第17話 起ち上がれない理由
燃えている。
全てが燃えている……。
私は暗闇の中で、天にも昇るほど燃え盛った炎に囲まれていた。炎は私を
「いやぁあああ!」
私は耳を塞いで叫んだ。その瞬間、腹部に激し痛みが走る。
「痛っ!」
その痛みが闇を振り払い、炎が夢であることを気付かせた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸をする度に、鋭い痛みが繰り返し襲い掛かる。そして思い出す。痛みの原因となった者と、彼らが
そう、アノ炎は夢なんかじゃない。私のせいで……。
「主っ!」
薄暗い洞窟の奥から、人型のランスが駆け寄ってくる。
「痛い? 大丈夫?」
ランスは心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫。お腹の痛みも、ずいぶんマシになったよ」
私は無理に笑顔を作り、ランスの頭を撫でる。
ハベス村で二人の影に襲われたのは、すでに一週間も前。隊長の言葉に従うように、私達は村を離れた。と言っても、私はずっとランスにおんぶして貰ってたんだけど……。
今は人里離れた山の中。移動中に発見した、薄暗い洞窟の中に身を隠している。そしてこの一週間、私は一度たりとも外に出ていない。理由の一つは、傷を癒していたから。
影に受けた傷は思ったより深く、まともに動ける状態ではなかった。特に腹部は内臓が傷付き、肋骨も折れている可能性がある(ランス談)。今はマシだけど、当初は呼吸すら辛かった。そしてもう一つの理由は……。
「……っ⁉」
夢で見た景色を思い出し、全身に悪寒が走る。
「主……」
ランスが私の背中を優しく擦ってくれた。それでも体の震えが止まることは無い。そう、私は恐れているんだ。私のせいで、多くの人が死んでしまったという事実に。私が村に立ち寄ったから、村人は殺された。もしかしたら、最初の街で出会った人達も、すでに……。
「うっ……うぅ……」
また涙が
「主は悪く無い。悪いの、アイツら」
今度は私の頭を撫でてくれるランス。分かってる、アイツらが異常だってことは。でも考えてしまう。アノ惨劇を回避する方法があったんじゃないか。私の行動一つで、みんなが助かったんじゃないか。そして思い出してしまう。おかみさんの笑顔と、絶望に染まった死に顔を……。
「主、ヒトの居るトコに、行こう。医者に診せないと、怪我、治らない」
私は俯いたまま首を横に振った。確かに、自然治癒に任せていては治るものも治らない。でも、あんな目にあって人の居る所になんて行けない。周りの人達が、どんな目に合うかも分からないのに……。
因みに、私以上に深い傷を負っていたランスの方は、すでに全快している。戦いが終わった時には、全ての傷が塞がっていたらしい。獣人ゆえの回復力かと思ったけれど、ランス
そもそも戦闘中、すでに出血は止まっていたように見えた。つまり回復した原因は、ランス自身の変化。瞳が赤くなり、急激にパワーアップした姿。あの変化が、ランスの傷を治癒したと考えられる。しかし翌朝には、瞳の色や筋力なども元に戻っていたようだ。ランス自身も、初めてのことらしい。
ランスの変化も含め、色々と確認しなきゃいけないことがあるんだけど……。
「ごめんね、ランス。もうちょっとだけ待って……」
「……分かった」
このままじゃいけない。せっかくランスに助けてもらったのに。こんなことじゃダメだ。
私は両ひざを抱えたまま、自分が現状から起ち上がるための理由……いや、言い訳を探していた。
それから数日が経過した。ランスが山で取って来てくれた薬草のおかげか、私は普通に歩くことができるようになっていた。まだ お腹や肋骨は痛むけれど、怪我をした直後に比べれば全然マシだ。
「主、どうする? 洞窟、出る?」
動けるようになった私にランスが問い掛ける。しかし、私は答えられなかった。追われる身として、いつまでも同じ場所に留まるのは得策じゃない。かといって、まだ人里へ向かう覚悟も決まっていない。
何が正解なのか、私には分からなかった。そんな私を見かねたのか、ランスが一つの提案をしてくれた。
「主……俺の村、行く?」
「えっ? ランスの村?」
とつぜんのことで、私は彼の言葉をすぐに理解できなかった。
「それって、ランスの故郷ってこと?」
「うん」
ランスが頷いた瞬間、私は慌てて首を横に振る。
「だ、ダメだよ! そんなことしたら、ランスの故郷が狙われちゃう!」
「大丈夫、獣人、みんな強い。簡単に、やられない」
「それは、そうかもしれないけど……」
「それに、アレも知りたい」
アレとは、影との戦闘中のことだろう。ランスの瞳が突然赤くなり、凄まじい強さを発揮したあの時のこと。
「故郷に帰れば、分かるかも」
ランス自身も知らない、不思議な現象。確かにアレの正体を知ることができれば、これからの旅にも希望が持てる。
本当はランスだけ故郷に帰ってもらいたい。もう私に関わるべきじゃない、そう思っていた。しかし影の行動を考えると、私と離れたからと言ってランスの安全が保障されるわけじゃない。結局ランス自身の希望もあり、現状では二人で居ることがベターだと結論付けた。
なにより私自身、今はランスと離れて生きていられる気がしなかったから。本当は私自身の力で起ち上り、一人で生きられる道を模索するべきなんだろうけれど……。
「やっぱりランスは……」
「主っ!」
私が口を開いた瞬間、ランスが反射的に振り返る。そして洞窟の外に向かって、戦闘態勢を取った。
「な、なに?」
「誰だ!」
ランスが外に向かって吠えると、洞窟内の空気が一気に張り詰める。私は意味が分からず、低く唸り続けるランスを眺めていた。
「いやいや、驚かしてしまいましたか」
数秒後、のんきな声と共に一人の男性が現れた。黄土色の衣服に深緑のマント。リュックを背負い、杖をついている。旅人か登山者と言ったところだろうか。
歳は30前後。中肉中背で若干猫背。やや面長の顔に、朗らかな笑顔を浮かべていた。男性は警戒する私とランスを交互に眺め、苦笑いを浮かべる。
「申し訳ない、人がいるとは思わなかったもので……」
「止まれ!」
洞窟内に足を踏み入れようとした男性を、ランスが一喝した。
「ランス、どうしたの?」
私の身を案じているとしても、見ず知らずの人間に吠えるなんてランスらしくない。ランスは男性を睨みながら、ゆっくりと私の前に移動する。
「主、アイツだ」
「……アイツ?」
瞬間的に思い当たった。ランスが私に対して『アイツ』と形容する人物……。
「……影」
私がその場から
「くっくっく……さすがに獣人の鼻はごまかせねぇか」
男の声色がハッキリと変わった。それは間違いなく、私達を殺そうとした……そして村人を虐殺した人物。影の声だった。
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