第三章・幻獣魔王

第56話【閑話】冥法魔王、聖女魔王に内緒で画策する

 ■(ルシエラ視点)■


 あたしの最高のお姉ちゃんの話をしましょうか。


 人間共はあたし達をまとめて魔の者とか闇の住人とか呼んでるけれど、人類が人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、その他少数種族に分けられるように、その種族は千差万別なの。その中でも頂点に君臨するのが純粋なる魔、闇である悪魔なのよ。


 悪魔は人間以上に階級社会でね。爵位が上の奴が死ねって言えば下の連中はすぐに死ななきゃいけないぐらいに絶対なの。逆らった瞬間に首が胴体から離れてるのは序の口、次の日には親族が丸ごとこの世から消し去られるでしょうね。


 その代わり、上位者には責任が付きまとうの。模範として厳格でいなきゃ駄目だし、そして君臨者に相応しい力を持ってないといけないの。財力、権力、暴力、あらゆる力を兼ね備えて、存在を見せつけ続けないと駄目ってわけね。


 そんな悪魔社会における最高位、悪魔大公の娘としてあたしは生まれたわ。


 悪魔大公とは全ての悪魔を統べる存在。家の歴史はとても古くて、人類の中でも長命種らしいエルフの歴史よりはるか昔から続いているの。長い歴史の間に他の家が凋落したり新しく成り上がったりする中で、ずっとその位を保ち続けた由緒正しい家柄なのよ。


 そんなあたしは神に祝福された存在だった。

 だって、選ばれた魔王の証である魔王刻印を持って生まれたんだもの。


 悪魔大公はそりゃあもう喜んだわ。あたしを生んだ悪魔公后も感涙したそうよ。大公家どころか悪魔から魔王が誕生することもそんなに多くない中で、久しぶりに大公家から魔王が誕生することをね。


 正直言っちゃうとあたしはとっても可愛がられたわ。親の愛も使用人達の敬いも悪魔達からの忠誠も一身に受けたっけね。あたしが欲しいものは何でも与えられたし、あたしが気に入らなかったらすぐにでも排除してくれたわ。まさに至り尽くせリだったし、それが当然なんだと受け入れていたわ。


 刻印持ちの恩恵なのか、あたしに出来ないことは無かったわ。あらゆる魔法が呼吸をするように自然に使えたし、魔力の量も幼少の頃にはもう爵位持ちの悪魔を超えていたわ。全知全能、と言い切ってしまって良かったぐらいかもね。


 そんなあたしが傲慢にならず、増長もしなかったのは、全部お姉ちゃんのおかげ。

 お姉ちゃんがいたからこそ今のあたしがいるし、お姉ちゃんを与えてくれたことは唯一神に感謝してることよ。


 お姉ちゃんとあたしとはそんなに年が離れてない。というのも、お姉ちゃんはあたしとは逆に全く愛されていなかった。悪魔大公からは目障りだと言われて遠ざけられてたし、使用人共も侮るし、他の悪魔共は恥だと嘲笑うし。


 だって、お姉ちゃんは何もかも全く才能が無かったんだもの。


 悪魔には誰にでも得意分野があって、どんな些細なことでもそれに限っては上位の悪魔にも引けを取らない腕前になるものだそうね。爵位が絶対なのも高位の悪魔はこの才能からして下級悪魔を遥かに凌いでるのが普通だからよ。才能の質を保つために高位の家同士が政略結婚を……って細かい話はきりがないから止めておきましょう。


 才能無し。神に愛されなかった哀れな子。生まれたこと自体が罪。

 お姉ちゃんは散々に言われて、誰にも望まれずに過ごしていたわ。

 けれど……それは悪魔共の目が節穴だっただけだ、とあたしは断言するわ。


 お姉ちゃんは努力の人だった。他の悪魔が一だけで習得することを十かけてでも自分のものにする。十で足らなかったら百、百でも無理なら千をかけて必ず己の血肉にする。笑われようが罵られようが構わず、諦めずに取り組み続けたんだ。


 大切に育てられたあたしと蔑ろにされてたお姉ちゃんの最初の出会いは偶然だった。お屋敷のとっても広い敷地内で散歩してたあたしは遠く離れた場所の小屋でひっそりと住むお姉ちゃんを偶然発見したんだ。


「初めまして。余がルシエラのお姉ちゃんですよ!」


 ひと目見た瞬間に分かった、この人があたしのお姉ちゃんなんだ、って。


 悪魔大公はお姉ちゃんを軟禁こそしても衣食住は与えてたし、お姉ちゃんが望む教材は支給されてた。それは多分娘を少しは愛してた、なんて美談じゃなくて、単にいずれは食べちゃう家畜に芸を教え込むような感覚だったんでしょう。


 それからあたしはお姉ちゃんと窓越しで頻繁に会うようになった。お姉ちゃんが必死に勉強するのは悪魔大公を見返してやろうとか愛されるあたしに嫉妬したから、とかじゃなかった。というか家族のことなんてあたしに会うまで本当にどうでも良かったみたいね。


「え、だって分からないことがあるって気持ち悪くないですか?」


 知識欲。それこそがお姉ちゃんの原動力だった。

 そして他の人が出来ることなら自分でも出来る筈、と信じて疑ってなかった。

 事実、あたしがたまに見せびらかせた大魔法も時を置いて習得出来たほどだった。


 さて、そんな風に育ったあたしは全悪魔が通わなきゃいけない教育機関、通称大図書館に行くことになった。さすがのお姉ちゃんも例外ではなかったのだけれど、大公家の娘ということは隠されての通学だった。


 大図書館では多くの知り合いが出来たわ。けれどどいつもこいつも私が大公家の娘、次期魔王候補筆頭って肩書きばっかで擦り寄ってくるものだから、本当にうんざりだったわ。同年代の友達、と呼べる存在にはついに出会えなかったわね。


 一方のお姉ちゃん、自分の欲求を満たすために周りの目を気にせずひっそりと勉強に勤しむ……と思ってたのに、あろうことかあのバカ令嬢がお姉ちゃんに目をつけちゃってさ。事あるごとにお姉ちゃんに突っかかるようになったわ。おかげでお姉ちゃんは大図書館ですっごく目立つようになっちゃったっけ。


「まあ、公爵令嬢ともあろうお方がどうしてあんな下賤な輩と……」

「あのドブネズミも己の分際をわきまえないで、ああ厚かましい。」

「ルシエラ様。あの輩を懲らしめてまいりましょうか?」

「放っておきなさい。些事なんていちいち気にしないの」


 お姉ちゃんは自由だった。血統にも運命にも周囲の目にも惑わされずに突き進み続けた。そんな純真さがとてもまぶしくて、羨ましくて、嫉妬して。どうしてお姉ちゃんはいつもあんなに楽しそうなんだ、笑っていられるんだ、自身満々なんだ。


 あたしは魔王にならなければならないのに――!


 許せない。屈服させてやる。絶望させてやる。お前は無能で無価値なのだと。

 そして誰からも必要とされないお姉ちゃんをあたしだけが愛でるのだ。

 お姉ちゃんに無駄な知識なんて要らない。全部取り上げてあたしだけにしてやる。


 お姉ちゃんにはあたしだけが存在していればいい。

 魔王になる意義が初めて生まれ、あたしは歓喜した。


 でも、そんなあたしの思惑もお姉ちゃんは軽々と超えてきたわ。


 先代の魔王が亡くなって久しく、何周忌かになったので魔王継承の儀を執り行うことになった。そこでは全ての魔の者、闇の住人が参加する権利を持つ。ここで己の力を示して、新たに全ての頂点、王として君臨することになるの。それは刻印持ちがいようと関係ない、唯一完璧に平等な行事なの。


 当然ながら誰もがあたしが全てを凌ぐと思ってたわ。あたしすらそうなって当たり前で、その後の事ばかり考えてたぐらいだもの。きっと予定調和の通過儀礼ぐらいの気分だったんでしょうね。


「ルシエラ。余は貴女を超えて、運命は超えられることを証明してみせましょう」


 だから最後にお姉ちゃんがあたしの前に立ちはだかって、


「火、氷、雷、三属性合成。ミックスデルタ!」

「火、水、雷、三属性合成。デルタストーム!」


 お姉ちゃんとあたしが死闘を演じ、


「どうしてお姉ちゃんが聖女の奇跡を使えるのよ……!」

「余はルシエラの自慢のお姉ちゃんですからね! 奇跡も魔法も使えなくてどうするんですか!」

「は、はは……。やっぱお姉ちゃんは凄いや」

「シャイニングアローレイ!」


 お姉ちゃんがあたしを倒したのは完全に番狂わせだった。

 けれど、光の刃に斬られたあたしはとっても嬉しかった。

 だって、あたしに全力でぶつかってくれたお姉ちゃんはこの時だけはあたしを見てくれていたもの。


 でも、これからは自由に羽ばたいていってね。

 大好きだよ、お姉ちゃん。

 たまにあたしを思い返してくれたら嬉しいかな。


 こうして魔王となるべく生を受けたあたし、ルシエラの短い人生が終わった。


 ■■■


 お姉ちゃんが大公令嬢ルシエラを倒した瞬間、あたしは目覚めたわ。

 お姉ちゃんだったらひょっとしたら、と思ってかけてた保険が発動したわけね。


 大図書館に通ってた頃から次の魔王軍で主力を担うだろう有力者達があたしに接触してきたわ。次の魔王はあたしで間違いなし、他の有象無象の輩など取るに足らない、などと言ってきたわね。


 そのうちの一人、冥法軍長にあたしは目をつけたのよ。


 密かに奴一人をおびき寄せて、あたしに忠誠を誓わせ、ある密約をしたわ。冥法軍は死を超越したアンデッドで構成された軍。もしあたしが誰かに敗れても冥法軍長のリッチキングが復活魔法レイズデッドであたしを蘇らせるようにね。


 しかし、この密約には裏があった。冥法軍長の奴はそれに気づかないまままんまとあたしに騙されてくれた。

 そう、レイズデッドするまでもない。

 あたしは冥法軍長の存在そのものを乗っ取ってこの世にしがみつけばいいのだから。


「ごちそうさま。貴方もわたしに糧になったんだから、さぞ嬉しいわよねぇ」


 大公令嬢としてのあたしが死んだ瞬間、冥法軍長の魂はあたしの魂が喰らい尽くしてやった。そして乗っ取った器の方はあたしのものとして相応しく作り変えた。ま、他の連中にバレたら厄介だから、しばらくは冥法軍長と同じように姿を覆い隠してないといけないけれどね。


 あたしを超えて魔王となったお姉ちゃん。

 もうあたしだけのものにするだなんておこがましいことは言わない。

 これからはあたしのすべてを掛けてお姉ちゃんにつくそうじゃないか。


 ところが、魔王に至ったお姉ちゃんを認められない輩が予想以上に多かった。あたしの父である悪魔大公もその一人。悪魔公后と共にあたしを殺したお姉ちゃんを恨み、憎しみ、呪った。そんな彼らにお姉ちゃんは無慈悲に言い放った。


「貴方達、誰でしたっけ?」


 お姉ちゃんは事務的に造反者達を粛清していった。分が悪いと悟った造反者共は正統派を名乗って離脱、人類圏に攻め入った。魔王軍は残った正統派残党の掃討と残務処理に専念してしばらく沈黙を保ったままでしょうね。


 そんなお姉ちゃん、なんとあたしを蘇らせるために聖女になるだなんて言い出したわ。他の軍長は必死に説得したんだけど、バカ令嬢とあたしが完全論破してやったわよ。家族を想う心を大事にしてやれ、とね。


 だからって魔王派のグリセルダとかディアマンテに任せてても暴走する正統派連中を鎮圧出来るとは思えないし、何よりこのあたし自身が連中のことを絶対に許せなかった。お姉ちゃんを認めない奴はこの世に生きる資格なんて無いもの。


「よってこのあたし、冥法軍長ルシエラは今日をもって粛清派を結成するわ」


 だから、あたし自らが動くことにした。

 ゴミどもを掃除して、今度こそあたしはお姉ちゃんの本当の家族になるんだ。

 そして失われた時間を絶対に取り戻してみせる。


「いいですわよ。このわたくしが手を貸して差し上げましょう」


 バカ令嬢こと悪魔軍長フランチェスカが高らかに賛同した。


「分かった! 一緒に頑張りましょうね!」


 邪神軍長アンラ・マンユが意気込んだ。


「あらあら。家族愛、とっても素敵ね。神のご加護があらんことを」


 魔影軍長ガブリエッラが神に祈りを捧げた。


 さあ、見ていなさい。運命なんてくそくらえよ。

 あたしだって好きなように生きてみせるんだから!

 そう、わたしの尊敬する大好きなお姉ちゃんみたいに――!

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