや、お前にとっては既に攻撃を受け、その結果としてここにいるのだろうが、因果なんてものは宇宙を守るためなら、取るに足らないものだ」それでも俺は、統一之助の身体に穴を開けるなぞ、そんな――「そうじゃない、そうじゃないぞ」そう言うと統一之助は得意げに笑う。「俺も連れて行けと、そう言っているのだ」そしてもう一度、その胸を俺に差し出す。「さあ、やってくれ」そして――そして俺は自らの腕を振りかぶり――友の胸に、突き刺した。恒星のように熱い温もりが全身を伝う。重たい血液が身体に付きまとう。そのまま、俺は統一之助の心臓を抉り出した。「さすがの力だ」と、統一之助は満足そうに笑う。「憂うな、友よ。――共に、宇宙ここになろう」「統一之助――ああ!」やがて俺は再び超越を始めた。今の俺を今の俺を、統一之助を殺した今の俺を超越しろ超越しろ!「共に行くぞ、我が友!」俺は意を決して自らの心臓を身体から取り出し……統一之助の心臓とぶつけた。

 そして――宇宙は完全となった。



     ☆



 宇宙はマジでヤバい。

 俺はいま宇宙となった。宇宙その者である俺はその身体の全てを認知する。宇宙とは全であり、無であり、始まりであり、終わりであり、経過であり、停止であり、進行であり、後退である。ある星の土の香りを知る。ある銀河の泣き顔を見る。星雲の声を聞く。小さな小さな生き物の細胞が分裂する様を見る。塵を食む者が居る。肉を食む者が居る。闇を飲む者が居る。鉄を飲む者が居る。生き物の、無機物の、風の、雲の、星の、銀河の、大銀河の、全ての一挙手一投足が、自分自身の全てである。

 

 そして空間でも、時間でも無いの存在を俺は知る。

 宇宙その者となったことで初めて知覚できる、あまりにもヤバく、またヤバすぎるが故にヤバい、。知り渡せば辺りはあらゆる宇宙があり、犇めいている。

 外の宇宙の集まる、ここは存在の場所。存在が存在するということだけが、事実として存在する何かの、ただ言葉としてはと形容する他ない、

 この場所には居た。

 意思が直接、意思としてこちらに伝わってくる。やつは俺たちの宇宙を取り込むつもりだったが、やはり統一之助の言うとおり弱った宇宙や不完全な宇宙を狙っていた。

 ――しかし、もはや、それまでだ。

 そいつは俺が意思を返したことに、少なからず驚いていたようだ。そいつの身体は俺よりも幾分か大きかったが、ただ肥えているだけのようにも見える。おそらく他の宇宙を養分として、食らっているのだろう。

 一瞬の驚きだったが――しかし、そいつは再び俺を取り込もうと襲いかかってきた。

 ……そこからは、とにかく苛烈な戦いだった。

 俺たちは自らの形を変えながら、自らの「存在」を消耗させながら、存在を削り合った。

 ねじ切るように、擦り落とすように、噛みつき、絞め上げ、お互いの「存在」を消すためだけにぶつかり合う。

 もはや俺たちの戦いを、俺たちの宇宙の中から知覚できる者はいないだろう。宇宙内部の生命が生まれて死ぬまでの間に、俺のこの存在を守るための戦いを知ることは叶わないだろう。

 しかしそれでも。

 しかしそれでも――俺は守るのだ。

 俺自身という、自身としての、宇宙を。

「共に行くぞ、我が友!」

 言葉が置き去りになる。この場所には意思のみがあり、言葉は意思を意味しない。

 しかしそれでも。

 しかしそれでも。

 俺はを守るのだ。

 そしてお前たちに伝えるのだ。

 俺がここを守ることを。

 統一之助が守ろうとしたことを。

 この宇宙を、この宇宙で、ここで、言葉で!

 お前に!

 お前たちに!

 ――――――――――。

 だが――

 だがしかし、やがて俺の存在は、霧のように散り散りになる。

 の存在を小さく、小さく削りとり、もはや取るに足らないものとしたその後で。

 俺の存在も、しかし、やがて、取るに足らないものとなったのだ。

 ――戦いは終わったのだ。



     ☆



 懐かしい、音がした。

 統一之助の奏でる兆弦琵琶の音色だ。

 俺は宇宙の片隅で銀河の絨毯に寝そべり、宇宙を眺めていた。

 隣には統一之助がいて、穏やかに琵琶を鳴らしている。しかし琵琶の弦はほとんど切れてしまっていて、にも関わらず、統一之助はそれを器用に奏でる。

 ――霧散した俺という存在の中の、或いは一つの可能性がこれなのか。

 しかし霧散する存在の中で最後の束の間の幻がこれならば、悪いものではないのかも知れない。

「ほとんど相討ちだった。――結局俺は、宇宙を守り切れなかった」

 俺の言葉を独り言にして、何よりも豊かな音色が宇宙を満たす。

 統一之助は俺の方を見ない。

 だがそれでも統一之助に再び会えた喜びもある。

 俺は琵琶の音を聞きながら目を閉じる。

 統一之助の琵琶の音が聞こえる。

 目を閉じた俺には光が届かない。

 音が聞こえる。

 音が聞こえた。

 言葉はなく、

 音が聞こえる。

 伝わる。

 伝わる。

 伝わる。

 音が。

 音だ。

 音に乗る。

 音が乗る。

 何が。

 何かが。

 意思が。

 意志が。

 意思が。

 意志が。

 共に行くぞ。

 共に行こう。

 我が友。

 我が友。

 友よ。

 ――友よ。

 ――――!

 一際強い音が鳴り、兆弦琵琶の音が途切れた。

 俺は目を開け、統一之助を見る。

 統一之助は俺に一瞥をくれると、一瞬破顔し――そのまま、始めから居なかったかのように姿を消した。

 ――意志が。伝わる。

 そして俺にも意志がある。

 俺は胸に手を当てる。

 鼓動が二つ、そこにあった。

 ――いつの間にか幻は晴れていて、俺はの方々に散る自らの身体を見る。

 俺の身体はその場所の宇宙と宇宙の隙間を縫うように広がっていた。

 その中に、極めて矮小になったもいた。揺蕩うそれは小さな点となり、いまにも消え失せようとしている。

 揺蕩う小さな点は、やがて俺のそばにきた。俺はそれを拾い上げ、自らの掌に握り混んだ。

 それはほとんど無意識のことだった。

 そしてその点を握り混んだその瞬間――

 俺の霧散した身体は、その点を中心に吸い寄せられるように集まり始めたのだ。

 すわ攻撃かと思ったが、もうの意思は感じない。

 しかし、これならば――

 俺はその点を、勢い自らの胸に穴を開け、押し込んだ。

 そして点は俺という宇宙の中心で、小さく、大きく、弱く、強く、まるで止まっているかのように振るえ始める。点の小さな運動が、俺の身体を、俺たちの身体を、そこに留まらせている。

 ……宇宙の中に、宇宙を持つ。

 或いは宇宙の中に宇宙を持つ宇宙の中に宇宙を持つ我々だってそこに居るのかもしれない。それは、或いは一つの可能性。俺たちがその点の中にあり、あるいは点の中にある俺たちが俺たちの中にあるかも知れないという繰り返し繰り返される繰り返しのそれ。

 超越した先で、俺は見たのだ。

 何を。

 光のない、それを――。



     ★



 懐かしい、音がする。

 統一之助の奏でる兆弦琵琶の音色だ。

 俺は宇宙の片隅で銀河の絨毯に寝そべり、宇宙を眺めていた。

 隣には統一之助がいて、穏やかに琵琶を鳴らしている。しかし琵琶の弦は全て切れていて、にも関わらず、統一之助はそれを器用に奏でる。

 ――俺はその隣で歌い始める。

 何よりも豊かな音色が、宇宙に満ちる。

 俺と統一之助の間には、小さな盃がひとつある。

 盃の重力に引かれ、彗星がひとつ、はらりと落ちて酒に波紋を作る。

 歌が終われば、酌み交わそう。

 さよならだけが、人生だ。



  /了

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ヤバき者 立談百景 @Tachibanashi_100

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