18日目 決断③

白雪彩華は、自室のベットでうつぶせに寝っ転がっていた。

可愛らしい私服に身を包み、スマホを片手に目元には涙を浮かべていた。

おもむろにスマホを取り出し、メッセージアプリの一人の連絡先を確認する。

一昨日送った二十件以上のメッセージは、既読が付いておらず関係が絶たれていることを示している。

その事実を目の当たりにし、納まりかけていた涙が再び溢れ出す。


「………どうして、こうなっちゃたんだろう」


突然のことだった。

学校に来たら、普段は遅いはずの彼がもう来ていた。

しかし、いきなりお別れの言葉を述べて学校から出て行った。

訳が分からずに立ち止まっていると、クラスの友達が声を掛けてきた。

挨拶もそこそこに、友人は聞きたいことがあったと話してきた。


『彩華、風間に弱味握られて脅されていたんだって?ごめんね、今まで気づけなくて』


何のことか全く分からなかった。

頭の中が''?''でいっぱいに埋められた。

詳しく話を聞いてみると、拓見君と私のこの前のデートをクラスの人が見ていたらしい。

その事実確認に私より先に来ていた拓見君に聞いてみたところ、私の弱味を握って言うことを聞かせていた最低な男ということになっていた。

……意味が分からない。

弱味を握って脅した?

そんな真実はない、むしろ私から拓見君に関りに行っていた。

だからその出鱈目な嘘を否定しようとクラスに向かったら、もう手遅れだった。

次々に私に投げかけられたクラスの言葉は、『大丈夫?』、『酷いことされていない?』という私の身を案じた心配の声。

被害者は私、加害者は風間拓見と言う構図が既に出来上がっていた。

弁解しようにも、そんなことが出来る空気ではなく、私の言葉はクラスのみんなに流されてしまった。

このままでは埒が明かないと判断し、明日拓見君と一緒に真実を話そうと考えてメールを送った。

しかし、一向に既読が付かずにいたので放課後、彼の家に殴り込みに行った。

インターンフォンを鳴らし、出てくるのを待つ。

…が、いくら待っても彼が出てくることはなかった。

仕方なく自宅に帰還し、再びメールを送る。

何度も送り、確認しての繰り返し。

結局、返信が返ってくることはなかった。

次の日になっても、既読は付いておらず。

朝ならいるかもと彼の家に赴き、待つこと数十秒。

やけに驚いた様子の彼が出迎えてくれた。

元気そうで安心したが、文句の一つでも言わないと気が済まずに中に入ることにした。

椅子に座り、落ち着きはしたが言葉が中々出てこなかった。

彼から話を振ってくれたが、私が来たことが本気で分かっていない様子で、余計腹が立った。

思わず声を荒げて反論するも、冷静に返されてしまい、勢いが削がれてしまい何も会えなくなってしまった。

私と拓見君が関わっているのが周りにバレて、どうなるか考えていなかった訳ではない。

それでもみんなにちゃんと説明すれば良いと思っていた。

きっと理解してくれると。

でも、そんなのは思い違いだった。

拓見君が先に話していたとは言え、誰も真実を確認しようとはしなかったし、わざわざ理由を述べたことに疑問を持つ人もいなかった。

拓見君は、私を守る為に悪役を演じた。

そのことを黙って見ていることは出来ない。

でも、彼の覚悟を超えるほどの思いがあるかと聞かれると、踏みとどまってしまう自分もいる。

でも、それでも。


「……そうだ、あの日決めたんだ」


忘れもしない。

私が彼に話しかけることを決めた出来事を。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




一年生の秋頃、文化祭を終えた放課後に私は後片付けをしていた。

ゴミを集めて、用務員さんの所へ持って行った。

ゴミ捨て場が見えてきた辺りで、用務員さん以外にも誰かがいた。


「ありがとうね、助かったよ」


「気にしないでください、俺が嫌だっただけなので」


感謝を告げる用務員さんと、何食わない顔でその場から去って行く男子高校生。

…用務員の人に礼を言われるとは、いったい何をしたのだろう?


「すいません、これお願いします」


「はいよー」


ゴミ袋を預け、ゴミ捨て場に置く用務員さん。

今日のゴミ捨て場は、普段と比べてかなり綺麗だった。


「だいぶ綺麗ですね」


「あぁ、これも彼のお陰だ…」


「その彼と言うのは、先程の?」


「おや、知り合いかい?」


「いえ、名前も学年も知りません…」


でも、あの感じは同い年…同級生だろうか?

かれこれ半年近く過ごしてきたが、廊下で見たこともない。


「彼はね、ここの掃除をしてくれたんだ」


「ここの?」


「今日は文化祭でゴミも多くてね…いつもより多いゴミに苦労していたんだ」


用務員さんは汚れた顔と汗をタオルで拭いながら話してくれた。


「でも、彼が手伝ってくれた。最初はいきなり来て掃除し出してびっくりしたけど……『自分が過ごしている学校がゴミまみれなのは気分が悪い』って言って手伝ってくれたんだ」


「優しい人なんですね」


「あぁ、本当に…それなのに、学校での通り名がねぇ…」


「通り名?」


そんなものが付くほど有名なのだろうか?

だとしたら、私も知っていると思うが…。

微妙そうな顔をした用務員さんは、思案に暮れている私に告げてきた。


「『ハズレ』なんてものが付いているみたいだよ」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「まただ…」


放課後、帰路についている私の目の前では彼が子供と母親らしき人物にお礼を述べられていた。

あの感じはおそらく、迷子の子供と母親を合わせたようだ。

ここ最近、彼の姿をよく見る。

その度に人を助けて、いろいろな人から頭を下げられている。


「そんな人が何で…」


彼、風間拓見はその名が学校中に広まっている。

好評ではなく、悪評だが。

愛想のない男、話しかけても嫌そうな顔をする、誇れるような功績も偉業もないのに身勝手な奴、自己中心そのもの、等々。

一度話題を挙げればきりが無いほど、彼の悪い話題は尽きない。

人との関わりを過剰なほどまでに絶っているのに、私の瞳に映る彼は人助けを行っている。

とても噂通りの人物とは思えない。

一体何故かと考えていたある日のこと。

先生に呼び出しを受けていた私は、職員室に来ていた。

用事が済み帰宅しようとしていた時、先生と彼の姿が見えた。

何か話し込んでいる様子だったが、会話はこちらに聞こえずにいた。

とは言え、先生の困った顔を見ると、怒られているように見えた。

話が終わったのか、その場から去って行く彼を見送っていた先生に、気付いたら私は話をしに行っていた。


「あの、先生」


「ん?白雪か、どうした?」


彼女は新井遥あらいはるか先生。

確か風間拓見君の担任だ。

男勝りな熱血教師というイメージがぴったりな彼女は、真剣に生徒と向かい合ってくれるので男女、学年問わずに人気だ。


「あの、さっきの彼って…風間拓見君ですよね?」


「おぉ、確かにそうだが…それがどうかしたか?」


「その、私彼のことが気になっていて…」


「何だ、惚れたのか?」


「ち、違います!!何を言っているんですか!?」


あまりにも見当違いなことを言う新井先生に、私は思わず声を荒げる。

自分でもびっくりするほどの取り乱し具合だが、新井先生は笑って茶化す。


「何だ、色恋沙汰かと期待したのだがなぁ…」


「そんな訳ないじゃないですか!!」


「まぁ、おふざけはこの辺りにしておいて………それで、何が聞きたいんだ?」


………何だか釈然としないが、私は素直に話すことにした。

ここ最近見た彼の姿が噂とは違うこと、何故あそこまでして人との接点を断ち続けるのかと。

全てを話し終わった後、新井先生は渋い顔をしてため息を吐いた。


「はぁ、あの馬鹿は…何を言ってもまるで変わらん、もはや意地なのか?」


「あの、新井先生?」


「あぁ、すまん。こちらの話だ………確かに私はアイツの事情を知っている。だが、お前はそれを聞いてどうするんだ?」


「どうするって…」


「アイツの…風間拓見の背負っている物は酷く重く、めんどくさい塊だ。お前はそれを知って何がしたいんだ?それに、人のプライベートに踏み込むことがどういうことなのか、理解しているのか?」


私の心の内を探るように話しかけてくる新井先生は、風間君のことを大切に思っているが上での発言だ。

………正直な話、私も何故こうまでして気にかけているのか分からない。

何がこうまでこの身を駆り立て、動かすのか。

今の私は間違いなく、衝動の言いなりだ。

ただ、唯一分かるのは。


「…無視できないから」


「何?」


「彼の目が、辛そうだから」


「…話にならない、一体何が言いたい?」


より険しくなった目つきに、私は一瞬気圧されるも、決してその眼から視線を外さなかった。


「私の家、母子家庭なんです。お母さんはずっと私と妹の為に働いてくれて…とても感謝しています」


「………」


新井先生は、何も答えない。

突然始まった身の上話を止めるでもなく、黙って見つめる。


「でも、いつも家には私と妹だけで…偶に祖母と祖父が来てくれたりしましたけど、ずっと二人ぼっちでした」


忘れもしない、あの日の記憶。

あの小さなアパートで過ごした、私と妹の小さな世界。


「その時に見た妹の悲しそうな目…それが、風間君とそっくりなんです」


「!!」


初めて先生の目が大きく見開かれた。


「だから、無視できない…放っておけないんだと思います。妹と同じ目をしている彼のことを」


全てを告げ終わった後、新井先生は俯いて肩を震わせていた。

何かを堪えるような様子に、怒鳴られるかもと思った私は思わず身を固める。

次の瞬間、感情が爆発したかのように先生は声を上げた。


「ふ、はは、ははははははははははははははっ!!」


爆笑である。

シリアスな雰囲気から一転、腹を抱えて笑う先生に唖然としてしまった私は、脳の思考が追いつかなかった。

目元に涙まで溜めた先生は、笑いながら叫ぶ。


「アイツがっ、お前の妹と同じっ!少女と同じ目をしているっ!?…これが笑わずにいられるかっ!」


どうやら、私の妹と同じと言う言葉がよほど効いたらしい。

普段の彼を知っているからか、余計笑いを堪えきれないようだ。

…まぁ、私も無愛想な彼と妹が一緒というのは、少々可笑しいと思う。

一通り笑った新井先生は目元の涙を拭う。


「いいだろう、教えてやる」


「っ!いいんですか?」


「あぁ、お前なら大丈夫だろ…とは言え、私も詳しく知っている訳ではない。アイツの言動から推測したものも含まれるが…それでもいいか?」


「構いません、お願いします」


新井先生は語ってくれた。

風間くんは昔、かけがえのない親友を傷つけてしまったこと。

それが原因で、周りから邪険に扱われたこと。

孤独で心身共に傷ついていたところを救ってくれた人にも、裏切られて人間不信に陥りかけたこと。


「よくある話と言えばそうだが、実際に経験してみるとそんなこと言ってられないだろうよ…最も、アイツのタチの悪いところはそんな扱いを受けても、他人に怒りをぶつけずに自分にぶつけているところだ」


「自分に…?」


「あぁ、『元を正せば俺が原因だ、人の幸せを奪った分、俺が人を少しでも幸福にしないといけない』、『俺は人を傷つける、俺と関わらない様に俺は人との関係を断つ…よっぽどの限りは』とか言うんだよなぁ、アイツ」


その言葉で理解した。

今まで見てきた彼の姿と噂の違い。

必然的に他人と関わることになる学校では、なるべく一人で生活し、それ以外のところなら人助けしてもその場限りの関係だから、関わりを持つことがない。


「でも、それって…」


「自己満足でしかないあいつアイツの贖罪にして罪、誰にも理解されず、人知れず人助けをする…要は、面倒の極まりだ」


誰も彼の働きを知らない、分からない。

常に孤独で周囲からかけられる嘲笑を受けても、なお一人でいることをやめない。

そんなの、苦しすぎる。

誰にも認めてくれない世界、常人じゃ耐えられない。

思わず下を向いてしまう私に、新井先生は告げてきた。


「もし良かったら、お前がアイツの力になってやってくれないか?」


「えっ…?」


「私もいつまで見てられるかわからない、そうなったらアイツは本当に一人ぼっちになってしまう。その時、少しでもアイツのことを理解してやる奴が近くに居てくれると、嬉しい」


「新井先生…」


「教師の身でこんなことを生徒に頼むのも、おかしな話だが…アイツのことを支えてやってくれ」


頭を下げて、先生は私に全てを託した。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




その後、新井先生は退職されてしまった。

そうだ、私はあの人の思いも背負っているのだ。

なら、簡単には引き下がれないし、引き下がるつもりもない。


「私は、絶対に諦めない」


私は決意を新たに、明日に備えて策を練ることにした。

彼の背負っているものと同じくらい、私の、の思いの重さも負けていないことを、証明する。

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