扇風機男

ぽんぽん丸

扇風機男

「あなたって扇風機みたいな人ね。さようなら」


彼女は玄関で靴を履いてから振り返り言った。朝だというのに嫌にはっきりした声でそう言った。遮光カーテンが作ってくれる暗いワンルームに彼女の涼しい声だけが聞こえた。


玄関のドアが開かれると陰気な部屋に強い日が差し込み長い髪の艶を際立たせた。玄関をくぐる後ろ髪の最後まで艷やかで、私は誘われて部屋を出ようかと思ったほどだった。


結局私はソファーから動かず彼女を見送った。


試しにカーテンを開けてみると狭いワンルームは隅々まで照らされた。すでに昼間に近づいていた。私は目を細めて少し日を浴びるともう十分な気がしてまた閉じた。


暗い部屋に落ち着きを取り戻してしまいまた睡魔に落ちることを恐れて大きく伸びをした。


テレビを付けると昼前の特にくだらないニュース番組が垂れ流された。


スマートフォンを確認すると余計な通知ばかりで彼女からの連絡はまだなかった。


朝弱くてごめんね

楽しかったよ


送信してから冷蔵庫を開けた。ほとんど食料はない。


グラタンにかけるための細切りのチーズを手に取った。苦渋の決断ではあるがその袋を逆さまにして口内に流し込む。賞味期限は見ないようにした。残り百グラムほどのチーズは苦みが強かった。


冷えたチーズの不快な噛み心地を堪能していると、冷蔵庫の上に置いたスマホが私を呼んだ。


私も楽しかったよ

今日も仕事なのに遅い時間までありがとう


彼女からの返事には可愛い絵文字がついていた。


気にせずまた来てね

元気に仕事いってきます


私はユニットバスの洗面台でうがいをした。チーズを食べる前にするべきだった。苦味は自分由来だったかもしれない。それから顔を洗って歯を磨く。


冷蔵庫の上に置きっぱなしのスマホを確認するが返事はなかった。


改札を通って駆け込み乗車をしているのかもしれない。私は服を着替えることにした。


彼女に会うための余所行きの服を脱いで仕事着に袖を通す。半袖のワイシャツ。ここまでするのならもうワイシャツでなくてもいいのではないだろうか。


ネクタイを巻いている頃にスマホが鳴った。ただの余計な通知だった。


スマホをポケットにしまうとサイフとキーケースを探した。ベッドボードに置いている日と玄関の靴箱の上の日がある。玄関の日だった。昨日の自分は彼女の前でかしこまったようだ。


選挙について話しているテレビの電源を切った。


私は革靴を履いた。スマホを見た。彼女からの返事はない。


ところで扇風機みたいって良いこと?


送信を押した。返事を待たずに私は仕事に向かった。

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扇風機男 ぽんぽん丸 @mukuponpon

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