第20話 理解者

「売りません!」


 私は声を荒げ、反射的に隣に居たランスの頭を抱きしめる。


「この子は私の大切な仲間で恩人です! お金で買ってなんかいません! 他人に売る気もありません! この子の尊厳を踏みにじるような真似は、絶対にさせません‼」

「……あ、主?」


 私は戸惑うランスを抱きしめながら、三人の女性を睨みつける。女性達は私の反応が意外だったのか、一斉に口を閉じてしまった。荷台の中の空気が、微妙に張り詰めて行く……。


「あ~あw」


 そんな空気を打ち消したのは、半笑いで気の抜けた男の声だった。


「その姉さんを怒らせない方が良い、ぶん投げられちまうぜ」

「あ、アナタ⁉」


 いつの間にか荷台の端に、あの影が座っていた。


「な、何でアナタがココに⁉」

「えっ? 何でって、飛び乗っただけだけど?」


 飛び乗ったって……走ってる馬車の荷台に、音もたてずに?


「いや~銀貨一枚なら、三人くらい乗っても良いかなって」

「ちょ⁉ 勝手に私のお金で相乗りしないでよ!」


 気が立っていたからだろう。私は危険人物であるはずの影を、怒鳴りつけてしまった。それでも気が納まらず、私は影と「あーだこーだ」と舌戦ぜっせんを繰り広げる。そんな中……。


「あ、あの……」


 消え入りそうな女性の声。振り返ると、三人の女性が神妙しんみょうな顔で正座していた。そして、私とランスに向かい深々と頭を下げる。


「失礼なことを言って、ごめんなさい」


 先程までのおちゃらけた様子はなく、その言葉には真摯しんしな謝罪の意思が感じ取れた。


「私達、話を盛り上げようとしただけなの」

「奴隷持ちはお金持ちで自尊心の高い人が多いから、こう言えば機嫌が良くなるかなって……」

「本当にごめんなさい」


 三人は頭を下げたまま謝罪を繰り返す。


「わ、わかりました! 謝罪は受け入れますので、頭を上げてください!」


 三人の姿に偽りはない。そう感じた私は、彼女達の謝罪を受け入れる。三人は顔を上げ、安堵したように微笑んだ。


「私もカッとなって言い過ぎました、ごめんなさい」


 私が頭を下げると、今度は三人が頭を上げて欲しいと慌てだす。


「私達って職業上、相手を持ち上げる会話がクセになっちゃってて……」

「職業上……ですか?」

「そう、お酒を飲みに来た客の気分を良くして、お金を使わせる仕事」


 なるほど。私の世界でいう、キャバクラやホスト的なお仕事か。


「私達、ジュアの町に出稼ぎに行く途中なの」

「新しいお店がオープンするらしくて、大規模なスタッフ募集があってね」

「お給料も良いし、とりあえず履歴書を送ったら採用だって返事が来たの」


 三人は新しい職場に関して、楽し気にお喋りを始めた。どんな世界でも、新しい生活と言うものは希望に満ちているんだろうな。私の異世界生活は、絶望から始まったけど……。


「それで馬車に乗ってたんだけど、その子がアナタのことをあるじって呼んでたから気になっちゃって」

「はぁ、そうなんですか。この世界……いえ、この辺りでは獣人の奴隷って珍しいんですか?」

「ううん、そうじゃなくて……」


 最初に声を掛けてきたウェーブヘアの女性が、両手で髪の毛をとかす。すると……。


「あっ」


 女性の髪の中から、犬っぽい獣耳が現れた。続いて他の二人も髪をとく。現れたのは白銀のウサギ耳と、丸いタヌキっぽい獣耳だった。


「私は犬の獣人、ルゥ。ウサギ耳がリグリ、タヌキ耳がコルポ。改めて宜しくね」

「よ、宜しくお願いします……」


 彼女らに続いて、私も自分とランスのことを紹介する。とうぜん影の存在はスルーした。


「皆さん、獣人であることを隠しているんですか?」

「……隠してるってほどじゃないけどね」


 何気ない質問のつもりだったが、ルゥさんは言葉を濁す。聞いたらまずかっただろうか?


「余計なトラブルを避けてるってだけ」

「ほら、世の中にはいろんな人がいるから」


 リグリさんとコルポさんも、ルゥさん同様に歯切れが悪い。何となく私の脳内に「偏見」や「差別」と言う言葉が浮かぶ。


 いや、そう思うこと自体が偏見か……とりあえず、この件は深入りしない方が良さそうかな。


「そんな感じだから、子供の獣人を連れてるアナタが気になっちゃったの」

「そうだったんですか……」


 同じ獣人として、気にしてくれたのかな?


「でも、アナタのような人が主人で良かった」


 ルゥさんの声が、パッと明るくなった。


「獣人は基本戦闘能力が高いから、普通の人間は獣人を奴隷にしにくい。だからこそ、その界隈かいわいでは希少価値があるの」

「世の中の権力者や好事家達は、競うように獣人を奴隷として従えた」

「でも、その扱いは酷い物……」


 三人の声が再び沈む。さっき三人が話していた内容は、実際の獣人奴隷が受けてきた仕打ちなんだろう。


「だからこそ、アナタの言葉が嬉しかった。その子への愛情を感じたから」


 ルゥさんが優し気な眼差しを向ける。


「アナタ達は素敵な主従関係を築いているようね」

「そ、そうですかね……」


 まっずぐな目でいわれると、こそばゆいな。でも、何だか嬉しかった。自分が褒められたことじゃない。ランスを心配してくれる人がいる、それが嬉しかった。


「その子の姿を見れば分かるわ、アナタを信頼していることが」

「ランスの姿、ですか?」


 そう言えば、さっきからずいぶんと静かだな。私は何気なく腕の中のランスを見た。


「……あれ?」


 私の両腕に抱かれたランスは、瞼を閉じ全身を脱力させている。


「寝てる?」


 そうか、ランスは私が洞窟に閉じこもっている間、ずっと影の襲来を警戒してくれていた。きっと夜も満足に寝られなかっただろう。


 そして今、影の殺気が消え、馬車と言うある種の閉鎖空間に落ち着いた。緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。


「警戒心の強い獣人が、これほど無防備な姿をさらすなんてね……」


 ルゥさん達は、揃ってランスの寝顔を覗き込む。


「よっぽどアヤさんの胸の中が心地良いのね」

「本当に気持ち良さそうに眠ってる」


 う~ん……あまりマジマジと見られるのも恥ずかしい。勢いで抱きしめたけど、まさか寝てしまうとは思わなかった。これだけ気持ち良さげに寝ていると、起こすのも可哀そうだし……。


「ひょっとして、アヤさんをお母さんだと思っているのかしら?」


 ルゥさんがとんでもないことを言い出した。私、こんなに大きな子供がいる歳に見えますか? まぁ、年齢的にはギリギリありえなくは無いんだけど……。


「姉さん、せっかくだからオッパイでもあげたr」

「ちょっと黙っててくれる?」


 私は瞬時に振り返り、下品な冗談を飛ばす影を睨みつけた。


「おぉ~怖い怖い」


 影は思ってもいない軽口を叩き、肩をすくめて見せる。本当にデリカシーがない。スケベジジイか。


「でも、アヤさんを信頼してるのは間違いない……」


 ルゥさんが、再び慈愛に満ちた眼差しを向ける。


「私が言うことじゃないけど……アヤさん、この子のこと大切にしてあげてね」

「……はい」


 私は改めて、ランスを故郷へ連れ帰ることを決意した。故郷へ帰れば、きっとルゥさん達のような人がいる。ランスを理解し、想いやってくれる人達が……。

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Hybrid Beast ~ハズレ聖女と獣人奴隷~ ガス @seiichi1123

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