第57話【閑話】天啓聖女、清廉聖騎士を切り捨てる

 ■(ラファエラ視点)■


 わたしの幼馴染、ヴィットーリオの話でもしましょうか。


 わたしとヴィットーリオはパラティヌス教国連合を構成するとある王国の片田舎で生まれ育った。街道から外れていたから全然栄えてなかったし、人口も少ない村だったわね。農業と畜産業で何とか稼いでいたっけ。


 そんな故郷だったけれど、わたしは同じ年代の友達には恵まれたわ。大人たちが言ってたけれど、こんなに同世代の子供が出来るのは久しぶりなんですってね。だとしたらわたしはこの出会いに感謝しなきゃいけないわ。


 ヴィットーリオ、グローリア、オリンピア、そしてわたしの四人はとても仲が良かったわね。遊ぶのも勉強するのも一緒だったし、両親の手伝いを他の三人と一緒じゃなかったのがとても寂しかったって覚えがあるわ。


「あたし、ヴィットーリオのお嫁さんになるー!」

「じゃああたしもー!」

「わたしもー! みんないっしょにしあわせになろうよー!」

「ええー!? 僕は三人も面倒は見きれないよぉ!」


 白状すると、わたしは三人の誰かがヴィットーリオと夫婦になるって信じて疑わなかった。もしヴィットーリオに選ばれなくてもずっと仲が良いままで、きっと笑顔が絶えない未来になるに違いない。そう思ってた。


 現実はそうじゃなかった。

 神様はわたし達に試練を課したんだ。


 聖パラティヌス教国を総本山にする教会の教えでは、いつか必ず新たな魔王が現れて人類圏は混沌に包まれる。だから来たるべき災厄に備えて新たな勇者と聖女を見つけ出さなければいけない。それが使命なのだから、とされている。


 で、聖女は誰にでもなれるわけじゃなく、素質ある子を探し出して修行させることで初めて聖女に至る。教会は一定の年齢に達した子供全てに聖女となる見込みがあるかの確認を義務付けている。


 わたし達も例外じゃなくその確認作業、教会が天啓の儀って呼ぶ重要な儀式に挑んだ。わたし達を含めて近くの町に近隣の村から結構な数の子供が集まった。次々と素質無しだと言い渡される中でもわたし達は雑談に明け暮れた。


 だって聖女の素質無しと言われるのが当たり前だもの。子供は参加者全員に配られる飴目当て。親は子供がこの儀式を受ける年齢になった成長を祝う。言わば行事と化していたから。


 今日帰ったら何しよう、とばかり考えてたわたしは、水晶玉に触れた途端に激痛に襲われた。まるで全身を引き裂かれていくようで叫んで悶えて助けを求めて。実際にお母さんに聞いたら本当に全身から血が吹き出てたらしいわ。


 ようやく痛みが収まったわたしの身体には、聖所の証である聖痕が刻まれていた。

 わたしは聖女としての使命を果たさなきゃいけなくなったんだ。


「ラファエラが聖女になるなら僕は聖騎士になるよ! 僕が剣になって盾になってラファエラを守るんだ!」


 そうヴィットーリオは言ってくれた。


「ならわたしは剣士になろっかな。剣の腕は男の子にも勝ってるもの」

「じゃああたしは弓使いになる! 結構遠くまで当たるようになったんだよ!」


 グローリアもオリンピアも力強く宣言してくれた。


「あ、ありがとう……。みんな、本当にありがとう……凄く嬉しいよ」


 三人ともわたしのためなんかに将来を決めてしまった。

 わたし達はもう普通の子供じゃいられなくなっちゃった。

 そんな申し訳無さより歓喜が勝り、わたしはとめどなく涙をこぼしたわ。


 わたしは教会で修行を積むようになり、やがて聖女候補者が集う教国学院に進学することになった。ヴィットーリオも聖騎士候補者として一緒にいれくれた。グローリアとオリンピアは冒険者として頭角を現していていった。


 学院を卒業したわたしは晴れて聖女の座についた。ヴィットーリオも聖騎士に任命されて、宣言通りわたしの騎士になってくれた。夢を叶えてくれた彼だけれど、これから先は長い聖女としての奉仕活動が待っている。始まってすらいないのよ。


「ヴィットーリオ。わたしは聖女としての使命を全うする。付いてきてくれる?」

「ああ、勿論さ。ラファエラには指一本触れさせないよ」


 それでもわたしにはヴィットーリオがいてくれる。

 だからどんな試練、困難が待ち受けていようと絶対に乗り越えられる。

 そしていずれ現れる魔王を退治した後はヴィットーリオと……。


 聖女としての職務を覚える毎日を送っていたところ、外回りをしていた友達のミカエラから魔王軍と遭遇したとの報告が入ってきた。これを受けて教会ではかねてから探していた勇者を見つけ出し、わたしと共に救済の旅に出るように命じてきた。


「やあ。ボクはドナテッロって言うんだ。よろしくな」


 顔合わせした勇者ドナテッロはどうも軽薄そうな印象が拭えなかった。確かに女の子には紳士的だし気配りが効いたし、男とはすぐ打ち解けるぐらい社交的。人誑しとでも言えば良いのかしらね、彼のことは。


 そんなドナテッロは勇者に選ばれただけあって実力は本物だった。剣を一振りすれば魔物を百体ぐらい薙ぎ倒すし、強力な魔物相手でも勇猛果敢に立ち向かうし。彼が前に出てくれるおかげでわたし達は安全な旅をすることが出来たわ。


 グローリアやオリンピアは勇者パーティーに欠かせない剣聖や弓聖として目覚めてくれたし、大国から派遣された賢聖コルネリアも加わったことでわたし達は百戦錬磨だった。わたしも聖女として本格的に覚醒して、聖典に記されるような大奇跡すら行使出来るようになった。


「ありがとうございます、勇者様! 聖女様!」

「剣聖様も弓聖様もとても素晴らしかったです!」

「賢聖様や聖騎士様もお疲れ様でした。どうか皆様に神のご加護があらんことを」


 行く先々でわたし達は魔物を倒し、不安を払い、人々を救っていった。みんなわたし達に感謝した。わたし達が使命を果たすほどにその声は高まっていき、期待と希望を一身に背負って魔王軍に立ち向かっていった。


 邪神軍と呼ばれる軍勢は邪神一体一体が魔王軍の将を担えるほど強力で、とても熾烈な戦いになった。それでもわたし達はみんなで一致団結して脅威に挑んでいく……筈だった。そう、筈だったのよ。


「あたし、どうも彼を好きになっちゃったみたい」


 オリンピア達が勇者を好きになったのは仕方がない。このところヴィットーリオが皆についていけなくなって情けない姿を晒す中でドナテッロの頼もしさが目立つ一方なんだもの。それでいてドナテッロはヴィットーリオを励まして頑張っていこう、と明るく声を上げた。そんな心遣いもまた心惹かれる要因なんでしょう。


 それで、お互いを求めたくなるのも自然の成り行きで、一線を越えたいと願うオリンピア達をドナテッロは受け止めた。オリンピア曰く、ドナテッロに包容されると自分の全てを包みこまれる気持ちになるらしい。


「ちょっとヴィットーリオ! アンタのせいでもう少しのところでコルネリアがやられちゃってたところなのよ!」

「すまない。俺のせいで危険に晒した」

「ごめんで済むなら勇者も聖女も要らないわよ! 聖騎士の自覚はあるの!?」

「まあまあ。ヴィットーリオだって頑張ってるんだ。不調な時ぐらい誰にだってあるだろ? ラファエラもそう目くじら立てるなって。可愛いのが台無しだよ」

「なっ……! 調子いいこと言ってくれちゃって……」


 ただ、ヴィットーリオの不甲斐なさが目につくようになると段々とそれに苛立つようになってきた。あんなにも頼りになったのに、あんなにも仲良しだったのに。段々と失望が芽生えてきて、次第にそれは怒りと憎しみに転化されていった。


 これ以上わたしに貴方を嫌いにさせないでよ――!


 ドナテッロに抱かれたのは彼なら自分を任せられるのもあったけれど、ヴィットーリオへの当てつけでもあった。これで発奮しないならそれまでの男だし、挫折するならわたし達の道はもう別れたも同然だ。


 なのにこの男は図々しくも勇者パーティーに残ると決断してきた。勇者と聖女に縋り付く力なき騎士の姿はなんて醜いのかしら。もうこんな無様な男をこれ以上目に入れたくない。そんな衝動に駆られたわたしは、密かに最悪な計画を立て始めた。


 邪神軍との決戦の際、ヴィットーリオは予想通り生命をも燃やして闘気を解き放ち、邪神の一体を倒してみせた。けれど、そんな捨て身の一撃に全てを出し尽くしてこの先どうするつもりだったのかしら? それとも今まで足を引っ張ってきた贖罪のつもりだったりするの?


 もういい。貴方はわたしの騎士だもの。

 このわたしの手で引導を渡してやるわ。


「じゃあね。アンタはもう私の人生には要らないわ」


 光刃の奇跡セイクリッドエッジで背中を引き裂いた後、光刃の奇跡シャイニングアローレイでヴィットーリオの首を切断してやった。ヴィットーリオの頭が間抜けた表情のままで地面に転がり落ちる。


 ドナテッロがわたしを非難してくる。コルネリアが抗議の眼差しを送ってくる。逆にオリンピアは「ざまぁみろ!」と吐き捨て、グローリアも「邪魔者に退場してもらうのは当然よね」と冷淡に突き放す。


 当事者のわたしは晴れ晴れとした気分だった。

 これでわたしは障害無く聖女としての使命を全うできる。勇者と共に。

 さあ、今日の夜も勝利を祝ってドナテッロと絆を確かめ合おうじゃないの。


 ……。

 ……どうして。

 どうしてこうなっちゃったんだろう?


 聖女にならなきゃ良かった。

 あのまま狭い世界で終わったままの方が幸せだった。

 そうしたらわたしもグローリアもオリンピアも、ヴィットーリオだって笑顔のままでいられたのに。


 気がついたらもう取り返しがつかなくなっちゃってた。

 ヴィットーリオが憎くてたまらない。目の前にいたら首を締めたくなる。

 ドナテッロを愛している。目の前にいたら首に腕を回したくなる。

 この気持ちがわたしの普通になってて、昔がはるか遠くに感じちゃう。


 わたし、何を間違えちゃったのかな?

 教えてよ、ねえ。ヴィットーリオ。

 迷ってしまったわたしを……助けて。

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2024年9月20日 17:00
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新人聖騎士、新米聖女と救済の旅に出る~聖女の正体が魔王だなんて聞いてない~ 福留しゅん @SFukutome

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