第4話

 午後は、それぞれが専門科目を学ぶ時間。私は魔法学の教室へと向かう。

「じゃあ、放課後にね~」

 エミリアは射撃場へ、フレイヤは剣術の訓練場へと向かう二人に手を振る。二人は笑顔で手を振り返してくれた。

 魔法学の教室に入ると、すでに数人の生徒が席についていた。私は一番前の席に座り、教科書を開く。今日の授業は、古代魔法について。

「古代魔法は、現代魔法の基礎となった重要な魔法体系です。しかし、その多くは失われており、現在では解明されていない部分も多い」

 教壇に立った教師が説明を始めた。この授業では、魔法学の担当教諭であるルチル先生が古代魔法の仕組みを教えてくれる。私はいつも最前列に座るため、よく指名されるのだが、今日は大丈夫そうだ。

「古代の法典に、他者に呪いをかけた者に対する罰則規定があります。このように、古代から魔法は生活に密接に関わっていたことがわかります。しかし、現在では呪いを唱えることは禁じられており、その詳細な知識は一部の魔法使いや、古文書を解読できる者しか知りません」

 ルチル先生がそう言うと、教室の後ろの方からクスクスと笑い声が聞こえた。振り返ると、男子生徒たちがコソコソ話をしている。

「呪いって、本当に効果あるのかな?」

「さあな。でも、もし本当なら試してみたいよな」

 私は眉をひそめた。呪いなんて、人を傷つけるだけの邪悪な魔法だ。そんなものを試したいなんてどうかしている。

「静かにしなさい!」

 ルチル先生が注意すると、男子生徒たちは黙り込んだ。

「呪いは、決して使ってはいけない魔法です。もし使えば、あなた自身にも災いが降りかかるでしょう」

 ルチル先生の言葉は、重く生徒たちの心に響いた。

「さて、話を戻しましょう。古代魔法は、現代魔法よりも複雑で強力な力を持っていたと考えられています。しかし、その力を制御するには、高度な知識と技術が必要でした。そのため、古代魔法は次第に使われなくなり、失われていったのです」

 ルチル先生は、古代魔法の例として、悪魔の召喚魔法や転移魔法などを挙げた。それらの魔法は、現代では再現不可能なほど強力なものだったという。

「今日では、よりインスタントな魔法が中心です。しかし、一部魔法使いの間では、古代魔法の研究が今も続けられています。もしかしたら、いつか再びその力を目にする日が来るかもしれません」

 ルチル先生の話が終わると、授業終了の鐘が鳴った。生徒たちはぞろぞろと立ち上がり、教室から出ていく。私も席を立ち、次なる魔法実習室へと向かった。

 魔法実習室は、大きな部屋だ。壁一面に魔法陣が描かれたその部屋には、すでに多くの生徒が集まっていた。教師が入ってくると、生徒たちは整列し、授業が始まった。

 今日の課題は『火球』の魔法だ。私は手を前に出し、精神を集中させた。そして、体内の魔力を練り上げていく。すると、手の先から火の玉が飛び出し、壁にぶつかると弾けて消えた。教師はその様子を注意深く見ながら、「合格」とつぶやく。

 その後も授業は続き、生徒たちが次々と課題をクリアしていった。そして、最後の一人が魔法を発動すると同時にチャイムが鳴った。

「今日の授業はここまでです」

「はい、先生」

 生徒たちは一斉に返事をすると、魔法実習室を後にした。私も荷物をまとめ、エミとフレイヤと合流するために中庭へ向かった。

 中庭には、すでにエミとフレイヤが待っていた。エミは魔法銃を肩にかけ、フレイヤは木製の練習用の剣を手に持っている。二人とも、今日の訓練に満足そうな表情をしていた。

「セレス、魔法実習どうだった?」

 エミが声をかけてきた。

「うん、まあまあかな。火球の魔法はうまくいったよ」

 私は答えると、エミとフレイヤに魔法実習の内容を話した。二人は興味深そうに私の話を聞いてくれた。

「私も早く、新しい魔法を覚えたいなぁ」

 フレイヤがため息をつく。彼女は魔法の才能がありながら、まだ低級の魔法しか使えないでいる。そのため、もっと強力な魔法を使えるようになりたいと常日頃から言っていたのだ。

「なら魔法専科に来ようよ! みんなバラバラなのさびしいし」

「ちょ! そしたら私だけぼっちじゃん!」

 フレイヤを誘うと、エミが慌てた様子で会話に入ってきた。

 私は笑いながら「冗談だよ」と言う。

 その後も私たちは雑談をしながら、一日の授業を終えたのだった。


 待ちに待った放課後。重厚な城門のような校門を抜けると、いつもは静かな街が、今日はいつになく賑わっていた。

「なになに? お祭り?」

 エミが目を輝かせて尋ねる。沿道には花を持った人々が並び、華やかな雰囲気だ。

「兵隊さんたちのパレードだよ」

 前にいたおじさんが教えてくれた。

「へー、なんか最近多いよね」

 私の言葉に、フレイヤが頷きながら答える。

「魔王軍を危険視してる一部の政治家さんとか貴族の人たちが、緊急時に慌てて兵士を集めるんじゃなくて普段から兵を集めときたいってことで、募兵とかの目的でやってるんだって」

「ふーん、魔王軍ねぇ」

 エミは、今朝のソフィアとの一件があったにも関わらず、魔王軍の脅威に懐疑的なようだ。かくいう私も、平和なアストルムで暮らしていると、魔王軍の侵攻なんて遠い国の話のように感じてしまう。

「そういえば、エミとフレイヤは卒業したらどうするの?」

 私は話題を変えて、二人の将来について尋ねてみた。

「私は軍かな~、そして彼と……」

 エミは少し照れくさそうに答える。彼女の彼、婚約者は二個上の先輩で、去年軍に入った。

「あー、はいはい先輩と同じ部隊に入りたいってね。そのために途中で魔導銃科に転科するんだから驚きよ」

 からかうように言うと、エミは頬を赤らめた。

「でも、任官コースって大変なんでしょ? 取らなきゃいけない単位激増だし」

「まあ、その分将来が安泰よ! 軍人年金を舐めちゃいけないわ」

「あんた実家が太いんだから年金なんて当てにしなくてもいいじゃない……」

 私達はいつものように軽口を叩き合う。

「で、フレイヤは?」

 私はフレイヤに視線を向ける。

「うーん、私は実家に戻るかな」

「フレイヤのところは実家が貴族さんだもんね」

「有事には所領の部隊率いて出撃しなきゃだし、実質軍人さんみたいなものかなぁ」

 フレイヤは少し寂しそうに笑った。

「なるほど~、みんな大変だなぁ」

 私は二人の話を聞いて、改めて卒業後の進路について考えさせられた。

「そういうセレスはどうなのよ」

 エミが私に尋ねる。

「私? 私かぁ」

 私は答えに詰まる。軍楽隊のマーチに合わせて、兵士たちの行進が始まった。上空には魔法使い部隊が舞っている。

「私は、うーん。まだ決めてないかぁ」

 私は正直に答えた。

「まあ、まだ時間はあるもんねぇ」

 エミは私の肩をポンと叩いて、励ましてくれた。

「そうだね。焦らずゆっくり考えよう」

 フレイヤも優しく微笑んだ。

 私は二人の笑顔を見て、少しだけ気持ちが楽になった。卒業後のことはまだ分からないけど、今は目の前のことに集中しよう。そう思って、私はパレードに視線を戻した。

 兵士たちは、私たちの前を通って兵営の方へと行進していくのだった。


 *


 平和の都市パクス。その名の通り、古来より争いを禁じられた中立都市。

 今日、その大講堂には、大陸各地から集まった代表団がひしめき合い、熱気を帯びた議論を交わしていた。

「我が国は滅ぼされた! 今こそ、再び連合軍を組み、魔王軍と戦うべきだ!」

 亡命政府の代表が、血走った目で訴える。その声には、故郷を失った悲しみと怒りが滲み出ていた。

「しかし、無謀な戦いはさらなる犠牲を生むだけだ。各都市は防御を固め、魔王軍が疲弊するのを待つべきではないか?」

 残存する都市の代表が、冷静な口調で反論する。現実的な判断だが、どこか諦めが漂っているようにも聞こえる。

「もはや、抵抗は無意味だ。魔王軍に下るべきだ。そうすれば、これ以上の犠牲は避けられる

 前線に近い都市の代表が、弱々しい声で提案する。その言葉に、他の代表たちから非難の声が上がる。

「待て! 向こうの大陸からの支援はどうなっている? 彼らが動けば、形勢は逆転できるはずだ!」

 沿岸都市の代表が、一縷の望みに縋るように訴える。しかし、他の大陸からの反応は芳しくない。

「避難民の受け入れはもう限界だ。これ以上は無理だ」

「新大陸は、この戦争に介入するつもりはない」

 冷淡な返答に、代表たちの顔が曇る。希望の光が、少しずつ消えていく。

(このままでは、アストルムも危うい……)

 アストルムの代表は、深く息を吐いた。彼の心には、故郷の美しい街並みが浮かんでいた。平和な日常、笑顔で過ごす人々。しかし、その光景は、魔王軍の影によって脅かされている。

「何か、打開策はないのか……」

 彼は呟いた。しかし、その答えを見つけるのは容易ではなかった。会議は紛糾し、出口の見えない議論が続く。誰もが、この危機を乗り越えるための答えを求めていた。


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城塞都市の恋歌 アールグレイ @gemini555

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