第13話
いつの間にか一人で大学のロビーのベンチに座っていた。日が傾き、夕日がまぶしい。いつ研究所から出たのかも、いつ純と別れたのかもわからない。ずっと聞いた話を反芻していた。
祖父は、そんなひどいことをしたのだろうか。研究熱心で優しくて、僕が民俗学に興味を持ったことをあんなに喜んでくれた。夕日が建物に隠れ薄暗くなった。学生はほとんど帰ってしまい、清掃員や警備員が徐々に閉館の準備を始めている。ずっと同じことを考えても堂々巡りで、ただ時間だけが過ぎていた。
学生がすっかりいなくなってしまって、警備員がちらちらこちらを見てくるようになった。気まずくなって、僕は重い荷物を引きずりながら外へ出た。そして意を決して、父親に電話をかけた。
「洋太郎、久しぶりじゃないか。夏休みは楽しんでいるか?」
ちょうど父は仕事から帰ったばかりのようで、今から夕飯のようだった。ひさしぶりの父の声と、後ろから聞こえる母の足音と食器を並べる音を聞いて、僕はつい何も言えなくなってしまった。
「どうした、大学がつらいのか?勉強についていけないのか?」
何も話さない僕に、父はおろおろと声をかける。母の心配そうな声も聞こえる。僕は人目もはばからず泣き出してしまい、村に行ったことと今日研究室であったことを洗いざらい話した。嗚咽交じりで聞き取りにくいはずの声を、親父は何も言わずに聞いてくれた。
「幼かったお前に事情を話さなかったことは間違っているとは思わないが、進学前に話しておくべきだったな」
父が言葉を選びながら絞り出した言葉に、純と大木先輩の見解が間違っていないことを確信した。
「お母さん今ちょっと……泣いているから父さんから説明させてくれ。お前の友達の予想はほとんど正解だ。あの村はお前の祖父が作った神に数年おきにいけにえを捧げて繁栄しているんだ。お前が次のいけにえにされそうだったから、もう行かないことにしたんだ」
「そんなことが現代で……」
「あの村は呪いで成り立っているのよ!お客に偉い人達がいるから大きく報道もされない!もうあの村には近づかないで、お願いよ……」
母親が電話を奪ったようだ。涙声でお願いよと繰り返す。小さな新聞記事と、佑馬の母が残した手記が脳裏に浮かんだ。
「母さんはこっちでなだめておくから、今日はこのくらいにしよう。まだ夏休みはあるだろう?近々こっちに顔出しなさい」
そういって電話は切れた。背後では母が声を上げて泣いていた。これで本当になってしまった。歓迎してくれた祖父母は、僕を孫として可愛がってくれたのではなく、人身御供として扱っていたのか。
信じたくなかった。だから僕は
「あらヨウちゃん!無事家に着いたかしら」
「うん」
「夏休み中、またこっち来られないかしら。やっぱり柵を立ててほしくてね、光香ちゃんだって待ってるし」
「ねぇおばあちゃん、僕村の秘密を知っちゃったんだ」
「え?」
「僕、村のためには死ねないよ」
「裏切り者の子は裏切り者か」
地獄の底から響くような声。あの縛られた女神が吐くラテン語の呪詛のような声で祖母がつぶやいた。今まで聞いたことのない祖母の声に言葉が詰まる。
「……あの時無理にでも捧げておけば良かったのよ」
ツーツーツー。吐き捨てた祖母の声と冷たい機械音。
それ以来、あの土地へ出向くことはなかった。
かみしばり 北路 さうす @compost
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