ミルフィーユは恋の味
平井敦史
第1話
「ミルフィーユ? 何それ?」
私、「
いや、ミルフィーユは知ってるよ。何層にもなったサクサクのケーキだよね? カフェで食べたこともあるし。
でも、今はとんかつの話だ。
大学のゼミで親しくなった「
先月、最近開業した舞浜のテーマパークに二人で遊びに行って、その帰りに告白されて付き合い始めたばかりだ。
今日は、勇気を振り絞って彼を部屋に招き、手料理を振舞った。
私も関西(と言っても、彼とは別の県だ)から大学進学のために上京して来て、一人暮らしをしている。もちろん、家族以外の男の人を部屋に入れたのはこれが初めてだ。
メニューは、うちの母さん直伝のけんちん煮ととんかつ。それとご飯に味噌汁。
彼はけんちん煮は気に入ってくれて美味しいと言ってくれたのだけれど、とんかつにはちょっと首を傾げた。そして口にした一言が、
「へえ、オシャレだね。ミルフィーユとんかつってやつかな?」
ごめん、よくわかんない。とんかつってこういうものなんじゃないの?
豚バラ肉を何枚か重ねて、パン粉の衣をつけて揚げる。うちの実家でいつも食卓に上がっていたものを、そのとおり作ってみたんだけど。
私がそう言うと、
「うーん、あまり一般的とは言えないかな。普通は、厚切りの一枚肉を使っていると思うよ。お店でとんかつとかカツ丼とか、食べたことないの?」
うーん、そう言えば外食では食べたことないや。だってカロリー高そうだし。
でも、彼の話を聞いているうちに、私も段々理解してきた。
うちの実家はお世辞にも裕福とは言えないので、母さんは安いバラ肉を活用してとんかつもどきを作っていたのだろう。彼の話では、「ミルフィーユとんかつ」という名の料理として、存在はしているらしい。うちの母さんが何かでレシピを見たのか、それとも自分で思いついたのかはわからないけど……。
「また今度、一度とんかつ屋さんに食べに行こうか」
彼は優しくそう言ってくれたが、私の心は晴れなかった。
司くんの実家は、さっきも言ったがかなりの名家だという話だ。私みたいなしがない一般家庭の娘では、全然釣り合わないのではないだろうか。
もちろん、彼自身は実家のことを鼻にかけて偉そぶったりするような人ではないのだけれど、きっとご家族や親戚の方たちは、良い顔はしないだろう。
結局、その後会話は弾まず、だらだらとレンタルビデオの映画を観て、そのまま解散となった。
この日のためにちょっといい下着も用意してたんだけどね。
その一週間後、私は司くんの部屋に招かれた。
いいのかな。まだ学生とは言え、将来のことを考えずにお付き合いできるほど、私は器用な性格じゃない。でも、やっぱり彼とは別れたくない。
内心でうじうじと悩んでいる私に、彼はエプロンを着けながら言った。
「あの後、ネットで調べてみたんだ。薄切り肉を重ねたとんかつ。そしたら、肉の間に青じそとかスライスチーズとか挟んだのもあってさ。美味しそうだったから作ってみようと思って」
そうして彼は、バラ肉を重ねた上に青じそとスライスチーズを乗せ、さらにその上にバラ肉を重ねていく。
「えっと、何か手伝おうか?」
「いいよいいよ。今日は僕がご馳走する番だからね。
覗き込んだ私を制し、彼は中々の手際で料理を続けた。
衣をつけたとんかつが天ぷら鍋に投入され、じゅうじゅうという音とともに、良い香りが漂ってくる。
「はい、お待ちどうさま」
司くんが皿に盛りつけた料理を持って来てくれた。
きつね色に揚がったとんかつと、千切りキャベツ。それにご飯と味噌汁。
「この間はごめんね」
「え?」
いきなり謝られて、困惑する私。
「ほら、とんかつは厚切り肉を使うのが普通、だなんて決めつけちゃってさ。気を悪くしたんじゃないかと思って……」
あ、そんなこと気にしてくれてたんだ。優しくて、
不意に、両眼から涙がこぼれ落ちて、自分でもびっくりした。
「え? ど、どうしたの?」
いきなり涙ぐんだ私を、司くんは慌てて慰めようとしてくれる。
私は思わず、正直な気持ちを
「そっか……。たしかに、両親はともかく親戚の中にはとやかく言いそうな人たちもいるんだけどね。でも、根気良く説得していくつもりだよ。それより、未来ちゃんが将来のことを本気で考えてくれてたのがすごく嬉しい」
そう言って微笑んだ司くんの瞳も、かすかに
「あ、ほら。冷めないうちに食べて食べて」
「うん」
彼の手作りのとんかつは、チーズ入りの濃厚な味を青じその風味が中和して、さっぱりと食べやすかった。
うん、すごく美味しい。カロリーはかなり高そうだけど……。
まあいいか。
その後めちゃくちゃ運動した。
――Fin.
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大学卒業後、二人は周囲を粘り強く説得し、無事結婚。翌年には長男
「小説家になろう」掲載の「
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ミルフィーユは恋の味 平井敦史 @Hirai_Atsushi
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