第19話 同行者

 久しぶりに浴びる日光は、お腹の痛みすらも緩和してくれそうなほど心地良かった。


「主? おんぶしなくて、大丈夫?」


 隣りを歩くランスが心配そうな顔で私を見上げる。洞窟を出てから、何度同じ言葉を聞いただろう。


「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」


 私が頭を撫でると、ランスは気持ち良さそうに目を細める。正直、ランスに運んでもらった方が楽だし早いと思う。でも街道には私達以外の人間もいるし、子供におんぶされている姿をさらすのには抵抗があった。


 元々歩くだけなら問題無いし、何より これ以上ランスに心配を掛けたくなかった。


「何だったら俺がおんぶしてやろうかぁ?」


 背後から聞こえた無遠慮な声。ランスの顔が一瞬で怒りに満ちる。


「お前! いつまで付いてくる!」


 ランスが怒鳴りつけた先。私達が歩く十数メートル後方には、旅人姿の影が居た。


「俺がどこをどう歩こうが勝手だろ? ニャンコに怒鳴られる筋合いはないね」

「なにぃ!」


 私は、今にも飛び掛からんとするランスを止める。


「確かにどこを歩くのもアナタの勝手だけど、私達がどう思うかくらいは分かるでしょ?」

「だから姉さんの言いつけを守って、これ以上は近付かないようにしてるじゃねぇか」

「もう私達を追わないって言ってなかった?」

「だから偶々だって、た・ま・た・まw」


 ああ言えばこう言う。洞窟を出てから、ずっとこの調子だ。


 私は影の話を聞き、洞窟を出る決意をした。まずは人里に降りる。そうしなければ何も始まらないと思ったから。


 影の話を鵜呑みにしたわけじゃない。けれど、私達を殺す気がないという点だけ。それだけは信じることにした。ランスも、この点に関しては「殺気を感じない」と同意してくれたから。


「次の町まで結構あるぜ? 姉さん、本当に歩いて行けるのか?」


 影が呆れたように溜息をつく。確かに影の言うことはもっともだ。今、私達は野営の道具すらない。ハベスの村で揃えた装備一式を、宿から持ち出せなかったためだ。それもこれも、影が宿屋を燃やしてしまったからなんだけど……。


「だからって、アナタに背負われるのはお断り」

「だろうなぁ」


 影は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。私はランスが飛び掛からないよう、先んじて彼の肩を掴んだ。影の言うことはもっともだけど、正直イラっとする。どうしろって言うわけ?


「悪いけど、アナタに構ってる暇は無いの。時間が掛かるならなおさら……」

「今度馬車が通りかかったら、声を掛けてみろよ」


 影はニヤニヤしながら後方を親指で指す。遠くにコチラへ向かってくる馬車が見えた。


「この辺の相場なら、銀貨一枚出しゃあ喜んで相乗りさせてくれるだろうぜ」

「……ヒッチハイクってこと?」


 今まで他人を警戒し過ぎていたため思いつかなかった。それもこれも、影達の存在が影響していたんだけど。


「姉さんはこの世界に慣れてないからしゃあない。だけどニャンコはもう少し考えろよな。姉さんは、ご主人様なんだろ? 怪我のご主人様に無理させてどうする」

「……んにぎぃ~……」


 ランスが聞いたことのない鳴き声を上げる。言い返したいのに言い返せない……そんな悔しさがにじみ出ていた。


「ランスは私のお願いを聞いてくれただけ、ランスを悪く言わないで」

「……主」

「おぉおぉ、お優しいご主人様だねぇ」


 私は頬を舐めようとするランスを押さえながら、影を睨みつける。影は何かとランスに突っかかってくる。傷を負わされたことを根に持っているんだろうか? とはいえ……。


「教えてくれたことには感謝する、ありがとう」


 私が軽く会釈すると、影は目をしばたかせた。


「姉さん、やっぱ変わってるわ……」


 私だって、こんなヤツに頭を下げたくない。でも情報をくれたのは確かだし、何よりランスの前では「ちゃんとした大人」で居たかった。


「ランス、アノ馬車に相乗りをお願いしてみよう」

「……うん、分かった」


 影の言う通りにするのがしゃくなのか、ランスは少しだけ迷った後に頷いた。私怨よりも私の体を案じてくれたんだな。


 私達は立ち止まって馬車を待った。そして残り十数メートルまで近づいて来たところで、ランスが駆け寄り御者席の男性に話しかける。最初の街で見た馬車と違い、荷台を引いているのは普通の馬だ。


 御者席に座っていたのは初老の男性。男性は、チラリとコチラを見てからランスに向かい頷いて見せた。やがて御者さんが手綱を引くと、馬車はユックリと減速して私の前で停まる。馬車の荷台にはホロが取り付けられ、雨汁を凌げるようになっていた。


「次のジュアまでだけど良いかい」


 ジュアとは私達が目指す都市の名前だ。私はお爺さんの問いに「はい」と頷き、銀貨を一枚差し出した。一人頭5000ギルか……まだ馬車でも丸二日は掛かると言うし、運賃としては安いくらいだろう。


 私は御者さんに頭を下げ、ランスの手を借りながら馬車の荷台に乗り込んだ。


「おじゃましま~す……」


 カーテンをめくった瞬間、むわッとした花のような香りが漂ってくる。


 荷台の中は、絨毯が敷き詰められただけの簡素な物だった。やはり元は荷物を運ぶための物なんだろう。しかし荷台の中には、そんな質素な空間に似つかわしくない先客が居た。


「あら~可愛らしい」


 艶っぽい声と共に、再び漂ってくる花の香り。荷台には三人の女性が居た。皆が皆、タイプの違う美人さん。それもフェロモンムンムンの大人の美女だ。


 露出が多く、派手な色合いの衣服。スタイルもかなり良さそう。お化粧は少し派手めで、元の世界でいう夜職の人って感じ。


 三人の女性は、相乗りしてきた私達を物珍しそうに眺めていた。


「よ、宜しくお願いします」


 私がペコリと頭を下げると、三人が揃って「よろしく~」と笑顔で返してくれる。気難しい人達じゃなくて良かった。


 私達が絨毯の上に座り込むと同時に、再び馬車が走り出す。少しだけ気の抜けた私は、無意識にお腹を擦った。


「主、痛む?」


 私の行動に気が付き、ランスが寄り添ってくれる。


「大丈夫。ランスの薬草のおかげで、だいぶ楽だよ」


 正直に言えば、まだ痛い。でも泣き言を言っても始まらないし、ランスに心配を掛けたくない。私はランスの心遣いに感謝しながら、彼の頭を撫でた。


「ねぇねぇ!」


 とつぜん声を掛けられ、思わずビクリと体を震わせる。慌てて振り向くと、同乗者の女性が私に顔を近づけていた。


 目鼻立ちのハッキリした顔。ウエーブのかかったブラウンの髪。青みがかった瞳。薄っすらとピンクに染まった肌は、高級な陶器を思わせるほど艶々つやつやきらめいていた。う~ん、やっぱり美人さんだ。


「ひょっとしてさ、その子ってアナタの奴隷?」


 女性は私を見つめながらランスを指さした。


「え、えぇ……そうですけど」


 不躾ぶしつけだな……。少しイラっとしたけど、わざわざ騒ぎを起こすこともない。私は素直に頷いた。


「子供の獣人って、すっごく高いんでしょ? アナタって見た目に寄らずお金持ちなのね」


 女性は大きな目を爛々らんらんと輝かせ、私に羨望の眼差しを向ける。


「羨ましいわ~、普通の奴隷でさえ私達には高くて手が出ないのに」

「獣人って強くて頑丈だから、維持費が掛からないんでしょ?」


 奥に居た白髪の女性も、興味深そうに話に加わってくる。しかし私は、彼女の発した一つのワードに引っ掛かった。


「維持費?」


 それは、人に向けて使われる言葉では無い。


「そうそう。多少の怪我はほっといても治るし、子供ならエサも少なくて良いし」

「……エサ?」


 また一つ、不穏なワードが追加される。この人達は、ランスが何に見えているの?


「そんなに可愛い子なんだし、さぞや夜もお楽しみなんでしょうねぇ」


 いつの間にかもう一人の女性も加わり、勝手なことを言い始める。胸の中が小さくざわめいた。ハベス村の人達は、ランスが奴隷と知っても優しかった。だから私は、勘違いをしていたのかも知れない。奴隷という存在が、世間からどう見られているのか。


「私も子供の獣人奴隷が欲しいわぁ」

「ねぇねぇ、夜はどんなことして貰ってるの?」


 三人の女性は、相変わらず勝手なことを言ってくる。私の中のざわめきが、急速に膨らんで行った。


 わざわざ騒ぎを起こすことは無い……ただ、私もそうそう気が長いわけじゃないんだ……。


「良かったら、その子を私達に売ってくれない?」


 ブチっと、何かが切れる音がした。

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