物語の命運は――

とうとう来てしまった…物語の最終イベントが!


私はこの時の為紆余曲折ありながらも、【プリシラ】としての人生を歩んできたのだ。


ドレスの中に愛刀を佩用し準備は完了。ミシェル様のエスコートの元、物語の最終局面が繰り広げられる王城へと向かう。


結局黒髪の男への対策は立ててきたが、攻略したことが無いため意味をなすかどうか…

しかもプリシラは攻略対象らに関係なく犯罪による処刑や、建物からの落下、川で溺れるなどよく分からない死に方までするからな。


それでも王城に行こうとするのはプリシラのここでの死亡理由は、大体攻略対象に刺されての出血死だからだ。私にとっては最も対処しやすい。そのために鍛えてきたんだからな。


いざとなったらこの剣で返り討ちにしてやる…


「プリシラ様、どうして怖い顔をしていらっしゃるのですか。折角の麗しいお顔が勿体ないですよ」


いけないいけない。敵意が顔に出てしまっていたか。

この眼の前にいる天使に殺されるかと思うと疑心暗鬼になりそうだ。

お美しすぎるミシェル様を眺めていると…最悪のものを見つけた。


そ、その腰に刺しているものは――ゲームでプリシラを殺した剣!なんでそんなおっかないものを持ってきているんだよ!


「あ、もしかしてこの剣ですか?今日の舞踏会では国外の方も来るそうなんです。なので僕はもしものときの我が国のご要人の警備を…」


その剣を引き抜き窓外へ投げようとする。


「プリシラ様!?」


が、ミシェル様に無理やり止められた。剣が高い音を上げて、車内を跳ねる。

作戦其の一【相手を丸腰にする】は失敗に終わったか。


「なんてことをするつもりですか!」


「え、ダンスを踊る時に邪魔かと思いまして」


そんな言い訳が通じる筈もなく、不信感を持ったミシェル様は肩が触れ合う程近くに座ってくる。そして手に指を絡めてきた。


「安心してください。もしものことがあっても僕があなたをお守りしますので。それにこれはダンスの時は持ちませんよ」


安心できねーわ!本当に安心させるつもりならその剣を捨ててくれ。


そうこうしているうちに、私達は舞踏会が開かれる王城に着いていた。


――とうとう開幕した舞踏会。


まずはリリーを見つけなくては。ミシェル様とダンスをしながらも、会場内を目で探索する。


まだリリーは来ていないようだ。どちらかと言うと、気がかりなのは黒髪のほうか。ミシェル様のようにぶった斬ってくるかもしれないからな。


二人が来たら気付けるように、入口付近に移動するか。


「ミシェル様、あちらで踊りませんか?」


「良いですけど…」


ダンスに集中しない私にご立腹のようだが致し方ない。


三曲も踊った所で注目の二人が入ってきた。

美しく着飾るもあどけなさが残るリリーに、前回見た時とさほど変わらない黒髪の男。


ふと男と目が合った。急いで目線を逸らす。しかし合ったのはミシェル様の方だった。


「あの男が以前言っていた〝好きになっちゃった〟男ですか…」


男を睨みつける。

対する男は、王子様に目を付けられたら堪らないので瞬時に目を離す。


ミシェル様が二人から離れるようにダンスをリードしてきた。見失ってしまう!

私はすかさずリードを握ろうとするが、ダンス慣れしている王子にあしらわれる。

普段ダンスを任せきりにしていたのが仇になってしまったか。


しかしナイスタイミングで曲が終わった。私は直ちに身を引き、ミシェル様をご令嬢の波へ投げ込む。


作戦成功。ミシェル様は渋々ご令嬢達とのダンスに臨む。順番待ちの人々が列を成している。


一方の私は人が少ないお菓子コーナーへ行き、お菓子を頬張りながらリリー達を探す。


それにしてもお菓子美味しいわね。どんどん手が進んでしまう。フィナンシェにマカロンにカップケーキ。どれをとっても一級品だ。

後でミシェル様に教えてあげよう。 


「失礼します」


「す、すみません」


どうやらお菓子に夢中で他の人が取るのを妨害してしまっていたらしい。


きまりが悪くなり俯いていた顔を上げると、思わず口を開けてしまった。


そこにいたのは黒髪の男……フィナンシェを堪能し、蕩けた顔をしている。

私は仰天しエビのように後退した。


「これとても美味しいですね」


「…そうですね」


流石攻略対象どんな女性でも話しかけに行くんだな。


「ロン様!ここにいらしたんですか」


「リリー、君もこのフィナンシェを食べてみなよ」


「もう!」


可愛いリリーの膨れっ面に目が行ってしまう。

二人の会話を盗み聞きしていると、イチャイチャ度が伝わってくる。




―――ッ!?


突如ガラスが割れる音と血が充満した。ガラスの破片が宙を舞う。灯りがなくなったことでシャンデリアが落下したことを悟る。


しかもそれは立て続けに起こっているようだ。各地で悲鳴が次々と上がる。



混乱の最中、私は酷く冷静だった。


暗闇に包まれる王城。プリシラが死ぬなら今しかない…


むしろ興奮している。



次の瞬間背後からの風を感じ取り、体を左に傾ける。見事私の居た所を腕が通った。


すかさずその腕を取り、床に叩きつけようと体重移動する。だが腕の先には厳つい針があり、それが突き刺さるのを察知し手を払う。

腕は意外にも軽かった。


暗黒で戦況が読めない状態だが、相手は攻撃に出てくる。

武器を取る暇が無いため、いなしつつ徒手で反撃に出ようとするも、膠着状態だ。


これは、周りを巻き込む可能性がある。


私は相手の足を引っ掛け牽制した後、窓へ向かって突進した。窓は簡単に割れ、ガラスの破片が大なり小なり襲ってくる。


痛てぇ!


全身に切り傷を負うもかまっている暇はない。


着地地点を花壇に定めた。私は花々を踏みしめ見事に着地した。


月明かりによって良好になった視界と頭で次の一手を考える。


スカートの中に入っていた愛刀を落とし、脚で蹴り上げ手に収めた。


さあ来い!プリシラは死なないぞ!


そして敵も窓から飛び出してきた。

出てきた人物は有り得なかった。いや、有り得ないと思い込んでいたのか…


美しい赤髪をたなびかせ、次なる一手が飛んでくる。広くなった戦場の元後ろへ回避しつつ愛刀で応戦するも、互いにダメージを負うことは無い。


「リリー!」


話しかけて動揺を誘おうとするが、更に過激な反撃が帰ってくるのみ。

唯一通ったダメージは私が舌を噛んだことぐらいか。


持久戦はジリ貧な気がする。一つ一つ斬撃を交えるごとにリリーは学習しており、私は新たな攻撃を模索しないといけない事態だ。


戦闘力以外の面、心理戦へと持ち込むべく会話を試みる。


「リリー!何でこんなことしてるの!」


言葉の隙で突いて急所への斬撃が通るかとも思われたが、私は軽いステップで躱した。


「私は死にたくないから…リリーを殺さないといけない」


「…お前が私に殺されるのが先」


容赦無い乱撃が飛んでくるも、先程よりも力任せだ。のけ反って避けつつ反撃の足技を弁慶の泣き所へ喰らわせる。


少し痛そうな表情が見えたものの、痛みに耐える訓練をしているのか手応えの割には体勢は崩れ無い。


「黒髪の男…ロンだっけ?はどうしたの?」


「…あいつは邪魔だったから殺した」



「――は?」


一瞬固まった所を素早く蹴り飛ばされ、反転した視界に湿っぽい泥がつく。

立ち上がり、間合いを広げ一旦形勢をリセットしようとする。


しかし倒れた隙を狙わなれないことはなく、真剣で真っ二つにされようとした。

当たるまいと本能的にしゃがむ。


―――あっぶな!

見事頭の数センチ上を通り、遅れた金髪が切られて舞う。


後手に回っていては形勢は相手有利になる一方で、全く勝機が見えない。

頭ではそう思っているのに、反撃の余地があるはずもない。


いつの間にか城の壁まで追い詰められてしまった。


「これで終わりよ」


渾身の一発を放ったリリー。

回避が不可能だと感じた私は、愛刀で受けようと右腕を軌道に合わせる。


凄まじい重圧。刀を伝って体が痺れ相手の力量を悟る。


「――ッ!」


手と共に愛刀が跳ね飛ばされた。


もう残された選択肢は、諦めて死ぬのみかと思われる。


だが、体が勝手に走り出していた。


背後から強烈な殺気を感じるに、リリーが鬼の形相で追いかけてきている。


何か飛んできて蛇行する。足元に矢が突き刺さった。次々と飛んでくる矢をあの手この手で回避しながら激走するも、リリーとの距離が開く事はない。


マズイ。マズイ。マズイ。


まさに猟師に追われる兎。一歩でも踏み間違えれば刺さる。


ドレスを貫通して矢が左足に突き刺さり激痛に襲われる。

歩みを遅めることは死を意味する――即ち我慢しろということだ。

しかし動く毎に苦痛は増す一方。


何とかしないと。怖い。死にたくない。助けて。いやだ。死ぬ?


かつて晴れていた思考は曇天に向かっていく。




ふと、あの魔獣に襲われた時のことを思い出した。

あの時の状況…今と似ている。そう考えたら大したことないと思えてきた。

リリーは得体のしれない魔獣なんかじゃなくて、人間なんだもの。


そしてあの時と同様に起死回生の一手を思いついた。


猛スピードで走っていた所で素早く体重移動し踵を返す。


咄嗟に急ブレーキをかけるリリーを視界に収めた。

矢を放つことに集中していたリリーは、長物を取り出すのに手間取る。

間に合わないと思ったのか矢を手に持ち、一振り――

それに合わせ私は回し蹴りをして箆を砕き、飛んできた拳を受ける。


応じて拳を突き出していく。


そして殴り合いの泥仕合へ突入した。


「なんでプリシラを殺そうとするの!プリシラだって一生懸命生きてるのに!」


そう、プリシラは最期までもがいて死んでゆく存在。


「それが使命だからよ。したくてやってるわけじゃない。こっちも生きるのに全力なの!」


そう、リリーはいつだって全力だ。攻略対象に全力で幸せを届ける為に。



「私は死なない!」


「去勢を張っても無駄よ!」


「そっちこそ!」


「私は私のすべきことをする!!」


渾身の一発が放たれる。

腕を組んでガードすると骨がミシミシと音を立てた。その威力は彼女の覚悟を表しているようだ。


「私も私のすべきことをする!」


私も体重を拳一点に乗せ渾身の一撃を放つ


「――ッ!?」


ガードが間に合わず蹌踉めくリリー。


拳と言葉を交えるうちに分かってしまった……リリーの本質は、普通のか弱い少女であることを。


私にとどめを刺すようで刺していない。どこか使命に抗っているような…



「私は私のしたいことをする!私のしたいことは生きること!あんたは何だ!!」


「わ、私は…」


一瞬動揺した所を躊躇なく突く。


「何だ!」



「…わ、私は、私も生きて……幸せになりたい!」


そう言いきったリリーは自分でも何を言ったのか分からない様子だ。



「お前は卑怯だ!……そしてミシェルから愛される幸せ者だ!私の気持ちを理解出来る筈が無い!」


「……分かるよ」


リリーは言わば乙女ゲームプレイヤーの具現体。元プレイヤーの私の気持ちを伴っている。


「皆に振り向いてもらう為に必死なんだ。どうしようもなく愛されたいんだ」


「知ったような口を叩くな!」


リリーの顔がこわばっていく。


「好きで好きで仕方ないんだ。心を満たす何かが足りないんだ」


私がそうだったから――




「黙れ!」




『あなたは一人じゃない。私が側にいるよ』




この世界は惨めで、リリーやプリシラ、登場人物らは美しくて

――ゲームで知り得ないほどに、とても深い。




『「君を愛すると誓うよ」』




あの時聞けなかったセリフを代弁した。































































私は暗黒の中、

一先ず身辺を探ってみるか。これが吉と出るか凶と出るか……

自然に会話に入るべく、二人の会話に聞き耳を立てる。


「美味しいけど、リリーが作ってくれるお菓子には勝てないな〜」

「もう、そうやってすぐ調子に乗らせようとしてくるんだから…」

「そう言っておきながら、作ってくれるんでしょう?」

傍目から見たらカップルの体が痒くなる会話。しかし男が本心で喋っている筈がない。視線はリリーに



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る