暗闇に光るのは

普通の家庭だと、思う。怒鳴り散らかす父親と、泣き喚く母親と、その声に怯える子犬と、わたしと、普通の家庭だったと思う。まだ魔法が使えた。

中学を卒業した。両親は離婚した。子犬が死んだ。母は嘆き悲しんだ。特進クラスの高校に入った。下手に学年首位をとりまくって、クラスの子から僻まれた。不登校になった。毎日眠れなくなった。駅でも、電車でも、倒れた。うつ病になった。不登校になった。「彼女をナンバーワンにして学校のレベルを上げたい」と言った担任の言葉に激怒した母が、学校を辞めさせた。高卒認定をとった。いろんなところでアルバイトをした。でもうつ病も不眠も、薬に頼るしかなかった。

魔法が使えなくなった。

「れぅちゃんはこのままだとひとりぼっちだよ」

知ってる。いつか生きてる人間はみんなそうなる。反論も通用しないから諦めた。

気がつけば、魔法の使い方を忘れた。

そうして引きこもって、障害者年金と自立支援で生きている。

息をしてるだけで、なにもしてなくて、魔法も使えなくて、何度か死のうとしたけど無理だった。SNSで同じような人たちと傷の舐め合いをする日々が続いた。


(……気になるな)

SNSの相互が、いわゆる地下アイドルの現場に行って、ツーショットの写真を載せていた。

「9月○○日、空いてませんか?」

そんなメッセージが届いた。

「推しの動員が必要な日なんです!チケット代出すから来て!」

日にちは問題ない。秋葉原までの交通費と、ワンドリンク代がギリギリ支払えたから、行くことにした。

デビューお披露目ライブらしい。動員数がある程度集まらないと今後の活動に影響があるらしい。

「行きます」

人と会うのは何年振りだろう。しかもSNSの相手……魔法が使えるか、不安だった。


待ち合わせ場所に着いた。

「うららです。待ち合わせ場所につきました。」

久しぶりにメイクをしたり、カラコンをつけたり、人前に出ても恥ずかしくないようにして来た。ドキドキした。

「うららさん、ですか?」

メガネの大学生くらいの男の人が話しかけて来た。「はい……」「あーちゃもです!来てくれてありがとうございます!」待ち合わせ場所は間違っていなかった、他にも数人いた。「はじめまして、うららです」魔法を使うのは久しぶりで緊張する。

「先にチケット渡しますね!」アイドルの写真と、整理券番号の書かれた紙チケットを渡される。6人の女の子は、みんなかわいくて、これから見れるのかと現実味がなかった。

「会場に行きましょう!」

カラオケ店の上のホールで行われるらしい。緊張してまともに魔法が使えないが、頑張って彼らの背中についていった。


会場は満員と言ってもいいほど、人が溢れていた。

ドリンクを交換し、持って来たペンライトを右手に持つ。「何色がいいんですか?」「あーちゃもの推しのオレンジで!でも好きな色でいいですよ」比率としてはもちろん男性が多いが、カチカチとペンライトの色を確認して、開演を待った。


会場に響き始めた、登場のSEは、自傷をしているときに聴くイヤホンの音漏れより大きく感じた。各所からメンバーのコールや、拍手が鳴り響く。ステージは遠くて、メンバーの顔を見ることはできないけど、フロアが沸くたびに誰かが来たんだとわかった。

流れ星みたいに、曲のイントロが始まった。ファンたちのコールが始まる。(地下の現場って、こういうものなんだ)その呪文を唱えるには、まだ無知だった。

「はじめまして〜!わたしたち、choco-c-lockです!よろしくお願いします!」

ちょこくろっく、というらしい。メンバーの自己紹介が始まる。その度にメンバーの担当カラーにフロアが輝く。

虹みたいだな、なんて思いながら、やっとちらっと見えたメンバーの顔を合間から覗く。みんな可愛い、わたしには到底無理だ。

「ドリーミングパープル担当の、新月こころです!よろしくお願いします!」黒髪ツインテール、紫色のヘアドレスをつけた女の子の挨拶。他のメンバーより明らかに声は上がらなかったけれど、ステージの端から端まで動いて、目が合った、と思ってニコッと笑ってくれた。(もちろんこれは勘違いだろうけど)


「最後の曲です!たくさん盛り上がってね!」

リーダーの赤色担当の子の掛け声で、ファンたちも声を上げる。ますます会場が熱い。

そろそろ終わりか、という最後の落ちサビは、さっきの新月こころちゃんが歌った。涙声で、声を詰まらせながら。わたしは、その姿に落ちた。ペンライトを紫にして、必死にその姿を見つめた。


「うららさん、こころちゃん推しですか?」

「そうかも、知れません……」

招待特典のツーショット写真列が出来始める。

「こころちゃん、ここが最初のアイドル活動だから、応援してあげてください!」

あーちゃもさんはオレンジの子の列に並んで行った。


こころちゃんの列は、隅っこだった。最後尾の人から札をもらって、並んでみた。並んでみたはいいけど、どうしよう、魔法は使えないし。

「札もらいまーす」「っはい……」

新しく並んでくれる人がいてよかった。

他の列の子たちを見て、どう話してるとかどうコミュニケーション取ってるのかを観察した。でもあまりにもこころちゃんに近づく時間が早くて、何も思い浮かばなくて、魔法は使えないだろうしどうしよう、ばかり。

あと、3人……こころちゃんの白い肌やヘッドドレス、衣装を全身で見る距離まで来てしまった。前のファンの方の話し方を真似しよう、ジンジャエールで冷えた指先で、人、と書いて飲み込む。

「次の方〜」「ツーショで」

招待特典の撮影券を渡すようだ。パシャ!と光り、ウィーンと写真が出てくる。こころちゃんはファンの人とお話しして笑っている。(こんなん無理ゲーだよ)ああ終わった。と思ったら「次の方〜ツーショですか?」「は、はいっ!」

満面の笑みで、遮るものなく、こころちゃんが手を振ってくれた。「はじめまして〜」「は、はじめめして!」「緊張してるの?」コクリ、と頷いた。「ちょこくろの、ほっぺをむにゅ、ってするポーズにしよ!」「いきますよー、3,2,1」光った。ウィーンと出てくる写真。果たして上手くできたか。

「最後の曲、オレンジの集団の中で、紫振ってくれてたよね?」「っす……」「はじめて?」「はい……」「緊張してるね〜でもこころもアイドル始めるの今日が最初だから、緊張同士だよ!」なんでこんなに可愛い子が初めてのアイドルなんだろう。「宮城からね、アイドルになりたくて来たの、名前聞いていい?」「う、うららです」「うららちゃん!かわいい〜!同じ3文字の名前だ!」(こころちゃんが可愛すぎてどうしよう、魔法が使えてしまう)「お時間です〜」「また来てね!」「はい!」勢いよく応えたもんだから、こころちゃんも笑っていた。

久しぶりに、魔法が使えた。


まだ白みがかった写真に、うららちゃんへ!これからもよろしくね!と、紫のペンで書かれていた。お財布にしまって、帰りの電車で、速攻地下アイドル用のアカウントを作って、こころちゃんをフォローした。

帰りのお財布には、500円にも満たない小銭と、こころちゃんとのチェキが入っている。それだけで、満足だった。

あーちゃもさんにお礼のメッセージを送って、こころちゃんの自撮りにハートマークを押した。

こころちゃんが、わたしの魔法を使えるようにしてくれた。ずっと詰まってた言葉が、溢れて溢れて、SNSの下書きに保存した。


帰ったら、家にいた母に怒られた。

でも、その何倍も、今日あの場所に行けたこと、こころちゃんに会えたことが嬉しかった。

魔法がまだ使えるとは思わなかった。

夏の熱気と、いつのまにか暖まった指先で、チェキを見つめ返した。

時間が動き出した、気がした。

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れぅちゃんは魔法が使えない 羽川茉しろ @ma4log_

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