13 エピローグ イズカとサリ

 外に出たら朝だった。ダンジョンの中にいると昼夜逆転になりやすい。

 とりあえず自分たちだけ飯を食った。


 男たちは縛った上で魔術を使えないように口にも猿轡を噛ませた。

 気絶したり麻痺しているところに眠りの魔術をかけて寝かせそのまま洞窟の中に放置した。

 これから街に戻って警備隊が来るまでそのままになるが、死にはしないだろ。

 万が一獣が入り込んで食われてもそれは運命だと思って諦めて貰おう。




「サリもイズカと同じの食べる!」

「お、そうか。そうだな、一緒のを食うか」

 湯を沸かし、干した肉と野菜を入れたいつものスープを作った。

 前にとって干しておいた茸も入れる。

 持ち手がついたカップは一つしかないからもう一人分を皿に入れて、食器を持ち慣れていないサリにカップの方を渡す。

 街に戻ったらサリの分の食器を買いに行ってもいいかもしれない。

「熱いから、ここを持てよ」

 手袋をしたままカップを持ち、持ち手を向けて渡してやるとサリは慣れた手つきでそれを掴んだ。

「サリ知ってる。いつも見てた!」

「そうだな」

 サリの頭を撫でてやり、スプーンを渡す。

 此方は持ち方が分からずしっかり握ってしまったので、サリの手に指を添え持ち方を直してやった。

「こうやって持つと食べやすい」

「うん、覚えた!」

「じゃあ、食うか」

 そう言うとサリは俺の真似をして口を開く。

「「今日の糧に感謝します」」

 パンをちぎってスープに浸すと、サリもそれを真似て浸したパンを食べる。

「イズカ、こうやって食べるとおいしいね」

「だろ? ちょっとパンが硬くなってもイケるんだ」

「サリは硬いのも好きだけど、これも好き!」

 楽しそうに喋るサリ。

「そういえば、その服はどうした?」

「これ? 魔力で出来てる。イズカと同じがいいって思ったら出来た」

「お前、凄いなぁ」

「サリ、凄い? 凄い!」

 武器は足に合わせて勝手に変化したんだそうだ。魔鋼は魔力を通しやすいのが特徴の金属で、魔力の高いものが扱う魔鋼武器は使う者の意思に合わせ形を変えると聞いた事がある。あれは本当だったのか。


 あの武器屋の店主、まさかこれを見越して魔鋼で武器を作ったのか?


「鎧は?」

 サリはコートの下に見慣れた革鎧を着けていはいるが、あれは普通の革で出来ていたはずだ。

「これは魔力で作ってる。着てたのはここ」

 ポケットから鎧を取り出した。

「そうか」

「サリ、これも気にってたからちゃんと着てたい」

「そうか、魔鋼で作れないか今度どこかで相談してみるか」

「うん!」

 笑うサリをいつものように撫でる。

 人になったんだなぁ。

「サリ凄い?」

 感慨深い気持ちで撫でていると赤い目がきゅるきゅると動き、楽しそうに動き俺の顔を覗き込む。

「ああ、凄いぞ、サリ」

 褒めるとサリは満面の笑みで微笑む。

 黒髪はウサリスの時と同じ手触りで気持ちがいい。


「そういえばウサリスには戻れないのか?」

「いつでも戻れるよ、ほら」

 目の前のサリの輪郭がぼやけて瞬きをしたら見慣れたウサリスのサリが居た。

 真っ黒な毛皮を撫でると相変わらず手触りがいい。

 鎧はどういう理屈か分からないがいつも通り着ていた。

「イズカはこっちの方がいい?」

 喋り方は流暢なままで、もうあのたどたどしい喋り方には戻らないようだ。

 あれはあれで可愛かったが、しっかりした今の口調もサリの成長を感じられて喜ばしい。

「俺はどっちも好きだよ。サリだから」

「サリも! イズカ好き!」

 ウサリスのサリを抱きしめ頬を摺り寄せる。

「サリはイズカと一緒だから人間になる!」

「そうか、好きな方でいていいぞ」

「うん!」

 サリは頷くと俺の手からくるりと一回転回って飛び降りた。

 ウサリスの姿がぼやけ、やはり瞬きをする間に人の姿に戻ったサリは俺にぴたりとくっついてご機嫌そうに高い声で喉を鳴らしている。


 そんなサリの頭を撫でてから荷物を整え街へ戻った。


 その足ですぐギルドに報告してダンジョンに残して来た盗賊の回収を願い出る。

 ギルドは速やかに警備隊へ連絡を入れて、彼らはすぐ出発して行った。


 翌々日の朝、宿屋で休む俺たちに詳しい事情を聞かせて欲しいと訪ねて来た数人の警備隊に、ギルドで話したことをもう一度伝え取り調べの詳細を教えて貰った。

 俺たちを襲った首謀者はどこぞの金持ちに雇われた金さえ払えば何でも調達するという闇商人だった。

 金持ちは街で見かけたサリがどうしても欲しくなり、その闇商人に「仕入れ」を頼んだ。

 商人は護衛を連れ安い金で使い捨てのゴロツキを纏めた。たかが冒険者一人とウサリス一匹ならこの程度の戦力で十分対応できると考えた。

 だが俺たちのダンジョンでの戦いぶりを見て、護衛が正面から当たるのは得策ではないと判断し、まずは寝込みを襲おうとした。

 だが、俺が野営地に張った結界に阻まれ一度目の襲撃を断念。

 その後、道中で魔物と戦っている所を襲おうとしたが隙がなく、支配者との挟み撃ちにすることを決め実行する。

 計画は途中まで上手く行ったが、サリが人の姿に変わったことで形勢は逆転、返り討ちにあったというわけだ。

 結界は割られない限り分からないから、今度から衝撃を加えられたら俺に伝わるように改良しておこう。


 残念ながらサリを欲しがった金持ちは、俺たちに直接手を出したわけではないので処罰することは出来ない。けれどこの商人が絡んでいそうな事件が他にもあってこの際埃を叩けるだけ叩くんだそうだ。

 忙しくなると上機嫌に報告してくれた警備隊長の顔を思い出せば、あの商人の未来は明るくないんだろう。

 そう思うだけで溜飲が下がる。

 事情聴取が終わったあと警備隊は俺たちに礼を言って帰って行った。



「あー、終わった。疲れたぁぁ」

「サリも、お腹空いたぁ」

「飯、食うか」 

「うん!」

 宿屋の一階にある食堂で話をしていたので、警備隊が帰った後給仕を呼んで料理を頼む。

 しばらくするとうまそうな肉の串焼きと野菜とパンが運ばれてきた。

「いい匂い!」

「香ばしくておいしそうだ」

 顔を見合わせ、いつものお祈りをして齧り付いた。

「おいしい! サリこれ好き! かかってる酸っぱいのも好き」

 今まではかかっていない所を選んで食べさせていたから、初めて食べる味にサリは頬を緩める。

「ドレッシングっていうんだ」

「ドレッシング、覚えた!」

 サリは野菜の盛り合わせを、教えた通りの持ち方をしたフォークで器用に口に運びうまそうに頬張った。

「トメトも入ってるぞ。好きだろ」

「うん!」

 俺の皿に入っていたトメトもサリの方に寄せてやり、ドレッシングで汚れた口周りを拭ってやる。

「イズカと同じのおいしいね」

「そうだな、うまいな」

 楽し気なサリを見ているだけで満たされた気持ちになる。

 サリが居てくれて初めて俺は俺で居られるんだ。

 失わずに済んで良かった。嬉しそうに食事をするサリの頭を撫でる。

「へへへ、もっと撫でて」

「ん……」

 突然撫でられて理由は分からないが嬉しいとサリは頭を差し出す。

 ウサリスの時と同じ柔らかい手触りが指に広がる。

 こうしてのんびり二人で食事をするのは何日ぶりだろうか。

 少しゆっくりしたい気分だ。

 そう思っていたら果物を食べ終えたサリが俺の顔を見た。

「イズカ。サリ、雪ってやつ見てみたい!」

「ああ、さっき北から来た冒険者が話してたやつだろ?」

 隣のテーブルで食事をしていた冒険者たちが大きな声で喋っていた凍った広い湖や、冷たい雪の話。

 厳しい環境だったがその中で見ることが出来た美しい氷の華。どれほど感動的だったかを大げさなほど楽しそうに話していた。

 それをサリが興味深げに聞いていた。

 サリが望むなら行ってみようとも思っていた。だったらその望みを叶えてやるのは当たり前。


「じゃあ、もっと北に行って雪を見てみるか」

「たのしみ!」

「次の目的地はこの国最北のトラテア国だな」

「うん!」

 

 サリと一緒ならどんなことをしていても楽しいし、何だって出来る。

 偶然拾ったウサリスが、こんな風に俺の相棒として隣に立ってくれるなんて思ってもみなかった。

 浄化者として生きて死ぬんだと思っていた俺が、こんなところで自由に冒険者をして生きるなんて本当に人生は何が起こるか分からない。

 これからも、予想外の事がたくさん起こるんだろう。

 でも、それもサリと一緒ならきっと楽しんでいける。



「サリは、イズカと出会えてよかった!」

「俺もだよ、サリ」

 楽しそうに笑うサリ。その頭をくしゃりと撫でる。

「これからもよろしくな。相棒」

「うん! 相棒!」


 一人と一匹で始まった冒険物語は、これから二人の冒険譚になっていく。

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【完結】 一人と一匹。イズカとサリの冒険 中洲める @mameruri

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