暑くなると


「あ、あれ? ひょっとしてお口に合いませんでしたか!?」


「口に合うも何もジャンルの問題だよ!! なんだってあたしに飲酒かまさせようとしてんだコラ!!」


「えぇ!? 絶対に好きだと思ったんですけど!?」


「あたしのことを何だと思ってやがんだ!!」


 と、あたしはなみなみのグラスを、呼び止めた店員に突き返す。

 メニューに載っていた値段のことも考えると、頭が痛くなってきそうだ。

 

「おい芽衣、どういうつもりだ?」


「ど、どういうつもりって、彩奈さんならお好きかと」


「いや未成年。煙草も酒もやったことねえんだが? そもそもこの店だって――」


 そこで店内のきゃあきゃあとした喧騒を一瞥しながら、


「あたしみてえなガキが来る店かよ。んだよここ? 海外ドラマに出て来るクラブかっての」


 と、あたしは続ける。


「あ、彩奈さんはガキなんかじゃありません」


 するとすぐに芽衣が食い下がる。


「彩奈さんはかっこいいんですから!! 同年代の子と違って落ち着いてるし、ここにいる他の連中とか、なんならおに――家族と比べたってずっと」


「ガキだよ。んでもって、そんなあたしを大人だって言ってるお前はもっとガキだ」


「っ!?」


「……なぁ芽衣?」


 あたしは少し間を置いてから切り出す。

 最初に見た時はギャルっぽいのかなって思いきや、あたしの前では礼儀正しくなって、おまけに学校は良いとこに通ってるって聞く。

 なのに今はやっぱり遊んでるって感じの態度を見せて、あたしを巻き込もうとしている。


 はっきり言って意味が分からん。

 ましてやあたしに向かって大人だの何だのって、マジで何がしたいんだか?


「お前ってさ――」


「え? おいおいおい! そこにいんのって、ひょっとして?」


 と、あたしが切り出そうとした寸前だった。

 別の席にいた男が割り込んで来る。酷く酒臭くて、それに見るからに目が据わっていた。


「あ、あんた……!?」


「この前さ、てめえシンドーさんの誘いを断ったんだってな? 折角目をかけてやってたのによぉ?」


 すかさず顔を強張らせる芽衣に対し、男は下卑た笑みを浮かべる。


「だ、誰があんな奴!! 向こうから勝手に言い寄ってきただけでしょ!?」


「おーおー、つれないねぇ? 仕事を紹介してやった恩を忘れちまったのかぁ?」


「あんたまさか、最初からそのつもりで――」


「遊ぶ金、十分に手に出来たんだろお? だったらお前も同じ穴のムジナってやつだし、これ以上ツンケンするのはやめてさぁ、もっと仲良くしようじゃねーか? お互い平和な日常ってのを過ごす為にも」


「っ!?」


 と、男が芽衣の肩に手を伸ばす。

 芽衣は気丈に振舞いつつも、ぶるぶると小刻みに震えていた。


「おい」


 なんだか事情は良く分からねーけど……馬鹿がいるってことは分かった。

 暑くなってくるとそういうのが増えるって聞くしな。


「その辺でやめとけ。中坊相手にイキがって楽しいか?」


「あ? んだよ?」


 あたしが腕を掴むと、男はあからまさに不機嫌になった。


「こいつさ、あたしのツレなんだわ。話し相手が欲しいなら、あたしが代わりになってやるよ」


「不細工は喋んな。そのうざったい目は生まれつきか? ママに泣きついて整形でもしてもらっとけ」


 はいはい。そーですねそーですね。

 あたしの目は生まれつきにこんな具合で、治せるもんなら治したいっての。くそったれが。


「ちょっと表に出ようや――ここじゃあ迷惑だろうし」


 だから出来る限り抑えて言ったつもりだった。

 相手も酷く酔っているのか、「おうこら! 上等だ!!」って乗ってくれたのが幸いだ。

 ぶちのめすことは確定にせよ、器物破損で訴えられんのは、もう勘弁してほしいし。



「おらあ!!」


「ひやあああああああああ!?」


 威勢よく啖呵を切っていた男が、女子供みたいな悲鳴を上げながらぶっ飛ぶ。

 分かってはいたけど、やっぱり態度だけだった。頬に一発キツイのを入れてやるだけで、小鹿みてえに足腰が笑っていやがる。


「こ、このやりょ……ひ、ひきなりなぶってぐるだなんで」


 いきなりじゃねーだろ。

 最初に喧嘩売って来たのはテメーだし、外に出るなり胸倉掴んできやがったのもそっちからだ。


「お、おれのバックにはな、レッドレイブスのアラタさんがついてんだぞ!! アラタさんはな、すごいんだぞ!?」


 と、漫画に出て来る三下の負け惜しみっぽい台詞を吐かれる。

 っつーか誰だよアラタさんて。レッドレイブスはともかくとして、脅し文句っぽく言われても知らねーよそんな奴。


「で、まだやんの? やるつもりなら相手になってやっけど?」


「ひぃぃぃぃ! お、おぼえてろよおおおおおお!!」


 なんて、これ以上聞くのも億劫になったから拳を鳴らしてやると、これまた手垢の付いた捨て台詞を吐きながら逃げ出して行った。


「芽衣、もう大丈夫だぞ」


「は、はい!」


 と、そこで後ろに隠れていた芽衣がひょっこりと顔を出し、


「あぁっ……! やっぱり彩奈さんってかっこいい……!!」


 さっき怯えていたのが嘘のように、キラキラと目を輝かせながら言った。


「肝が据わってて、凛々しくて、すっごく強くって、本当に惚れちゃいそうです! っていうか惚れました!!」


「あのなぁ」


「彩奈さんに一生ついていきます!! お姉さまって呼んでもいいですか!?」


 いいわけあるか馬鹿。

 なにが悲しくてクラスメイトの妹にそんな風に呼ばれなきゃならん。

 万が一藤木の野郎に「お兄ちゃんが取られた!」なんて言われたらどうすんだ? いや藤木はそんな美鈴みたいなことは言わねぇだろうけど。


「あ、あの」


 と、そこでおそるおそる背後から声を掛けられる。

 振り返るとそこにいたのは、居たたまれなさそうな店員だった。


「お、お会計の方を」


 そういえば飲食代を払ってなかったことを思い出す。

 あたしはポケットから財布を取りだそうとして、


「あ、私が払いますので!」


 と、芽衣があたしを押し退ける。


「おい芽衣。奢られるつもりは――」


「助けていただいた恩返しです!! どうかこれくらいはさせてください、お姉さま!!」


 だからお姉さまじゃないんだが?

 そう突っ込む間もなく、芽衣はハンドバックから長財布を手に取って、


「これ、迷惑かけちゃった分も含めて、お釣りはいらないから」


「――――」


 万札が見えた。

 ほんの一瞬、ちょっとだけど、札の収納部分が一杯になっているのが見えた。

 訂正させようとした発言が、そんな光景を前に引っ込んでしまう。


「なぁ芽衣、お前……」


「ほんとはもっと接待したかったんですけど、もう遅くなっちゃいましたね。明日も学校でしょうし、また後日お礼をさせてもらえますか?」


 それでもと動かそうとした口を、芽衣が早口気味に遮る。

 なにがなんなんだかって、あたしはすっかり混乱してしまった。


 

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お嬢様は恋愛が下手 0 弱男三世 @asasasa2462

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