第51話 簡単な状況説明

 来賓室の中は綺麗だ。しかし着替えて水を飲んでいる間に聞いた話では城内はあちこちに血溜まりができているらしい。ネゾネズユターダ君の『光電球こうでんきゅう』や『火球』の黒い焦げもあちこちに残っているとか。

 今は城主であるホセデレズバは拘束され地下に監禁され『静音』の魔法の中にいるということだった。

 聞いてみると割と洒落にならない状況になっていた。私たちをここまで運んできた馬車隊のうち、護衛の戦士は2人とも殺されてしまったそうだ。周辺地域からホセデレズバの反乱を鎮圧するための部隊もこの地に集結しつつあるとか。

「え? 収束してないの?」私は状況を聞いて尋ねた。

 ネゾネズユターダ君は服を着替え終えた。学校の制服ではなかった。見たことのない服だ。城の兵士の平服のようだ。彼は、「うーん」と言い淀んだ。「最初の謁見の間で決着はついたんだよ。あとは降伏するか悪足掻わるあがきをするかの二択で、まだ悪足掻きが続いているんだ。あいつは僕たちの子供を殺しちゃえって考えていたんだけど、助けに来た僕らも、殺してもいいって考えてたんだよ。ついでにね。飛んで火に入る夏の虫で」

 ホセデレズバが自分の養子を殺してしまってもそれほど罪にはならない。本家に対して不名誉だったり気まずくはなっても処罰まではされない。子供を助けに来た、放逐ほうちくされた厄介者の娘とその恋人を殺しても、やっぱり罪にはならない。私は手に負えないと見放されて国外追放された身だ。そのまま殺すのは罪が重いけど適当な作り話をでっちあげられる。子供を死体を見て自殺しましたとでも報告すれば本家も深入りはしない。

 やけくそになったというより、今からでも私たちを殺してしまえばワンチャンあるわけだ。

「で、こちらは残党や反抗的な奴を血祭りにあげてる。そして、君を殺すなんてとんでもないっていう味方もたくさん現れてきて、今は城内が勢力争いになってる。けど、僕らが有利だよ。鎮圧は時間の問題。ただ油断は禁物って感じ。敵対的な役人は皆殺しになったし、その部下も大半が処分された。残るは個人的な恨みがある奴か、馬鹿くらい」彼は最後に話をまとめた。「あのおっさんはまだ城内の人間を煽っているんで牢屋に入れられたんだ」

 私はネゾネズユターダ君が持ってきた服に着替えていた。黒いローブはやめて普通の服を着ていた。長袖の茶色のシャツに白ズボン。ズボンの上に刺繍が入った紺色のロングスカート。町娘みたいな格好だ。城の中の私側の人間は立派なドレスを着せようとしたけどそれは断った。髪はとかしてから簡単に後ろでまとめた。長すぎるので2つ折りにしている。

 乳母は疲れて部屋の長椅子で寝ていた。

 ほかに2人、使用人を現地スカウトして身の回りの世話をさせていた。乳母からの推薦を参考にして私が2人選んだ。

 ほかにこの来賓の部屋に入れるのは例の魔法使いと報告者くらいだ。

 ねじれた杖の魔法使いはあれから同僚を説得して魔法使いの部隊を味方にすることに成功したという。いまは通常の兵士たちの説得をしていた。同僚を殺された恨みと、ここで反乱軍として処分されることを天秤てんびんにかければ、説得も時間の問題だろう。

 王都に戻って状況を報告すれば私たちの勝ち。ホセデレズバは首をねられこの土地の職員が一新する。それを歓迎する人が私たちの味方ということになる。報告できずに途中で私たちを殺せたらホセデレズバの勝ち。私が殺されたとしても王都が娘の仇討ちのために兵をげることはないだろう。おとがめ無しということだ。とはいえ、お咎め無しといっても堂々と私を殺すのは世間体が悪い。それを狙う私たちの敵というのは少数派ではあるけど、ホセデレズバの親族やこの土地の支配層なので周囲20キロ圏内だと無視できない数である。内戦になる可能性は低いとはいえ暗殺の可能性はまだ高いといった状況のようだ。なるほどねー。

 私はベビーベッドを見ながら言った。「この子たちだけど、ここにも置けないし実家にも置けない。私たちが改めて育てることもできないから、君の実家に養子に出すのがいいと思う」

「え、それはいいな。兄や弟のところに預けて僕が血のつながったおじさんになる感じ?」

「まあ、そうだね」南西蛮族ばんぞくは知らないけど、私のところでは兄弟で子供のやりとりをするのは普通だ。「ただ、そっちとつながりが強くなるのをうちが嫌がるかもしれない。そのときはレシレカシの近所の誰かに預けるのがいいと思う」

「近所の誰かって、誰?」

「初等部や保育園の先生とかがいいんじゃないかなと思うけど」

「なるほど」

 レシレカシ魔法学校は10歳からだけど、それより小さい子供用の養護施設や学校が別にある。説明はまたあとで。

 ネゾネズユターダ君は言った。「僕の親族にするのは諦めて最初からそっちが現実的?」

「まあね。最初から余計なトラブルを避けるならそっちの方がいいと思う。あと、遠くの親戚より近所の人に育ててもらってすぐ会える方がよくない?」

「それもそうだね。そうしよう」彼は明るい声を出した。「そのお願いは帰りにあの両親にしていく感じかな?」

「うん。こういうことが起きたら嫌とは言わないでしょ」私はニヤリとした。この事件において唯一、私たちが有利になった部分だ。子供の安全に私たちが口を出せる。

 お腹がすいてきた。そろそろ朝食を食べたい。

 ネゾネズユターダ君が、「あとで言おうと思ってたんだけど」と口を開いた。

「なに?」

「あの本邸とかいうところにも図書室はあるよね?」

「あるよ。王都にも図書館がある。レシレカシより小さいけど」

「うん。分かった」

「言っておくけど盗みは駄目だよ。警備は厳重なんだから」

 彼は心外だという声を出した。「そんなことはしないよ。探し物をするだけ。君も、どんな本があるかは分かってないでしょ?」

「確かに」10歳までしかいなかったから、子供向けの本しか知らない。「何か面白い本があるかもしれない」

「本当にそれだけ。たぶん、ここには二度と来れないから」

「分かった」私は言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法使いザラッラ 浅賀ソルト @asaga-salt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ