お前は誰だ

月日が流れるのは早いもので、気づけば私は一七歳になっていた。

肝心の剣の腕はと言うと…騎士団の団員止まり、まあまあと言ったところか。

果たして死亡フラグを回避することは出来るのか―――人生に関わるこの問は不明瞭なまま。


「プリシラ様、お手を」


「ありがとうございます」


唯一健在の右手を差し出しステップに足をかける。

いつもと違う宝石が散りばめられたタキシードを着こなすミシェル様も、お美しい。


私達は運命のニューイヤーパーティに臨むべく、会場に向かった。


会場に着いたや否やお目当ての庭へ直行…しかしそれは失敗に終わった。

凄まじい腕力で引き止められたのだ。

騎士として申し分ない実力を備えるミシェル様。どこか乙女ゲームの中よりも逞しい気がする…


「どこに行こうとしているんですか?」


そう呆れ顔になられると申し訳なくなるではないか。


「お手洗いに行こうと思いまして」


「お手洗いは中ですよ。まずはご挨拶しましょう」


弁明は嘘だと受け取られ、渋々言う通りにする。まあ後から隙をみて行こう。


入口でパーティーの主催者がお出迎えをしていた。


「本日は我が家のパーティーにお越しいただき、ありがとうございます」


「こちらこそお招きいただきありがとうございます」


長年培ってきたお決まりの挨拶を交わす。

私達は、というかミシェル様は会場に入るなり、挨拶の嵐に飲み込まれた。


「ミシェル様!お会いできて嬉しいです!」「お久しぶりです」「いつもお世話になっております」「ぜひ私と踊ってください!」


普段は煩わしいご令嬢たちも、今回ばかりは味方だ。間隙を縫って人混みから抜け出す。


「プリシラ様!」


ミシェル様に気づかれたが、逃げるように去っていった。


今度こそお目当ての庭に着いた。手入れがしっかり行き届いており、淡い花の香りがする。

暫く周りを散策するが、私以外に人は見当たらない。


今日ここで起きる〝運命〟のイベント―――


ヒロインであるリリーは、パーティに参加するもご令嬢達に虐げられてしまう。パーティーから抜け出し、庭で風に当たりながら泣いていた。するとそこに木の上に座っていた攻略対象が落ちてくるのだ。そして二人は心を通わせていく――


これがなぜ〝運命〟と呼ばれているのかと言うと…落ちてきた攻略対象のルートに決定するからである。


あいにく誰が選ばれるか検討もつかないので、ヤバそうな奴が来たらリリーに会わないように足止めするしかない…



早速リリーを発見。木陰でぼーっと空を見つめている。

私も真似して空を見上げる。羊雲が広がっていて、なんとも平和な感じがする。

再びリリーへと目線を移す。綺麗な横顔で空を見つめている。


――少時見守っていたが、誰も現れない。どうしたものか。


誰も現れないほうが良いのでは?どのルートに突入しても、プリシラには悲惨な運命が待っているのだから。

そうこうしているうちに誰かリリーに近づいてきてしまった。まずいと思いつつも、誰が来たかにもよるので傍観を貫く。


「お嬢さん、きれいな空ですね」


一見黒髪に黒いタキシードの、パーティーに似つかわしくない地味めの男。しかし顔は整っている。前世の記憶を辿り何者かを把握しようとするが、出てこない。


「…そう、ですね」


リリーは俯きがちに答え、立ち去ろうとする。


「待ってください」


男がリリーの腕を掴む。

でたー。乙女ゲームならではの積極性。


「お美しいお嬢さん、僕と踊っていただけますか」


リリーは不審がったように見えたが、二人は踊り始めた。


ぎこちないリードでも相手を気にかけていることが伺える男。リリーも得意でないダンスを少し楽しめているように見えた。


一方の私は、何かビビッと来るものがあった。

通りで出てこない訳だ。男は裏ルートに出てくる攻略対象だと思われる。それも攻略サイトで黒髪の攻略対象がいると囁かれた程度しか情報の無かったもの。それがまさか本当にいるとは……


新しいゲームの世界を見れそうで期待半分、新たな死の可能性がありそうで怖さ半分だ。


このルートのプリシラはどうなるのだろうか。

あの制作陣のことだ。碌なエンドを作っていないだろう。


そんなことを考えているうちに二人のダンスは終わってしまった。

しまった。二人の様子を見ておくべきだった…


「またお会いしましょう。リリー・エッシャトル男爵令嬢」


男は去り際にリリーの手の甲にキスをした。茹で上がったリリーは男を見つめ続ける――


間違いないこれは恋に落ちた顔だ。流石ヒロイン、ちょろいな。



パーティー会場に戻った私は、黒髪の男のことを考えていた。

情報を殆ど持ち合わせていない為、自分で探るしかないか。探った所でプリシラの死に方が分かるとは思えないが。


熟考しているとパーティの中心地に来てしまっていた。


「プリシラ様!どこに行ってたんですか。心配しましたよ。頭に葉っぱが付いています。折角の美しい顔が台無しです…」


ミシェル様!なんと丁度良い所に。

直ちに情報収集しよう。


「ミシェル様!黒髪の男について知っていることはありませんか」


「黒髪の男?黒髪の男なんて何人もいると思うのですが……」


そっか〝黒髪の男〟だけでは伝わらないよな…


「えっと、地味めだけど顔が整ってて―――(リリーが)好きになっちゃった男です」


「――好きになっちゃった!?」


ミシェル様は血相を変えて私の肩を掴んだ。


「もうその男のことは考えないでください!あなたには僕がいますから!」


「は、はい?」


すると、突然唇に何か柔らかいものが触れた。


「―――ッ」


それがキスだと気づくと、あまりの刺激に意識が朦朧としてきた。


周りの人々が困惑や衝撃が入り混じった声を上げる。


「君は僕のものです」


ミシェル様は私を強引に腕の中に収めた。

私はそれに惨敗し、以降のことは覚えていない。

















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