強くなりたいのです


「プリシラ聞いてる?あなたはミシェル様の婚約者になったんだから、これまで以上に粗相の無いようにしてね」


私がミシェル様の婚約者!?

お姉様はいかにも挙動不審な私に困り顔をする。


――プリシラがミシェル様の婚約者となったなら、乙女ゲームのシナリオ通りになってしまうのでは?


少し頭を整理しよう。


私が生前ハマっていた、乙女ゲーム《ラブリーメイト》。


ミシェルルートでプリシラは……


ヒロインとミシェル様がくっつくハッピーエンドの場合――

ヒロインへの度が過ぎた嫌がらせや、その他の犯罪行為で検挙され、斬首刑となり【死亡】。

その後二人は幸せになる。


ヒロインが攻略を失敗するバッドエンドの場合――

婚約破棄を言い渡されヒロインを逆恨みするプリシラ。ヒロインを殺害しようとしたところ、ミシェル様に返り討ちに遭い【死亡】。

そしてミシェル様は罪人となってしまう…


因みにその他のルートでも大活躍のプリシラは大抵死亡するのだ。

転落死、溺死、轢死、獄死、骨折死…死因は様々。


プリシラが可哀想!



「なんなんだよ!」


絶望し、もう何もかも考えられなくなった。




柔らかい太陽光に照らされ、体を起こす。

どことなく体が軽い気が…そうだ私はプリシラだった。


流暢にしている暇はない!早速作戦会議を始めよう。


そうこうしていると年を食って、あっという間に殺されるかもしれないし。

年齢を重ねる速度と老化への恐怖は、前世で体験済みだからな。


今世はなんとしてでも長生きして、ミシェル様が年寄りになるまでを見届けたい!


思考を巡らすが外見だけでなく頭まで幼くなったのか、いい案が思いつかない。

このまま呑気に生きていたら、本当に死ぬかもしれないのに。


……うん。何も思いつかない。二度寝しよう。


ふかふかのベッドにタイブするとピンときた。


――これってプリシラが強ければ解決するのでは?


斬首刑になりそうだったら処刑人を倒し、ミシェル様に返り討ちに遭いそうだったら逆に返り討ちにしてしまえば良いではないか!

死亡のバリエーションが多すぎて対処しきれないかと思っていたが、強くなったらその内の幾つかは対処出来るに違いない。


そうと決まれば早速強くなろう。


しかし強くなると言っても何をすれば良いのか。

その答えを見つけるべく、情報収集することにした。


プリシラの実家であるマーティン公爵家はとても広い。廊下の果てが見えず便所は十個もあった。


庭に出てみると美しい花々が出迎えてくれた。


その中で木製だが一際輝く剣を発見。


その主はマーティン家の警備をしている部隊の一人。剣の軌道は一糸乱れず、一振りで風が切られる。


すごい。美しい。

私は、思わず盛大な拍手をした。すると彼はこちらに会釈してきた。


「あの、お伺いしたいことがあるんですけど…」


「はい。何でしょうか」


まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、彼は手を止め目を見開く。


「私を強くしてください!」


「は、はい?」


先程開いた目がさらに開かれる。


「ですから、強くなりたいのです!」


「えっ、えっと…」


戸惑いながらも、子供である私に真摯に対応しようとする姿に感心する。


「強くなりたいなら、僕が所属している紫龍騎士団に行ってみたらどうでしょうか?ってお嬢様がそんな所行く訳ありませんか…」


「騎士!?」


乙女ゲームで見たことがある、っていうかやったことがある。騎士となって鍛錬に励むことで、ステータスがアップするのだ。これは中々有益な情報を手に入れたぞ。


「ありがとう!」


そうと決まれば早速騎士団へ行こう!


「ま、まさか騎士になろうとお考えですか!?ですがお嬢様の入隊は厳し……」


何か言いかけていたけど、そんなのお構い無しで私は走り始めていた。



さて、騎士団ってどこにあるんだ?

無駄に豪華な玄関を彷徨っていると一両の馬車を見つけた。そこに年寄りの御者が一人佇んでいる。


しめた!


直ぐ様目的地を伝えると、御者は何も言わずに御者台に座った。乗り込むと御者がこちらを確認し、間もなく馬車が動き出した。



窓外を流れる景色は、勝景で私の心臓が早鐘を打つ。

あとどれくらいで着くのか、本当に騎士団へ向かっているのか、などなど御者に質問したが、答えは返ってこない。

やがて馬車がゆっくりと停止し、御者が扉を開けた。


大規模な訓練場と紫龍騎士団本部が現れた。ゲームのグラフィックそのものの景色に興奮が抑えられない。

剣や拳が衝突し合う音や、迫力のある声が辺りを満たしている。

期待と少しの不安を胸に踏み出した。


しかし問題が発生した。門番が通してくれないのだ。


「通してくれても良くないですか。私は公爵令嬢なんですけど〜」


「許可が無いと入れることはできません。お引き取り願います」


「ちょっと中を覗くだけだから!直ぐに帰るから!」


「お引き取り願います」


かれこれこんな押し問答を小一時間続けてしまっている。こちとら死ぬかもしれない身なんだぞ!


――誰か門番の後ろから近づいてきた。


「こいつか、なかなか引かない不埒なご令嬢は」


酒臭い髭面のオヤジが見下ろしてきた。手には酒瓶が握られている。


「だ、団長!?」


門番が直ちに敬礼した。


「――なんか面白そうだから入って良いぞ」


「え、良いのですか?」


「団長の俺が許可したんだから良いに決まってるだろうが」


やったー!よく分かんないけどラッキー。


そして成り行きでオヤジの横を歩いて行く。屈強な騎士達がこちらを不思議な目で見つめてきた。


「で、お前は何をしに来たんだ?」


待ってましたその質問!


「もちろん、強くなるためですよ!」


オヤジは馬鹿を見たような顔になった後、冷ややかな目つきになった。


「そんな馬鹿の面倒を見る気は毛頭ない。帰れ」


「そ、そんな…」


「帰れ」


「いやです!」


こっちは死の危機が迫っているんだよ!


「帰れ」


こうなったら――

「私の覚悟をお見せしますわ!」


こう言って私はグラウンドに乗り込む。騎士達の好奇の目に晒される。

そして、走り始めた。


「認めてもらうまで走り続けます!」


――小一時間走っただろうか。汗がみるみる蒸発していく。本当にもう限界だ。しかしオヤジは一時間前と変わらず面倒臭そうにしている。

走り続けるしか無いのか?


なにもかもどうでも良くなってきた。脚が交互に出てるだけ。

これが新境地と言うものなのか?



――やがて視界が揺れて来た。あれ、土ってこんな色だったっけ?


それ以降何も感じなかった。



覚醒すると、シミだらけの天井が迎えて来た。


「おう、起きたか」


重たい顔を横に向けるとオヤジが珍しそうに見てきた。


「まさかぶっ倒れるまで走るとはな」


視界が揺れてから何が起きたか分かっていない。どうやら意識を失っていたらしい。

何しようとしてたんだっけ?


「あ!私を騎士にしてください!」


この通り!体が重くて持ち上がらない為、頭だけを目一杯下げた。


目を閉じ悩むオヤジ。


「――面白そうだから特別に認めてやるよ。お前は今日から騎士見習いだ」


「へ?や、やった〜!ありがとうございます」


こうして悪役令嬢プリシラは、死亡フラグをへし折る第一歩を踏み出した。


























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