12 相棒

「イズカァァァ!」


 サリの声が洞窟内に響き、通路の先から激しい光と魔力が流れ込んで来た。

 嵐のような突風が吹き荒れ立っていられない。


 強烈な光に目を開けておられず腕で光を遮りなんとか視界を確保して、膝をついて部屋の中に逆巻く風に耐える。

 護衛も戦う事が出来ず同じように風に耐えていた。

 背後ではバサバサと枝と葉がざわめき幹が激しく軋む音が響く。


「サリとイズカは、ずっと一緒! だって、相棒だから!」

「!」

 幾重にもブレたサリの声が聞こえ、光と風が消えた。

 何度も瞬きをして視界を確保して立ち上がった。

 とにかくサリの安否を確かめたい。



「サリ、サリ!」

「なぁに、イズカ」

 走り出そうとしたその腕を掴まれ体が止まった。

「!?」

 すぐそばでサリの声がしたが、いつもの黒い可愛らしいウサリスの姿が見当たらない。

 その代わり隣には赤い目をした黒髪の青年がいた。

「イズカ、サリは帰って来たよ」

 ぱちぱちと悪戯っぽく瞬きをして笑う表情には見覚えがある。

「サリ……?」

「うん!」

 俺の服によく似た真っ黒な衣装一式、長い黒髪はサリの尻尾を彷彿とさせる。

 背中に着けていた鎧を胸に纏い、足元にはサリが装着していた武器によく似たブーツを身につけていた。

「イズカと同じになりたくて、魔力を溜めてた。イズカと一緒にいるんだって強く願ったの。そしたらなれた!」

 これでイズカの傍に居られると俺に抱きつく。

 柔らかい匂いはサリと同じ。

「サリはイズカの相棒。ずっと一緒に居たい。絶対離れない」

 これはサリだ。間違いない。俺の相棒のサリだ……!

「俺もだ、サリ……。俺の大事な相棒」

 痛いくらいに抱きしめられて背中を抱き返す。

「うん。イズカ、撫でて。サリ偉いでしょ? 頑張った!」

「ああ、偉い。凄いぞ、サリ」

「えへへ」

 嬉しそうに目を細める様はウサリスの時と同じ。

 間違いなく俺のサリだ。込み上げる歓喜に目頭が熱くなった。


「何だお前! ネズミをどこへやった」

 壊れた檻を持って戻って来たリーダーが部屋を見渡す。それをサリは眉を顰めて睨みつけた。

「サリ、ネズミじゃない!」

 サリは俺から離れリーダーに指を突き付ける。

「……は?」

「お前、サリをイズカから引き離そうとした悪い奴! 許さない。大っ嫌い!」

「ネズミ? どうなって……?」

 混乱するリーダーとそこに駆け寄る護衛を視界に収め武器を構える。


「サリ、まずコイツらを倒して、それからあの魔物だ。やるぞ!」

 突風と光で支配者は命脈尽きかけており攻撃してくる気配はない。だったらまず倒すべきはあの二人だ。

「うん!」

 サリが傍に居ればもう何も恐れることはない。



「おい、どういうことだ? なんで人型になってんだ?」

 護衛が問いかけるがリーダーは不機嫌そうに吐き捨てる。

「俺が知るか! チッ、全く予定外だ。ネズミを欲しがってたんだぞ。あんなの連れて行っても金にならん!」

 ようやく俺の横に立つ青年が自分たちが捕まえたウサリスなのだと認識したリーダーと護衛は、内側から弾けたように壊れた檻を投げ捨てた。

「サリ、あんなのじゃない!」

 地面を踏み付けてサリが怒る。

「くそ、金にならんのならもういい」

 ウサリスではなくなってしまったサリを捕まえる理由はなくなったと、リーダーは俺たちに背を向ける。

 ちゃっかり魔石の入った袋を持っているのが腹立たしい。

「おい、帰るぞ」

「待て、このまま黙って帰すと思ってるのか」

「お前達、許さない!」

 好き勝手に散々やってこのまま何事もなく帰れると思ったら大間違いだ。

 今度は俺たちが行く手を阻む。

「こんなところにもう用はない、やれ」

「おう、視界を遮れ!」

 リーダーに指示され護衛が魔術を詠唱すると、何処からともなく大量の霧が湧いて部屋を覆い視界が覆われる。

「逃がすわけねぇだろ!」

「サリ、お前達絶対許さない!」

「霧を飛ばせ」

「うん!」

 サリが上空に飛んで両足を揃え加速して地面に着地すると、そこを起点に風が巻き起こる。

 それが霧を吹き飛ばし、リーダーと護衛の姿が現れた。

「行くぞ!」

「許さない、大っ嫌い!」

 同時に駆け出し、俺が護衛を、サリがリーダーを狙う。

 俺が突き出したショートソードを護衛がロングソードで受け止める。

「く……、さっきより早ぇじゃねぇか」

「さっきは散々邪魔してくれたな!」

 もはや心配事は何もない。目の前の敵を倒す事だけに集中できる。

 斬りかかって来るロングソードをマチェーテで受け止め弾いて護衛の体勢を崩し、ショートソードで胴体を突き刺す。

 だがそれは体に届く前にギリギリで躱された。けれど避けられることは分かっている。

「これでも食らって寝てろ」

 動きを止めた護衛に向かって、密かに取り出していた最後の一本になってしまった麻痺毒付きのナイフを投げつけた。

「く……っ」

 護衛はショートソードを躱す為無理な態勢だったせいでナイフを避けられず、それが深々と太ももに刺さる。

 塗られていた麻痺毒が体に回って動かなくなる。

「サリ、やっちまえ!」

 これで邪魔する者はもう誰もいない。

 溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように叫ぶ。

「くっらえぇぇぇ!」

 サリは一息に跳躍して逃げるリーダーの背中に両足を揃えて風の魔術を纏った渾身の蹴りを放った。

「うわぁぁ!」

 リーダーは吹き飛び、勢い壁によくぶつかってずるずると落ちていく。

 近寄って覗き込んでみると鼻は陥没して歯が折れている。足で突いてみても意識を失っていてピクリとも動かない。

「殺してもいいんだがな、生きて罪を償え」

「サリ、まだ蹴り足りない」

 不機嫌そうに足で地面を叩く様がウサリスだった時を彷彿とさせて、思わず笑ってしまう。

「また後でな。先にあっちだ」

「うん!」

 ダメージを負っていた魔物は、ようやく持ち直したのか、俺たちに向かって再び枝や根を構え襲い掛かって来る。

 だが、もう勢いがないそれを躱すのは容易だ。

 サリも左足で蹴りを入れ、靴底から展開される風の刃で枝を刈り取った。

 暴風で大きく揺れたせいか、俺たちが付けた幹の傷口は大きく広がっていて、両側からあと一撃加えれば切り落とせそうだ。


「サリ、やるぞ!」

「うん!」

 俺は根を斬って突き刺し両手の剣に弧月を展開して、サリは枝を振り払い両足に風を纏わせながら幹に向かって走って行く。


「イズカ!」

「おう!」

 両側から魔力が籠った剣戟と風を纏った蹴りが同時に加えられ俺の剣とサリの靴底が木の幹の中心でかち合った。

 その手応えに剣と足を引いて魔物から距離を取り着地する。


 蠢いていた根と枝は止まり、ギシリと軋む音がして太い幹が折れ地面に落ちて塵になった。

 重い音を立てて落ちた魔石は俺の掌より大きい。

 それを拾ってサリに差し出す。


「サリ、食べるか?」

「……ううん、もうサリ食べない」

「いいのか?」

「うん! サリがなりたいイズカの相棒になれたからもういい!」

「そうか」

「サリは、イズカと同じになりたかった。なれて嬉しい! イズカは? サリと同じで嬉しい?」

 褒めて欲しいと頭を差し出され、両手でわしゃわしゃと撫でてやる。

「凄く嬉しいよ。サリ! 俺の為に頑張ってくれてありがとう」

「うん! サリも嬉しい。これからもずっとイズカの相棒!」

「俺の相棒はお前しかいないよ」

 そう言うと、サリは嬉しそうに笑った。



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