17日目 決断②

あの後、学校に休む連絡を送って泥の様に夕方まで眠っていた。

昼飯を食べずに過ごしていたので、かなり腹が減っていたのでコンビニ弁当とサラダや唐揚げを買い、遅めの夕飯を食べた。

その後も、何もやる気が起きずに眠ることしかできなかった。

朝から寝ていたから、眠ることはできないと思っていたけど…案外あっさり眠ることが出来た。

疲れていたのかどうかはわからないけど。

そして、普段は見ることのない夢を見た。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




『お前のせいで…!何もかも滅茶苦茶だ!!どうしてくれるんだよ!?』


『何でだよ…何でお前が…っ!』


『お前何か、生まれて来なければ良かったのに』




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「………最悪だ」


目覚めて早々、俺は死にそうなほど酷い顔をしていた。

俺にとって忘れたくても忘れられず、こんな性格になった原因とも言える過去の話。


「…はぁ」


ため息しか出なかった。

少しでも気持ちを切り替えようとして、顔を洗うため洗面台へと向かう。

洗面台には大きな鏡があって、俺の顔が写っていた。

左頬には昨日の男に殴られた所が痣になっていた。

そこまで酷くはないので、しばらくしたら治るだろう。

蛇口を捻り、冷水で顔を洗い流す。

冷たい水がかかったことで、脳が活性化しだして思考が回るようになる。

昨日は休んでしまったので、今日は学校に行こうと着替えを始める。

制服へ着替え、朝飯を食べようと冷蔵庫の中身を漁り出していると、チャイムが鳴り出した。


(こんな早朝に…誰だ?何か頼んでいたっけ?)


現在の時刻は朝の六時半。

こんな時間から来るなんて、よっぽどの急ぎなのだろうか。

疑問を感じながらも、玄関に直行しドアに付いているのぞき穴のドアアイから、外にいる人物を確認する。


「…えっ?」


外にいた人物の正体に、思わず素っ頓狂な声が出る。

慌てて扉を開けると、そこにいたのはドアアイから見たサラサラの白い髪、美しいシアンの瞳、一度見たら忘れることのない美貌を持った…。


「白雪………?」


「……………」


驚きで固まる俺に、白雪は何とも言えない苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「拓見君、ひとまず中に入っても良いですか?」


「あ、あぁ」


もう二度と話すことがないと思っていた相手の、突然の来訪に戸惑いながらも中に招き入れ、リビングの椅子に座らせて温かいお茶を差し出した。


「ど、どうぞ」


「ありがとうございます」


………………や、ヤバい。

何だこの空気。

何か用事があるから来たんだろうけど…。

白雪は黙ったままだし。

取り敢えず、待ってみるか。

それから三分近く、白雪は一言も言葉を発することはなかった。


「え、えーっと…白雪、さん?本日はいったいどういった御用件で…?」


「………………」


……は、反応なし。

俯いた顔を上げようともしない。

どうしよう、本当にこの状況。


「……ですか」


漸く声を出したかと思えば、今にも搔き消えそうな声なので聞き返す。


「ん、何て?」


「何で、あんなこと言ったんですか?」


「…あんなことって?」


「惚けないでください!!」


顔を上げたかと思ったら、涙ぐんだ目で睨んでいた。


「昨日学校の友達達から聞きました!白雪が拓見君に弱味を握られていて、脅されていると!!何でそんな嘘を付いたんですか!?」


「……あぁするしか、その場を収めることが出来なかった」


「そんなことありません、白雪がちゃんと事情を説明すれば――」


「無理だ」


「っ!!」


白雪の反論を食い気味に遮る。


「そんなに怒るなよ。それに、いずれこうなることは分かっていたしな」


「分かっていた…?」


「そりゃそうだろ…片やクラスのアイドル、片やクラスの嫌われ者。俺とお前じゃ圧倒的に立場が違うんだから」


「……立場が違っても、白雪と気にしません」


「お前はな。ただ、周りの連中が納得しない」


「それの対応があの嘘だと?それで本当に……拓見君は良いんですか!?」


「かまわない、人に嫌われるのは慣れっこだし」


俺が幾ら事実を言っても、白雪は決して首を縦に振らない。


「そんなの納得できません、やっぱりクラスのみんなに誤解だと説明を――」


「無駄だ、もう賽は投げられた。一度広まった悪評を取り消すことはできない」


「それでもやっぱり…っ!」


「白雪」


「っ!!」


「分かってくれ、これはお前を守る為でもある」


「守る為…?」


「ここでお前が俺を庇う真似をしたら、お前もクラスから腫れ物扱いを受ける。それは、俺もお前も避けたいはずだろ?」


「それは…」


「お前も俺も関わる前の関係に戻る、それだけでこの問題は解決するんだ……ほら、さっさと帰れ。学校に間に合わなくなるぞ」


今の白雪は私服だ。

これからある学校の登校時間を考えたら、今から帰らないと間に合わない。

話は終わりだとばかりに椅子から立ち上がり、ベットルームへと戻る。


「ま、待ってください!話はまだ…!」


「白雪、短い間だったが楽しかった。ありがとな」


その言葉を最後に、俺は扉を閉めてベットの上に寝っ転がった。

最後に見た白雪の辛そうな顔を少しでも忘れるために。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




あの後、高校に登校した俺は今までと変わらずに授業に取り組んでいた。

変わった事と言えば、クラスの俺への態度が悪化したことだ。

前までは通り過ぎても嫌な顔をされただけだったが、今では舌打ちや非難の声が聞こえてくる。

白雪は、アイツと仲の良い友人が俺に近づけさせないように休み時間になる度に連れ出している。

……いつも通りに振舞ってはいるが、元気がないように見える。

その原因は俺なわけで…。


(………クソっ)


本当にこれで良いのか?

まだ何かやれることが…。


(楽観的な考えをするな)


もう無理だ。

なにより、これが俺の望んだ光景だろう?

後悔するな、過去を見ずに今を見るんだ。

だから……許してくれ。

今だけ、弱音を吐くことを。


「…また、独りぼっちか」


孤独は最も人を弱くさせると聞いたことがある。

昔の俺なら鼻で笑っていただろうが、今はそうもいかない。

人のぬくもりを知ってしまった今の俺には、孤独が辛い。


「こんなことなら、やっぱり人と関わらなきゃよかった」


誰もいない屋上に上る冷たい階段で、未練の呟きを残して歩き始めた。

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