最終話 私と飼い犬

「そっか。ヴィネガーちゃん、勇者なんだ」

「ワン」


 ヴィネガーが吠える。


「ゴオオオオオ」


 ドラゴンは叫んで起き上がる。全身から煙が出てきた。


「気を付けてヴィネガーちゃん! 私じゃ手も足も出なかったから」


 ドラゴンが口に炎を溜める。ヴィネガーはドラゴンの回りを駆けて背後に回ろうとする。

 ドラゴンは急いでヴィネガーがいるところへ口を向けようとするが追い付けない。

 代わりに棘を持つ尻尾がヴィネガーへ。勢いよくヴィネガーに当たると、衝撃波が轟音を呼ぶ。八雲は身体を伏せて耐える。


「ヴィネガーちゃん!」


 尾の攻撃を受けたヴィネガーは無事だろうか?

 衝撃波が生じたということはヴィネガーも技を繰り出したのだろう。

 八雲の目の前に画面が表示される。そこには《勇者スキル:無敵時間、残り十分》と。その画面を見て八雲の胸が熱くなる。

 衝撃が落ち着くとヴィネガーがドラゴンの尾に乗っているのが見えた。


「やっちゃえ、ヴィネガーちゃん。ドラゴンスレイヤーじゃっ!」


 八雲が吠える。


「ワオオオオン!」


 ヴィネガーが応える。

 ドラゴンは身体を揺さぶったり炎で身体を炙ったりするがヴィネガーは無傷だ。画面の表示が変わる。残り三分。八雲がヴィネガーを目で追うと、ヴィネガーの頬が膨らんでいるのが見えた。煙がヴィネガーの口から漏れ始める。残り二分。煙がヴィネガーを包み始める。全身に纏うとヴィネガーはドラゴンの背中に辿り着いた。残り三十秒。ヴィネガーは天高く跳ぶ。その目は狩人のように鋭い。


「ドラゴンスレイヤー!」


 八雲が叫ぶ。ヴィネガーが放ったそれは黒い毛に相応しい黒い炎であった。


「ゴオオオオオ」


 ドラゴンは叫ぶ。だんだん声が弱々しくなって、声を出さなくなったと思ったら埃が舞った。腹部が穿たれたドラゴンは眠るようにその場で倒れた。ドラゴンの上には、ワオン! と吠えるヴィネガーがいた。

 それからヴィネガーは下りてくる。


「ムッフ!」


 ヴィネガーは堂々と姿勢を伸ばして八雲の前に来た。八雲はようやく立ち上がる。


「仕方ない、よしよししてあげるわ」


 ヴィネガーは器用に後ろ足で自身の頬を掻いている。


「だから命令です。おす」

「ワン!」

「わり。おす」

「ワン!」

「わり」

「お座り」

「ワン、……?」


 ヴィネガーは吠えた後、首を傾げる。


「おす」

「ワン」

「やっぱりヴィネガーちゃんはおす」

「ワン」

「に反応しちゃうよね、そりゃヴィネガーちゃんだし」


 ヴィネガーは再び器用に頬を掻く。八雲は頭を掻いた。


「取り敢えずよしよしいてあげる。飼い主として」


 八雲が手を出すと、ヴィネガーは睨む。


「グルルルル」


 やはり言うことは聞かないヴィネガーだった。


「私たち家族だもんね。助けてくれてありがと。肉食べようか、好物だし」


 八雲は気づく。


「こういうのって普通お金は神様からもらえるよね、持ってる?」


 八雲は身に付けたもの、ステータスの画面を隅々まで調べた。しかしない。八雲はドラゴンを見る。これ、食べられないか? せめて売れないだろうか?


「クーン」


 ヴィネガーは鳴く。


「それにしてもヴィネガーちゃんに家族って意識も私が飼い主って認識もあったなんて」


 八雲は嬉しそうに笑う。


「ムッフ!」


 ヴィネガーは座ってドラゴンを観察する八雲を見ていた。

そして思う、群れで下の者を助けるのも上に立つ者の使命だと。

 


 天界にて。


「あれ、巾着袋に大量の金貨が。あ、しまった」

 神様はポンコツだった。



 禍々しい城の玉座にて。


「嫌な気配がしたからうちのクロを送り込んだがどういうことだ? クロを仕留めるこの強さ、脅威だぞ。人族は勇者の召喚に失敗したと聞いたが」

「左様でございます。勇者、魔王様レベルの存在を確かめる魔晶石を見ていましたが、人族を調べても見つかりませんでしたので」

「なら魔族から裏切りが出たというのかっ!」

 玉座の者が怒鳴る。家来は怯えて黙った。

「まあいい、この森を調査しろ。人族が勇者の隠し方でも覚えたかもしれない。ずるい種族だ、気を付けるぞ」

「承知いたしました」



――これは、ポンコツ神様が犬を勇者として召喚してから始まる、一匹の勇者と一人の少女が最高の家族になるまでの物語。―その前章である。――


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勇者として召喚された飼い犬、私の言うことは聞かないっ! アメノヒセカイ @WorldONRainyDay

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