理屈じゃない愛
サトウ・レン
とっとと勃たせろ!
ブラックベリーが現れたのは、ラズベリー
ラズベリー症候群は実際に触れ合わなければ感染しない、と言われているが、ブラックベリーは分からない。
症例第一号が彼だからだ。電話でしつこく聞かれた。彼と触れ合っていないか、と。「もちろんです」と答えても、簡単には納得してくれず、何度か同じやり取りを繰り返すことになった。電話越しの相手は、市役所の人間だと名乗っていたが、もしかしたら詐欺の類かもしれない。何かがはじまる時には、大抵、詐欺が横行する。でもどちらにしても、私は本当のことしか答えていない。
私と彼は、いまかなりの冷戦状態にあった。恋人関係ではあるのだが、もう恋人と呼べる関係ではない。それは私がラズベリー症候群に罹った時から。顔に真っ赤な実のようなぶつぶつが大量にできて、ラズベリーのようにしか見えなくなるから、ラズベリー症候群。滑稽な名前だが、放っておけば、一年も待たずに死に至る症候(かもしれない)とも言われていた。薬の開発が進んでからは、完治することも分かり、最近は落ち着いているが、症例がわずかだった頃は、世界中が大騒ぎだった。
私の顔が昔のように戻ったのも、一ヶ月ほど前のことだ。
「こんなこと言ったら駄目だって、分かってるんだけどさ。隠しているほうが、お互い嫌だと思うから言うね。俺、きみの顔だと、もう勃たないんだ。頑張って努力はしてみたんだけどね」
治る前の顔を思い出して。そうはっきりとは口にはせず、彼は言った。もう治ったから大丈夫だね、と精神的な繋がりも肉体的な繋がりも元通りになることはなかった。で、ならば、もういっそラズベリー状になってすぐに言って欲しかった。あんなに症状が出ている時は、献身的に接してくれたのに、治った瞬間、そんなこと言い出すなんて卑怯だ。きっとタイミングを間違えれば、自分が悪いみたいになるのが嫌だったんだろう。
あとはいつ別れるかだけ、という状況で、彼の顔がブラックベリーになった。で、隔離された。とあるホテルで軟禁状態になっているらしい。ラズベリー症候群のはじまった頃も、そんな感じだった。彼から、ラインが定期的に届くようになった。『心細い』『寂しい』『ごめん』『きみもこんな気持ちだったんだな』『後悔してる』『やり直したい』……etc
女々しすぎるだろ。情けない。いい気味だ。まぁでも本当に反省してるなら。いやアホか、私は。あいつ、何を言ったと思ってるんだ。となんか色んな感情が渦巻く。友達に相談すると、「さっさと切っちゃいなよ」と言われた。正論だ。これ以上なく、正論だ。だけど正論だけじゃ生きていけない時もあって、と私が返すと、じゃあ相談なんかすんなアホと言われた。やっぱり友達は正しい。そうだ、あんな奴、忘れないと。
彼が軟禁されてから、五日くらい経った頃、事件が起こった。
彼が誘拐されたのだ。結構大きく報じられた。SNSなんかでよく、ラズベリー症候群について語っている、自称〈ラズベリー症候群の権威〉の医者だ。そもそも権威付けできるほどの歴史もなく、明らかに怪しいのに、盲信するひとが意外なほど多い。その医者と彼を慕う数名がホテルに乗り込んできて、彼を縛り上げ、車に乗せて、走り去っていったそうだ。
確かあのひと、人体実験をしているって噂もあったな。デマって思ってたけど、本当だったら……。って、なんで私、あいつの心配しないといけないの。別にどうなろうが知ったことじゃない。でも、あぁ、くそっ。私は彼の浮気を一瞬疑った時、スマホに付けたGPSを使って、彼の居場所を探る。おそらく彼らに奪われてるとは思うけど、居場所は分かる。結構、山のほうだな。彼らのアジトは。私はバイクで彼のいる場所へ向かう。途中でバイクを止め、そこからは歩く。遠くから、彼らがいなくなるのを待つ。様子をうかがうと、見張りはひとりだけっぽい。
窓ガラスを叩き割り、見張りは突然のことに怯んでいるので、思いっきり大きめの石を頭に投げ付ける。ヒット。死んだかも。まぁいいや、人体実験するような奴らだ。ベッドに彼が縛り付けられている。切る。そして彼の手を取って、バイクに二人で乗る。
「しっかり捕まって!」
「あ、ありがとう」
ある程度走って、道の駅で小休止。
「もう私から離れたら、絶対に許さねぇから。私はあんたがそんな面してようと抱けるからな。お前も勃たせろ。私で」
「はっ、えっ」
「死に物狂いで、勃たせろよ」
私は彼の症候によってブラックベリー状に膨らんだ顔の一部を噛む。噛んだ時、飛び出た液体が私の口の中に入る。私もブラックベリーになるかもしれない。
知ったことか。
愛は理屈じゃないんだよ、アホ。
理屈じゃない愛 サトウ・レン @ryose
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