戦いを経て

気がつくと前にも見たシミだらけの汚い天井が見える。


状態を起こそうとすると激痛が走った。


そして右手に仄かな熱を感じる。柔らかいようだが豆だらけの手…。

ずっと握ってくれてたの?


「プリシラ様!」


ミシェル様は私の顔を見ると、息ができない程ぎゅっと抱きしめてきた。あの森で私が彼にしたように。


温かい、生きているんだ――


喜びと安心で涙が溢れる。


涙を拭おうと左手を引き寄せる。

…無い。ついこの間まで健在だったのに。


「皆さんプリシラ様が意識を取り戻しました」


ミシェル様が扉に向かって叫ぶ。


程なくしてお医者やお姉様やあの男など続々と登場した。


「プリシラぁ!」


真っ先にお姉様が飛びついてくる。豊富な胸で窒息しそうだ。


「プリシラ様は病人です。優しくしてください」


医者が注意したが、そんなのお構いなしにお姉様は私を揺らす。


「本当に、無事で良かったよぉう」


そう言いながら更にきつく抱きしめてきた。


「お姉様、分かりましたから、ひとまず手を緩めてください。苦しいです」


危なかった。窒息する所だった。


お姉様達は医者に追い出され診療が始まった。


念入りに体調を確認され、久しぶりの食事にもありつけた。

再診を取り付けると医者はそそくさと帰った。


改めて包帯だらけの体に向き合って、三途の川を渡りかけたことを感じた。



することもないので、横になり目を閉じる。何時間も寝ていたやつが寝れるはずもなく、ぼーっとしていると……ドアがゆっくりと開いて、天使が再び入ってきた。


「さっきは話し足りなかったので、お話してもよろしいですか?」


照れくさそうにするミシェル様も最高だ!


「勿論です!」


ベッドの横の椅子に座ってもらうと、フローラルないい香りがしてきた。思わず鼻の下が緩む。


「あの、まず最初に…ありがとうございました!」


「…顔を上げてください。魔獣を倒したのはミシェル様ではないですか」


「で、ですが、プリシラ様がいなかったら、そうはいかなかったと思います。本当にありがとうございました。そして、大怪我を負わせてしまって申し訳ありません」


そう言うミシェル様も包帯ぐるぐるまきではありませんか!


「大丈夫ですよ!生きているだけで十分です。私にとってミシェル様は命の恩人ですよ。こちらこそ助けていただき、ありがとうございました」


「…実は命の恩人は他にもいるんですよ」


「?」


「実は魔獣を倒した後、僕も体力の限界だったんです。そこで僕とプリシラ様を介抱し、騎士団本部へ送ってくれた方がいたんです」


ん?何か前世の記憶と繋がる気が…


「もしかしてその人はうんと可愛くて、赤毛で、目がぱっちりしてる女の子のでしたか!?」


「え、そうですけど…?それでお礼がした……」


赤いサラサラヘアーに、チャーミングなクリクリおめめが特徴のヒロイン【リリー】。まさかこんなところで出会いがあるとは…


あれは乙女ゲームのイベントだったのか。


森で魔獣に襲われそうになるリリーをミシェル様が助けるのだ。そして窮地に追い込まれる彼を見て、リリーの回復魔法が開花し状況を打開するのだ。


――てことはイベントを横取りしてしまった!?


リリーみたいに回復魔法使えないから超ハードモードだったわ!本当に死ぬかと思った!


「………ィシラ様!プリシラ様!聞いていますか?」


「は、はい!」


思わず返事をしてしまったが、聞いていた訳が無い。


「僕は逃げずに立ち向かうことに決めました。プリシラ様のおかげですよ」


きょとんとする私の手をしっかりと握りしめ、キラキラした眼を向けてくる。


「退院したら僕の姿を見に来てください。待っています。ではまた」


茹でダコみたいな顔になってしまった私を少し笑いながら、行ってしまった。




やっと退院した〜


結局一ヶ月も入院する羽目になった。全身骨折したんだからそりゃそうか。することもなく、本当に退屈だった。


退院した今でも怪我は完治した訳ではなく、松葉杖と包帯の病人スタイルだ。

あれからミシェル様が見舞いに来ることは無かった。ミシェルロスきつい…


それに頑張って耐えたのは、『僕の姿を見に来てください』という言葉を信じでいたから。

今日はその言葉の真意を確かめに行く。



いつもの場所に着くとそこには見違えるような姿があった。

真剣な眼差しで鍛錬に励んでおり、眩くて引き込まれる。

こちらに気づき、いつも通りの穏やかな微笑みを見せてくれた。そこは変わらないな。


それから私は見学という名の、ミシェル様を眺める会を行った。


中でも剣技は著しく上達し、見手を魅了する。



――終了!


普段と変わらない合図の元、騎士見習い達が死んだような目で散らばる。


私はミシェル様に駆け寄ろうと、木に立て掛けていた松葉杖を引き寄せる。


「ミシェ……」


「ミシェル・ルテリエ、話がある」


あの男からの予想外の言葉に遮られた。

ミシェル様は戸惑いつつも話を聞く体勢へと移る。


私は邪魔にならずに、会話が聞こえそうな所に身を隠した。


「ミシェル・ルテリエ。お前を騎士団員として正式に認める。今後も鍛錬に励め」


「…ありがとうございます!」


騎士団員?そうだ、私達は騎士見習いの身だった。

嬉しさ半分驚き半分で立ち尽くすミシェル様を横目に、只々感嘆した。


あの男が見えなくなったのを確認し、飛びつく。脚が不自由な私を難なく受け止めてくれた。


「おめでとうございます!」


「ありがとう」


喜びに涙ぐみ抱きしめ返してくれた。























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