第七話:「黒い魔女の呪縛」

第一章:病床からの推理


 初秋の肌寒い雨が窓を叩く音が、葵の部屋に静かに響いていた。高熱に侵された彼女の体は、ベッドの中で小さく震えていた。


「葵、熱が下がらないわ。少し休んだ方がいいわよ」


 母・真澄の心配そうな声が、葵の耳元で優しく響く。真澄は娘の額に冷たいタオルを当てながら、心配そうに葵の様子を窺っていた。

 葵は目を開け、かすかな声で答えた。


「大丈夫、ママ。それより、新しい事件の情報はないの?」

「葵、こんなときにまた事件なんて……」


 真澄は心配そうに溜息をついた。


「大事なことなのよ、ママ。だってあたしが世界とつながる方法はそれしかないんだから……」

「葵……」


 真澄はそっと葵の手を握る。


「ごめんね、丈夫に生んであげられなくて……」


 真澄の目には涙が浮かんでいた。葵はゆっくりと首を振る。


「いいのよ、ママ……。あたしがこの体で生まれてきたのにはきっと何か意味があるのよ。あたしは今、それを探しているの……」


 真澄は言葉を失った。


(まだ16歳の娘にこんなことを言わせてしまうなんて、わたしは……)


 その時、葵のタブレットが着信を知らせる音を鳴らした。画面には叔父・健一の名前が表示されている。


「葵、大変な事件が起きているんだ。『黒い魔女』と呼ばれる連続殺人事件だ」


 健一は事件の概要を説明した。


 葵は身を起こそうとしたが、激しい目眩に襲われ、再びベッドに倒れ込んだ。

 しかし、彼女の目は精気を失わない。


「三人の被害者の周りに、黒い砂のような物質が散布されていたんだ。そして、被害者の表情が……恐怖で歪んでいたという。まるで、何か恐ろしいものを見たかのようだった」

 健一の声に、わずかな震えが混じる。

 彼自身も、この不可解な事件に戸惑いを感じているようだった。


 葵は眉をひそめ、考え込んだ。


「黒い砂……それって何かの象徴? それとも、犯人からのメッセージ……?」


 健一は続けた。


「まだ分からない。ただ、この黒い砂には奇妙な特徴があるんだ。微細な単位で見ると、何かのパターンを形成しているらしい。まるで、意図的に配置されたかのようなんだ」


 葵の目が大きく見開かれた。


「パターン? それって……」

「ああ、暗号じゃないかと専門家は見ている。だが、まだ解読には至っていない。複雑すぎて、通常の暗号解読技術では太刀打ちできないらしい」


 葵は咳き込みながらも、タブレットを操作し始めた。


「叔父さん、被害者たちの詳細な情報と、その黒い砂の写真を送って。できれば、被害者たちの過去の研究内容や、最近の行動パターンも調べてほしいの」


 健一は少し躊躇した。


「葵、お前の体調は大丈夫なのか? 無理はするなよ」


 葵は弱々しく、しかし強い意志を込めて答えた。


「大丈夫よ、叔父さん。これが私にできる唯一のことなの。世界とつながる唯一の方法なの」


 健一はため息をついた。


「分かった。でも、本当に無理はするなよ。情報はすぐに送る。ごめんな、姉さん」


 健一は姉の真澄に謝ってから電話を切った。

 通話が終わると、真澄が心配そうに葵に近づいた。


「葵、本当に大丈夫なの? 無理はしないで」


 葵は母親に微笑みかけた。


「大丈夫よ、ママ」


 真澄は複雑な表情で娘を見つめた。

 娘の才能と使命感を誇りに思う気持ちと、その健康を案じる気持ちが交錯している。


「分かったわ。でも、少しでも辛くなったら言ってね。すぐに休むのよ」


 葵は頷いた。

 そして、送られてきた情報を必死に分析し始めた。

 高熱で視界がぼやけるのを必死にこらえながら、彼女は被害者たちの過去の論文や研究内容を丹念に調べ上げていった。


 部屋の中は静寂に包まれ、ただ雨音と葵のかすかな呼吸音だけが響いていた。窓の外では雨が激しさを増し、まるで葵の闘志を表すかのように激しく窓を打ちつけている。


 葵の額には大粒の汗が浮かび、時折激しい咳に襲われる。しかし、彼女の目は決して輝きを失わない。そこには、謎を解き明かそうとする強い意志と、誰かの命を救いたいという純粋な願いが宿っていた。


 真澄は少し離れた場所から、心配そうに娘を見守っていた。

 そして、葵の小さなつぶやきが聞こえた。


「これは……」


 その声には、何かを発見した喜びと、同時に恐ろしい真実に気づいた戸惑いが混じっていた。葵の指が素早くタブレットの画面を操作し、さらに多くの情報を集め始める。


 彼女の脳裏では、断片的な情報が少しずつ繋がり始めていた。黒い砂のパターン、被害者たちの研究内容、そして彼らの最近の行動……全てが何かを指し示している。それは、誰も想像し得なかった恐ろしい真実かもしれない。


 葵の呼吸が荒くなり、体の震えが強くなる。しかし、彼女の目は決して真実から逸らそうとはしない。たとえ、その真実が彼女自身を危険に晒すものだとしても。


 外では雨が激しさを増し、雷鳴が轟き始めた。それは、これから起こる激しい展開を予感させるかのようだった。葵の部屋の中で、真実の糸が少しずつ紡がれていく。そして、「黒い魔女」の正体に迫る、長く困難な夜が始まろうとしていた。




章タイトル:「第二章:繋がる糸」


 葵の指が震えながらタブレットの画面を操作し続ける。高熱で視界がぼやけ、時折激しい咳に襲われるが、彼女の集中力は途切れることがない。外では雨が激しさを増し、雷鳴が轟いている。その音が、葵の緊張した心拍と奇妙な調和を生み出していた。


「これは……」


 葵は小さくつぶやいた。


「被害者たちの研究に何か共通点があるかも……」


 彼女の目が画面を素早く行き来する。

 被害者たちの論文、研究データ、そして最近の行動記録。

一見すると無関係に見えるそれらの情報が、葵の頭の中で少しずつ繋がり始めていた。


「最初の被害者の大学教授は、非ユークリッド幾何学の研究をしているのね。特に、曲面上の幾何学的構造に関する新しい定理を提唱していたらしい……。次の企業の研究員は、量子暗号の分野で革新的な研究をしていたようね。量子もつれを利用した新しい暗号化方式の開発に取り組んでいたみたい……。そして最後の数学者は、カオス理論の専門家だった。複雑系における予測不可能性に関する画期的な数学モデルを構築していたらしい。一見すると全く関係のない研究分野に見えるけど、実はどれも高度な数学的概念を基盤としている……」



 彼女の脳裏で、ある可能性が閃いた。


「もしかして、これらの研究全てが……」


 その時、激しい痛みが葵の体を襲った。

 彼女はタブレットを取り落とし、ベッドに臥せった。


「葵!」


 真澄が慌てて駆け寄る。


「大丈夫?」


 葵は苦しそうに答えた。


「大丈夫……まだ、解けてない……から……」


 真澄は涙ぐみながら叫んだ。


「葵、もうやめて! このままでは葵が死んでしまうわ!」


 葵は弱々しく、しかし強い意志を込めて答えた。


「とめないで、ママ! だってこのままやめてしまったら……あたし……あたしが生きてる意味なんかないもの……ずっと部屋から出ずに……誰とも逢わずに……あたし……」


「葵……」


 真澄は言葉を失った。

 葵は続けた。


「……あたしが世界とつながるためにはこれしかないのよ!」


 真澄は葵をそっと抱きしめた。


「分かったわ。でも、無理はしないで。約束して、あなたはたった一人の私の娘なのよ」


 葵は小さく頷き、再びタブレットを手に取った。

 彼女の額には大粒の汗が浮かび、体は熱で燃えるように熱かった。

 しかし、その目は決して諦めの色を見せない。


 葵は再び情報の海に飛び込んだ。

 被害者たちの研究内容、黒い砂のパターン、そして最近の彼らの行動……全てを結びつける何かがあるはずだ。


「待って……」


 葵の目が大きく見開かれた。


「この黒い砂のパターン、まるで……フラクタル構造……」


 彼女は急いで計算を始めた。

 高熱で頭がぼんやりとする中、必死に数式を組み立てていく。


「もし、このパターンが本当にフラクタル構造だとしたら……そして、被害者たちの研究内容がこれに関連しているとしたら……」


 葵の指が素早くタブレットの画面を動く。彼女は、被害者たちの研究内容と黒い砂のパターンを結びつける共通の数学的基盤を探していた。


 そして、ついにある理論にたどり着いた。


「まさか……これはすべてが『統一場理論』を指向している……?」



第三章:黒い魔女の正体


 葵の声は震えていた。

 統一場理論は、物理学の聖杯とも呼ばれる理論だ。

 宇宙のあらゆる力を統一的に説明しようとする、まだ未完成の理論。


「でも、なぜ……なぜこれが殺人事件に……?」


 葵は必死に考え続けた。高熱で頭が割れそうになる中、彼女は情報を組み立て続ける。


「待って……確か……10年前に失踪した数学者の……緒方教授……が……似たような論文を……」


 葵は緒方教授の過去の論文を必死に探し始めた。

 そして、ある論文にたどり着いた瞬間、彼女の体に電気が走ったような衝撃が走る。


「これだ……緒方教授は10年前、統一場理論に近い画期的な理論を発表しようとしていた。でも、その直前に失踪……」


 葵の頭の中で、全ての点が繋がり始めた。


「被害者たちは皆、緒方教授の理論の一部を自分の研究に使っていた。でも、それを盗用と呼ぶべきか……それとも……」


 その時、葵の体に激しい痛みが走った。

 彼女は苦しそうに体を丸め、呼吸が荒くなる。


「まだ……まだ分からない……黒い魔女の正体が……」


 葵は震える手でタブレットを操作し続けた。

 彼女の視界はますますぼやけ、意識が遠のきそうになる。

 しかし、彼女は必死にそれに抗った。


「緒方教授……黒い魔女……統一場理論……」


 葵の脳裏で、これらのキーワードが渦を巻いていた。

 そして、突如として全てが繋がった瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。


「分かった……」


 彼女は小さくつぶやいた。


「黒い砂の暗号、解けたわ……」


 葵は最後の力を振り絞り、叔父の健一に連絡を取った。


「叔父さん、犯人が誰か分かったわ。『黒い魔女』は、10年前に失踪した数学者の緒方教授よ……」

「なんだって!?」


 健一は驚いた様子で聞いていた。葵は説明を続けた。


「あたしが緒方教授に目をつけたのには、いくつか理由があるわ。まず……教授の最後の論文が統一場理論に驚くほど近い内容だったの……。しかも、その論文を発表しようとした直後に失踪しているのよ。それに、被害者たちの研究内容が……緒方教授の理論のそれぞれの部分と奇妙なほど一致しているの……。さらに、教授の失踪時期と『黒い魔女』の出現時期が重なっているのも気になったわ。そして、教授の専門分野が被害者たちの研究を全て包括できるほど広範囲だったことも、大きなヒントになったの……」

「なるほど……」


 葵の緻密な推理に健一は感嘆する。葵はさらに淡々と続けた。


「黒い砂の暗号解読は、とても複雑な過程だったわ……。まず、砂のパターンが……フラクタル構造を持っていることに気づいたの。これは自然界にも見られる……複雑な幾何学的パターンよ。そこで、このフラクタルパターンを……数式に変換してみたの。すると驚いたことに、その数式が非ユークリッド幾何学、量子暗号、カオス理論の要素を全て含んでいたの……。つまり、被害者たちの研究分野と完全に一致していたということだわ……。そして最後に、この数式をさらに発展させていくと……統一場理論の基本方程式に近づいていったの。これこそが、緒方教授が10年前に発表しようとしていた……理論そのものだったのよ」


 葵の声は次第に弱まっていく。


「被害者たちは皆、この理論の一部を……知っていて、自分の研究に使っていたの。でも、緒方教授はそれを……許せなかった。自分の人生をかけた……研究を、他人に盗まれたと感じたのよ……」


 葵の声がさらに弱まっていく。しかし、彼女は最後まで説明を続けた。


「緒方教授は、自分の理論を完成させるために、被害者たちの……研究成果を必要としていた。だから、彼らを殺害し、彼らの研究データを……奪ったの。黒い砂のパターンは、緒方教授からの……メッセージ。『私の理論を盗んだ者には、こういう結末が待っている』という警告よ……」


 健一は息を呑んだ。


「まさか……そんな……」


 葵は最後の力を振り絞って続けた。


「緒方教授の居場所は……」


 苦しそうな息で、葵は健一に語り掛ける。


「叔父さん……」


 葵の声はもう切れ切れで、聞き取るのがやっとだった。


「緒方教授の居場所……古い天文台……市の北にある廃墟になった天文台……そこよ……」


 その言葉を最後に、葵は意識を失った。

 タブレットが彼女の手からすべり落ち、部屋に静寂が訪れた。

 外では雨が上がり、薄明かりが窓から差し込み始めていた。


 真澄は涙を流しながら葵を抱きしめた。


「葵……よく頑張ったわ。もう休んでいいのよ、ゆっくりね……」




第四章:真実の代償


 病室には静寂が広がっていた。窓から差し込む柔らかな朝日が、白い壁とカーテンに優しい陰影を作り出している。部屋の中央には、医療機器に囲まれたベッドがあり、そこに葵が横たわっていた。


 葵の顔は青白く、唇はかすかに紫色を帯びている。長い睫毛が頬に影を落とし、普段の鋭い眼差しは今、静かに閉じられていた。点滴の管が彼女の細い腕に繋がれ、心電図のモニターが規則正しい音を刻んでいる。その音だけが、部屋の静寂を破る唯一の存在だった。


 ベッドの右側には真澄が座っていた。

 彼女は娘の手を両手で包み込むように握りしめ、まるで祈るかのように額を預けている。真澄の目は赤く腫れ、疲労の色が濃く出ていた。一晩中ほとんど眠らず、娘の傍らで過ごしたことが窺える。時折、彼女は小さくため息をつき、葵の顔を見上げては、再び目を閉じるのだった。


 部屋の隅には健一が立っていた。

 窓際に寄りかかり、外の景色を眺めながら深い思考に沈んでいるようだった。彼の表情には、安堵と心配、そして誇りが入り混じっていた。時折、健一は葵の方を見やり、微かな笑みを浮かべては再び窓の外に目を戻す。彼の姿勢からは、この状況に対する複雑な感情が読み取れた。


 三人の間には言葉こそなかったが、強い絆が感じられた。葵の呼吸に合わせるかのように、真澄と健一の呼吸も穏やかだった。彼らは、葵の回復を願いながら、静かにこの朝を迎えていた。


 葵がゆっくりと目をひらいた。


「葵!」


 真澄の声が響く。

 彼女は娘の手を握りしめ、涙ぐんでいた。

 葵は弱々しく微笑んだ。


「ママ……叔父さんは?」


 健一も葵の許に駆け寄る。

 彼の顔には疲労の色が見えたが、目には安堵の色が浮かんでいた。


「葵、よく戻ってきてくれた」


 健一は葵のベッドに近づきながら言った。

 葵は健一の表情を見て、すぐに察した。


「事件は……解決したのね?」


 健一は頷いた。


「ああ、すべては君の推理通りだった。緒方教授を逮捕し、全ての証拠を押収した」


 葵の目に光が戻る。


「そう……良かった」


 健一は椅子に座り、詳細を説明し始めた。


「緒方教授は全てを認めた。彼の統一場理論は本物だった。しかし、その発見の過程で犯した罪は重い」


 葵は真剣な面持ちで聞いていた。健一は続ける。


「教授は10年前、自身の理論を盗まれそうになって失踪した。その後、独自に研究を続けながら、自分の理論の一部を使用している研究者たちを追跡していたんだ」


「そして、彼らを……」


 葵の声が震える。

 健一は重々しく頷いた。


「ああ。彼らを殺害し、そして研究データを奪った。それぞれの研究が、彼の理論の欠けているピースだったんだ。今度は彼が略奪者になったんだ」


 葵は深いため息をついた。


「科学の進歩のために……自分の復讐のために……そこまでするなんて」


 真澄が静かに言った。


「でも、葵のおかげで、これ以上の犠牲者は出なかったのよ。緒方教授はまだ何人も殺害する気だったらしいわ」


 健一も同意した。


「そうだ。君の推理がなければ、さらに犠牲者は増えたはずだ。君は本当にすごいよ、葵」


 葵は少し照れくさそうに微笑んだ。


「ありがとう、叔父さん。でも……」


 彼女の表情が曇る。


「緒方教授の理論は……どうなるのかしら?」


 健一は真剣な表情で答えた。


「それが難しいところだ。彼の理論は確かに革命的で、科学の進歩に大きく貢献する可能性がある。しかし、それは多くの命と引き換えに得られたものだ。それにまだ多くの検証を加えなければならない」


 葵は考え込んだ。


「科学の進歩と倫理……難しい問題ね」


 真澄が静かに言った。


「でも、それを考えることも大切なのよ。科学が人々の幸せにつながるものでなければ、意味がないもの」


 葵は母の言葉に深く頷いた。


「そうね。科学は人々を幸せにするためにあるもの。緒方教授は、それを忘れてしまったのかもしれない」


 健一は立ち上がり、窓の外を見た。


「この事件は、科学者たちに大きな影響を与えるだろう。倫理的な議論が活発になるはずだ」


 葵は静かに言った。


「それも、私たちにできることの一つかもしれないわね。科学の進歩と倫理のバランスを考え続けること」


 真澄は娘の頭を優しく撫でた。


「あなたは本当に成長したわ、葵。ママの自慢の娘よ」


 葵は母を見上げ、微笑んだ。


「ママ、叔父さん、ありがとう。みんながいてくれたから、私は最後まで諦めずに推理を続けられたの」


 健一は葵のベッドに近づき、彼女の肩に手を置いた。


「いや、俺たちこそ感謝しているよ。君の才能と勇気が、多くの命を救ったんだ」


 部屋に温かな空気が満ちる。外では、新しい一日が始まろうとしていた。


 葵は窓の外を見やり、静かに言った。


「これからも、私にできることをしていきたい。あの部屋から世界とつながり、誰かの役に立てるなら……それが私の使命だと思う」


 真澄と健一は、誇らしげに葵を見つめた。

 彼女の言葉には、強い決意と希望が込められていた。



 数日後、葵は退院した。彼女の部屋に戻ると、机の上には新しいハイスペックのコンピューターが置かれていた。健一からのプレゼントだ。


「これで、もっと多くの情報を処理できるはずだ」


 健一は笑顔で言った。

 葵は感謝の気持ちを込めて叔父を抱きしめた。


「ありがとう、叔父さん」


 真澄は心配そうに言った。


「でも、無理はしないでね。健康が一番大切なんだから」


 葵は母に向かって微笑んだ。


「分かってるわ、ママ。でも、私には使命があるの。これからも、世界の謎を解き明かしていく、というね」


 葵はちょっと冗談めかすようにちろりと舌を出した。


 彼女は新しいコンピューターの前に座り、スイッチを入れた。

 画面が明るく輝き、まるで新たな冒険への扉が開いたかのようだった。


 葵の目には、かつてない輝きが宿っていた。

 彼女は今、自分の才能と限界を理解し、それでも世界のために尽くす決意を固めていた。


「さあ、次はどんな謎が待っているかしら」


 葵はつぶやいた。


 外では、鳥のさえずりが聞こえ、新しい朝の訪れを告げていた。葵の新たな挑戦が、今始まろうとしている。


 真澄と健一は、葵の背中を見つめながら部屋を出て行った。

 彼らの顔には、誇りと少しの不安、そして大きな期待の色が浮かんでいた。


 葵は深呼吸をし、キーボードに指を置いた。

 画面には、新たな未解決事件の情報が表示されている。彼女の瞳に、決意の光が宿る。


 デジタル・シャーロック、葵の新たな冒険が、今ここから始まるのだ。彼女の才能が、再び世界に光をもたらす日も、そう遠くないだろう。


 部屋に静寂が広がる。しかし、それは期待に満ちた静けさだった。葵の指が、静かにキーボードを叩き始める。


 新たな謎の解明へ向けて、葵の頭脳が高速で回転を始めた。彼女の瞳に映る画面の光は、まるで未来への道しるべのようだった。


 そして物語は、新たな章へと続いていく。デジタル・シャーロック、葵の物語は、まだまだ終わらない。むしろ、真の意味での始まりを迎えたのかもしれない。


(了)

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デジタル・シャーロック―葵の推理ファイル― 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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