エピローグ2:大秘境スローライフ!

 風谷に、冬がやってきた。高原で、おまけに北の地方だから初雪だって早い。

 昨日あたりからうっすらと積もり始めて、畑も、野原も、今は真っ白になっている。風車だけは丁寧に雪下ろしをされて、今日も元気にぐるんぐるんと羽を回していた。

 厚着をして、えっほえっほとお屋敷への短い坂を上っていると、視界をちらりと白いものが過ぎる。


「あ、雪……」


 また降り始めたみたい。

 私は、抱えていたカゴを地面に降ろした。手袋をした手に、雪が乗って、やがて溶けて消えていく。

 周りにいたエア達も足を止めた。


「ナイトベルグでも、降ってるかな」


 魔物の大騒動から、もう4ヶ月が経っている。

 結局、ナイトベルグ辺境伯家は、王国から爵位を取り上げられた。

 当主夫妻のお父様とお母様、それから親戚たちに同情はできない。

 トリシャの力で魔物を操る――その目的は、どこまでも自分たちのためだったから。魔物を操れるようになれば、都合のいい兵士を得るのと同じ。付近の領地にも強気に出れるし、王国だって、そんな技術があったらナイトベルグ領を厚遇せざるをえない。

 本当にどこまでも、自分たちのためだったんだ。


 起こした事件からすれば、命が助かっただけでも、十分温情だろう。下手をすれば、隣国どころか王国中に魔物が溢れていたかもしれない。

 領民も、新たな領主を快く受け入れているという。

 ナイトベルグ領は辺境でありながら財力豊かであったけれど、それは魔物を討伐して、魔石を得ていたから。魔石の収入って、辺境伯家で独占されているから、財力がしっかりと領民に行き渡らなかったんだね。

 だから農業や工業は栄えていなかったのだけど――その辺りも、領主の変更で、改善されていくといい。


「わんっ」


 励ますように、エアが飛び跳ねた。

 可愛らしくて、つい手袋を外してなでてしまう。もふもふの青い毛並みは、あったかくて、ふわふわで、冬にこそ最高だ。

 隣にディーネもいたので、ついでに顎の下をわしゃわしゃさすってあげる。


「――クウも、元気かな」


 あの戦いで私達を助けてくれたクウは、ナイトベルグ領の神界に戻っていった。もともと、今の私の力じゃ、クウほど強力な神獣を呼び続けるのは、ちょっと難しいらしい。


 ――私は、この地を見守っているよ。


 クウは、そう言っていた。神獣として、今の土地を守るってことだろう。


『頑固なやつじゃのう。気晴らしに、風谷にくればよかったのにのう』


 私の手から逃れつつ、ディーネが呟く。

 ……ちっ。

 手袋をはめ、お野菜がいっぱいのカゴを抱え直してから、じろっと睨んだ。


「ていうか、ディーネ。エアが神獣の子っぽいの、知ってたんだね」

『いずれ名のある神獣の子、とは思っておったぞ? それがまさか、嬢ちゃんと前世で縁があったとはわからなかったがのう。まったく世間は――いや、この場合は、異世界は狭い、かのう?』


 ふぉっふぉっ、と笑うおじいちゃん。

 私はため息をついて、お屋敷への丘をまた登り始める。その先で、丁度ロランさんが外へ出てきた。

 私を見つけてにっこり笑い、駆け下りてくる。


「手伝うよ」


 その肩には、ルナだ。私は微笑んだ。


「ありがとう、ロラ――」


 にやっと笑う。


「『お兄ちゃん』って言った方がいいですか?」

「う、うーん。まだ、ちょっと照れるかな……」


 ルナがふわふわの羽毛を揺らし、女性の声で息をついた。


『まったく、自分から言い出したことですのに……』


 ナイトベルグ領の魔界化から、4か月。その間に、私の処遇も決まった。

 まず、ナイトベルグ領と聖リリア王国に、正式に私の希望を伝えた。

 このままセレニス王国で暮らしたい、と。

 保護された当初は、状況的にも『アリーシャに便利な力があるなら国に返せ』と言われかねない状況だった。けれど、ナイトベルグ領の異変を収めたセレニス王国、もっといえば召喚士サモナー協会は、聖リリア王国に貸しがある。


 それに神獣召喚士の力は、みんなの尽力でうまく伏せることができた。ナイトベルグ領の一件は、神獣じゃなくて、召喚士サモナー協会の尽力によって解決、というお取り扱い。

 おかげで、すんなりとセレニス王国で生きる許しが出た。


 ただ、それだけだと身分が宙ぶらりん。というわけで、そして一応は貴族の娘というわけで――ロランさんの家、伯爵家の養子ということになった。

 つまり、ロランさんの年の離れた妹である。

 前世からトータルすると、『お兄さん』より私の方が年上なのだけど……その辺りも含めて、ロランさんは最後には私を受け入れてくれていた。

 前世のことは、神獣達以外には、ロランさんとだけの秘密である。


「おや、これは……」


 そのロランさんは、私からカゴを受け取ると目を丸くした。


「ぜんぶ夕食の材料かい? 野菜に、肉に、キノコに……」

「はい! 冬と言えば、お鍋ですからね」


 えへんと胸を張る私。


「みんなで囲うお鍋は、おいしいですよ。歓迎も兼ねて、ね」

「なるほど、そうか」


 ロランさんは微笑んだ。


「今日は、あの日か」


 風谷には、今日、来客がある。

 思った時、空にさっと影が差す。カイルさんが乗った天馬ペガサス、その前側に金髪の小さな女の子が乗っていた。


「トリシャ!」


 私は手を振った。

 天馬ペガサスが着地すると、カイルさんがまず下馬して、トリシャに手を貸す。

 えっちらおっちら降りたトリシャは、私に気づいた。

 2人で、しばらく見つめ合ったと思う。

 カイルさんがとりなしてくれるかと一瞬期待したけど、『後は水入らずで!』と言わんばかりに一礼して、お屋敷へ入っちゃった。


 う……なんて、いおう。いや、でも、ここは正直に。だって、トリシャは私を心配して探してくれたのだから、今度は私の番だ。

 歩み寄って、声をかける。


「また会えてよかったよ、トリシャ」


 ふわふわの金髪を揺らして、トリシャはぶんと頷いた。


「私もです、お姉さま」


 ちょっとの間。

 ……ぎこちないな。ま、それもそうか。ナイトベルグ領で助けてから、私とトリシャは会っていない。

 ロランさん達はお見舞いや様子を見に行っていたようだけど、私もエア達も力を使いすぎて、風谷で休む必要があったんだ。

 2人でもどもどしていたけど、ようやくトリシャから言葉を継ぐ。


「それと、ごめんなさい……お姉さまがずっと苦しかったのに、何も言わないで」

「トリシャ――」


 そうか、私達、なんだ。

 自分の胸に訊いてみる。

 トリシャは、私を虐めるお父様や、お母様に対して、何も言えなかった。でもトリシャは完全に黙っていただけではなくて、ふとした時に私を助けてくれていた。

 ……エアを連れてお屋敷を抜け出す時とか、ね。


「平気。私、トリシャのこと好きだよ」

「お姉さま」


 涙ぐむトリシャ。


「私も……お姉さまのこと、好きです」


 何かのこと、大事だって、しっかりと告げること。

 それって、こんなにも心を幸せにしてくれる。

 あの両親の下では私達がこんな風に心を通わせることは決してできなかっただろう。


「紹介するね。この人は、ロランさん。今は私の、お兄さんだけど」

「初めまして」


 微笑むロランさん。

 今はまだ、トリシャは聖リリア王国、『元』ナイトベルグ辺境伯の子供という扱いになっている。

 でも、もう故郷には居づらいだろうし――ゆくゆくは私と同じように、ロランさんの家の養子になってほしいとも思う。

 生臭い話だけど、生家を失った貴族令嬢が落ち着ける先は、そう多くない。私達の目も届くし、トリシャの『力』も活かせると思うんだ。

 お父様とお母様は子供をすべて失ってしまうわけだけど、これは犯したことの結果として、受け入れてもらうしかないだろう。

 ……娘や兵士が苦しんでもいい、と思って実験したわけだしね。


「は、初めまして。お世話になります」


 緊張気味のトリシャ。

 とはいえ、しばらくはトリシャも風谷で暮らす。どうしてかというと、この子のスキル〈王の中の王ロード・オブ・ロード〉は性質を変えてしまったからだ。

 妹は金髪を揺らしてエアやディーネ達に向き直る。


「この子が、神獣達ですか?」


 トリシャは身を屈める。魔獣を怖がる国にいたせいか、やっぱりちょっと顔が青い。


「平気?」

「はい……でも、しょ、正直、魔物に比べたら」

『うむうむ、アリーシャお嬢ちゃんに似て、可愛らしい子じゃのう』


 見上げるディーネに、トリシャがはっと耳を押さえた。


「やっぱり、声、聞こえる……」


 トリシャ、神獣たちの声が聞こえるようになったんだよね。

 ロランさんがお見舞いした時に、神獣ルナの声が聞こえてるってわかったんだ。

 腕組みするロランさん。


「魔物と話せていた状態で、神獣からの神気を浴びたせいかもしれないね。魔物に命令を出す、つまり話せる状態を、神気で癒した。だから今度は体が神気に馴染んで、神獣と話せるようになった。もともと、大勢と話すための統率スキルでもあるしね」


 要は、神獣召喚士ではないけれど、神獣の言葉がわかる――そんな人材になったということ。

 代わりに、指揮できる範囲とか、強化を付与する力とか、戦い方面の力はひどく弱まってしまったらしいけど。

 でもロランさんでさえ、修行して心を通わせたルナとしか、言葉を交わすことはできない。神獣みんなと話せるなら、セレニス王国にだって必要な人材となる。

 今後も、クウみたいに新たな神獣と会えるなら、話せる人は多いほうがいい。


「トリシャ、ほどほどに頑張っていこうね」

「ほ、ほどほどに……」


 私は指を立てた。


「大事なことだよ? 基本はスローライフ、お姉ちゃんとの約束ね」


 トリシャは噴き出した。


「……そういうの、ずっと前から同じね……あれ、お姉さま」


 トリシャが首を傾げてエアを見やる。


「なに?」

「今この子……」


 エアが、わんと吠える。


『アリーシャ!』


 きん、と子供みたいに甲高い声が頭に響いた。

 トリシャと顔を見合わせる。


「エア――喋った!?」

『ほうほう、ついに、思いを言葉にできるようになったか』

『あ、本当だ! 喋れる!? しゃべれる!』


 嬉しそうに、くるりとその場で回るエア。私に寄ってきて、かがんだ私達姉妹の頬をぺろりとなめた。


『よかったね、アリーシャ』

「え――」

『それだけ、伝えたかったの! アリーシャが嬉しいと、僕も嬉しいよ! 大好きな人だからっ』


 思わず笑みがこぼれた。雪が降っている風谷だけれど、こんなにも温かい。

 ロランさんが言った。


「行こうか」


 歩き出す。

 ロランさんが抱えるのは、村からもらったお肉やタマゴ、それに貯めておいたお野菜がたくさん入ったカゴ。

 人が増えた分、けっこう重い。

 でも、きっと、幸せな重さだ。


「それじゃ、みんな。お屋敷に入ろう」


 今日は、妹の歓迎をこめて、お鍋の予定。

 もふもふと家族に囲まれて、これからもずっと、大秘境スローライフだ。

 私は妹へ――新しい仲間へ笑いかけた。


「トリシャ、ようこそ、風谷へ」


 お屋敷に入ると、詰めている召喚士サモナー達や、コニーさん、ダリルさん、カーバンクル達が顔を出す。カイルさんが、トリシャの到着を伝えたのだろう。

 ロランさんと、梟のルナ、長毛わんこのディーネ、それにエア――仲間ともふもふ達に見守られながら、私達姉妹は微笑み合った。



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これにて、物語は完結となります。

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!


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転生少女は大秘境スローライフを目指す ~スキル『もふもふ召喚』はハズレと追放されました。でも実は神獣が全員もふもふしてた件。せっかくなので、神獣の召喚士として愛犬達と異世界を謳歌します~ mafork(真安 一) @mafork

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