第18話 朗報?
「……っ」
私は緊張で喉をゴクリと鳴らした。
「そんなに警戒すんなよ、聖女候補のお姉さん」
「主に近付くな!」
影が片足を浮かせた瞬間、ランスが戦闘態勢を取る。
「こえぇ飼い猫だなぁ…。心配すんな、今日は何もしねぇよ」
影は口角を上げながら、肩をすくめて見せる。
「今日は、そこのお姉さんに話があってきただけさ」
「……私と……話?」
「主! 騙されちゃダメ!」
ランスは今にも影に飛び掛からんばかりに、上体を深く沈み込ませる。私は いきり立つランスの肩に、震える手を置いた。
「ランス、少し待って」
「……主」
影の思惑は分からない。ただ影が未だに私の命を狙っているのなら、このタイミングで姿を見せるのはおかしい。もっと隙をつけるチャンスはあるはずだ。
「それ以上、洞窟の中に入ってこないで。それなら話を聞く……良い?」
「勿論。バカな飼い猫と違って、お姉さんは物分かりが良くて助かるぜ」
「なにぃ‼」
影の
「ランスを怒らせるようなことは言わないで。理性的なやり取りができないなら、これ以上話をする気はないから」
「……へいへい、分かりましたよ」
僅かな沈黙をはさみ、影が再び肩をすくめる。その僅かな間が、とてつもなく怖い。それはそうだ。つい二週間ほど前、私は彼にトラウマになるほどの恐怖を与えられたんだから。ランスが居てくれなかったら、とても会話なんてできなかっただろう。
私は恐怖を悟られないように、あえて強気な態度を見せることにした。
「それで、話って?」
「あぁ、ウチの隊長からの伝言を持って来た」
「隊長?」
隊長って、もう一人の影か。目の前の男と一緒に、私を殺しに来た暗殺者。
「その……伝言っていうのは?」
「俺達はもうアンタを狙わない……それを伝えて来いってさ」
私は思わずランスと目を合わせる。
「それって、どういう意味?」
私が率直な疑問を口にすると、影は
「どうももなにも、そのまんまの意味さ。俺達は今後、アンタを追わないし命も狙わない。どこかで偶然会っても襲ったりしない」
影は、さも面倒くさそうに伝言の意味を解説してくれた。しかし、私達はそれを鵜呑みにできる状態じゃない。
「それを信じろって言うの? あんなことまでしておいて」
「信じる信じないはソッチの自由さ、俺は伝えて来いとしか言われてねぇからな」
「理由は? どうして急に……」
「それも言えねぇ、つーか俺も理由は聞いてねぇ」
影は少々不満そうに眉間にシワを寄せた。
「クライアントと接触できるのは隊長だけだからな。隊長が話さない限り、俺には知りようがないのさ」
「クライアント?」
私がポツリと呟くと、影は慌てて口元を押さえた。
「アナタ達は誰かに頼まれたの? アナタ達自身が、神殿の関係者じゃないの?」
「……まいったね、また隊長にどやされちまう」
影はバツが悪そうに頭を掻いた。
「まぁ良いか、伝言も隊長の独断だし。そもそも俺に伝言を頼む隊長が悪い、だろ?」
「いや、私に聞かれても困るけど……」
不思議と影に抱いていたイメージが変わっていく。
「そういうわけで、こんなところに
私の怪我のことを言っているんだろう。怪我をさせた張本人に言われても、釈然としないけど……。
「……今の話、本当なの?」
「本当だ、もう俺達は姉さん達を狙わない……つっても信じさせる証拠なんざ無いがね」
いや、問題はそっちじゃない。影達が誰かに頼まれたのなら、別の人間が私達を追ってくる可能性がある。そのクライアントが誰か知らないけど、影達だけに依頼したとは限らないからだ。
もし、クライアントが他の人間にも依頼していたら。そして、その人物が彼らと同じように手段を選ばないなら。
「……何も、変わらない」
「……主」
私を狙わなくなった理由。それが分からない限り、また同じような惨劇が起こるかも知れない。そう考えると、やはり洞窟を出る決断には至らない。
「やれやれ……」
私のリアクションが想像と違っていた為か、影が溜息交じりに肩をすくめる。どうも肩をすくめるのは、影のクセらしい。
「せっかくだ、もう一つ教えてやるよ」
影はそれまでとは一変し、表情を引き締めて見せる。
「あの村はな、姉さんが立ち寄らなくても、いずれ同じ道をたどっていた」
「……え?」
影の言葉が、理解できなかった。
「ど、どういうこと?」
「どうもこうもない、そのままさ」
私が立ち寄らなくても? それじゃあ村人は、私が居たから殺されたわけじゃないの?
「姉さん達がこの世界に来る少し前、世界は大きく動き出した。あの村の件も、その一つ……」
影の表情が曇る。まさか悲しんでいるの? 自分達が生み出した、あの惨劇を……。
「そんなわけで、他の町に足を踏み入れたからって、姉さんのせいで人が殺されることはねぇ……たぶんな」
「たぶんって、そんな中途半端な……」
「言っただろ? 俺は雇われだ、ヤツの考えまでは分からねぇよ」
ヤツ……影を雇ったクライアント、か。
「俺に言えることは一つ。アレだけのことは、国王にだってホイホイできることじゃないって話さ」
国王にも無理……つまり神殿関係者なら、それ以上に難しいって話か。確かに村人が全員殺されるなんて、いくらファンタジー世界でも大事件だ。そうそう繰り返されても困る。でも、実際に目の前で起こったことだし……。
「もう一つだけ聞かせて」
「……質問による」
「私は転移者だから、命を狙われているの?」
これはあくまでも私の推測だ。転移は禁忌。それを隠すために私を消そうとした……ずっと、そう考えていた。
「どうなの?」
「そうだな……」
影が腕組みをして沈黙する。言葉を選んでいるようだ。
私の想像は、大筋では間違えていないと思う。でも、できればもっと詳しく知りたい。それこそ、私自身が生き残るカギになる……と思う。
「俺が知っている限りは正解だ。だが……」
「……だが?」
「姉さんが……いや、これ以上は妄想が過ぎるな」
影は思い直したかのように首を横に振る。
「わりぃが何度も言うように、俺はクライアントの依頼内容も隊長の真意も直接聞いたわけじゃない。不確かな情報は、姉さん達にとっても迷惑だろ?」
それはごもっとも。しかし中途半端な情報と言うのも、正直モヤモヤする。それなら最初から、何も言わないで欲しかった……。
「そう……分かった。教えてくれて、ありがとう」
私は影から聞いた話を脳内で反芻した。
踏み出すべき一歩を決めるために……。
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