第55話【閑話】死霊聖騎士、悪魔大公を討伐する

「あたし達の活動方針は魔王軍の脅威から人類を救うことよ。その上で余裕が出来たら各地の異変を解決していく。いわばガブリエッラの奉仕活動に沿った形ね」

「じゃあ名目上ルシエラ達は聖女ガブリエッラ様とそのご一行なのか」

「そ。聖女の肩書き持ちがいるだけで市民の信頼度が全然違うからね。ちょっと強引に加わってもらったわ」

「私としてもルシエラとは同じ方針だったので勧誘は好都合でしたね」


 謎の少女ルシエラによってデスナイトとして蘇ったヴィットーリオは、改めてルシエラ一行の目的を説明される。ヴィットーリオはラファエラとミカエラの中間辺りの行動理念だと解釈したそうな。


 ルシエラはこの時に現在人類圏に手を伸ばす魔王軍がいかなる軍団かをヴィットーリオに説明した。何故教会すら全容を把握していない情報を知っているのか、ヴィットーリオが理由を教えられるのはこの時よりだいぶ後になる。


「うち、妖魔軍は聖地に潜伏中、聖女ミカエラとそのご一行に打ち取れたわ。その後聖女ミカエラはエルフの大森林に進路を定めたみたいだから、邪精霊軍も任せちゃっていいわね」

「あらあら、ミカエラちゃんったら頑張り屋さんなのね。自分が見い出した騎士に良い所見せたいのかしら?」


 この時、ヴィットーリオは初めて俺とミカエラが何を果たしたのかを耳に入れたらしい。本当は魔王イレーネが弱いものいじめしただけなんだが、教会は聖女ミカエラが勇者イレーネと共に脅威を退けた、と宣伝したため、こう伝わったようだ。


「邪神軍は勇者一行が倒しちゃったから、あの人達には魔影軍を任せちゃおっか。多分大丈夫だよね」

「そうなるとわたくし共が討ち果たすべきは魔獣軍か悪魔軍ですわね。やはり悪魔軍を成敗するべきかと進言いたしますわ」


 悪魔軍。人類史を紐解くと、悪魔の軍勢は魔王軍の中で最も強力な軍勢だった。攻め滅ぼされた国は多く、特に軍長とその側近を務める悪魔貴族は脅威そのもの。人類でも選りすぐりの強者が結集しても全滅することの方が多かったほどだ。


 この時に人類圏を攻めている魔王軍の中でも最も苛烈な攻めを見せており、既に何カ国かが抵抗虚しく滅んでしまっている。周辺の強国は侵略されまいと守りを固めるのが精一杯で、力なき小国は蹂躙されるがままだった。


「決まりね。じゃあ悪魔軍を粛清しに行きましょう」


 この時、ヴィットーリオはわずかに違和感を覚えた。これから率先して死地に向かおうとしているのに誰一人として恐れる様子が無かったからだ。それどころか年末大掃除に着手する直前のような気だるさすら見られたとのことだから、相当だろう。


 だが、ルシエラ達は決して悪魔軍を軽く見ていたわけではなかった。それどころか己と敵とを冷静に分析し、脅威ではないと位置づけていたのだ。それが判明するのは実際に悪魔軍の悪魔貴族と対峙してからになる。


 ■■■


 道中で様々な異変を解決しながら、ルシエラ一行はいよいと悪魔軍と対峙した。


 ガブリエッラが周辺国家を説得し回ることで人類連合軍が結成され、悪魔軍と全面的に衝突することになった。悪魔軍を食い止めている間にルシエラ一行が悪魔貴族を仕留める、という算段になった。


 問題は己の配下に侵略を任せて表に出てこない悪魔貴族をどうやって戦場に引っ張り出すか、だったが、それはアンラが「任せて頂戴!」と豪語して強引に議論を終わらせた。ヴィットーリオは些か心配だったが、それは完全に杞憂だった。


「幻獣召喚! 来て、アジ・ダハーガ!」


 決戦当日、アンラが召喚したのは人類圏でも多くの地域で語り継がれる暴力の権化、ドラゴンだった。ドラゴンと一口に言ってもサラマンダーのような蜥蜴からワイバーンのような亜竜、レッドドラゴンのような純正竜まで様々いるが、アンラのドラゴンは最上位に近いダースドラゴンと呼ばれる種だった。


 アンラの相棒に乗ったルシエラ一行は空を飛翔し、迫りくる悪魔軍をくぐり抜けていく。勿論悪魔の群れはルシエラ達に襲いかかってきたが、ルシエラ達は敵の軍勢を全く寄せ付けなかった。


「サンダーストーム」

「エヴォルレイ・ストリーム!」

「爆破式波動弾。派手に散りなさい」


 ルシエラの雷撃魔法は次々とバルログの群れを撃ち落とす。アンラの放つ光波熱線がガーゴイルの部隊を撃破する。フランチェスカが発生させた爆発がイービルアイを消し炭にする。もはやこの遠距離攻撃を続けただけで敵軍を退けられそうなほどの勢いだった。


 そして、ルシエラ達はアジ・ダハーガから飛び降り、敵軍本陣の中心に着地。そして優雅に……というより呑気に構えていた悪魔貴族のご一行と対峙する。


 人類を矮小な存在だと決めつけている悪魔貴族共は本陣まで切り込まれたこと自体がとても気に入らなく、あからさまに不愉快だとの態度を示す。

 一方のルシエラ一行、御託はいいからさっさとかかってこいと余裕綽々な様子を崩さない。しかも悪魔貴族を一対一で対応するとまで言い出す始末だった。


 さて、ここからはヴィットーリオも直には見ていないので、俺の想像も混ざっていることは記しておこう。


 アンラが対峙した悪魔侯爵は腕っぷしに自信がある奴だったらしく、巨大な斧を出現させてアンラを叩き潰そうと振り下ろす。ところがアンラ、それを事も無さげに片手で受け止めてみせた。


「なーんだ。腕自慢だって聞いてたから少し期待してたけど、全然じゃん。これならうちのタロマティの方がマシなんだけど」

「何!? まさか、貴様……!」

「はい、お喋り時間は終了ー。じゃ、さっさと退場してね」


 アンラは掴んだ斧を振って逆に悪魔侯爵を上空へと飛ばした。それを追って跳躍したアンラは悪魔侯爵の関節を決めて身動きを取れなくする。飛べないように翼も掴む徹底ぶりで、二人はそのまま地面へと急落下した。


「ギガンティックドライバー!」


 悪魔侯爵は頭部の裏、首、肩を地面に激突させて即死。アンラに軍配が上がった。


 ガブリエッラと対峙した悪魔辺境伯は炎の腕前に自信があったらしく、火炎魔法を駆使してきた。ただし事ある度にいかに自分が偉大で人間が取るに足らないかを喋り倒すので、ガブリエッラはやがて笑顔を消した。


「うるさいわね……少し黙ったらどう?」


 突然、悪魔辺境伯の動きが止まった。指一本動かす事も、呼吸をすることも、魔法を発動させることすら出来ない。何が起きたのかと血眼で原因を探り、一つ異常を見つけた。見つけてしまった。ガブリエッラの影が自分へと伸びていることに。


 何故聖女が暗黒の力を使ってくる? それも悪魔貴族たる自分が身動き取れないほどの強力な技をどうして人間の聖女が? そして悪魔辺境伯は一つの可能性に思い当たり、この戦いになった時点で自分の命運が尽きていたことを悟った。


「魔影傀儡縛。本当、悪魔は単細胞で馬鹿ね。こんな簡単な手にすぐ引っかかる」

「……! ……!!」

「束縛を強めれば、ほら。魔力の循環も心臓の鼓動も止まってしまう。命が尽きるまでの短い間をせいぜい楽しみなさい」

「……!? ……」


 悪魔辺境伯は悪魔軍長を自称する正統派首魁を恨みながら息絶えた。口車に乗らずに大人しく新たな魔王に従っていればよかったのだ、と後悔して。


 フランチェスカは悪魔公爵と対峙した。悪魔公爵は天変地異とも思われるほどの強大な魔法を発動させて早々に取るに足らない虫けらを消し飛ばそうとしたが、煙の中から出てきたのは傷どころかドレスに綻び一つすら無いフランチェスカだった。


 悪魔公爵は次々と極大魔法を発動させる。一つ一つが人間の都市を壊滅させるほどの威力を持つが、フランチェスカには一切届かない。むしろ退屈だと言いたげに扇を仰いであくびを噛み締めていた。


「何なのですかその埃を巻き上げるだけで全く優雅じゃない攻撃は。こんなんだから貴方は情勢を見誤って魔王軍を追放されたのですわ」

「何だと!? 貴様、言わせておけば……!」

「これ以上悪魔公爵を名乗る者が醜態を晒すのは見るに耐えないので、このわたくし自らが粛清して差し上げますわ!」


 フランチェスカに魔法が届かなかったのは空間を歪曲させて迫る攻撃を全く別の位相にずらしてしまう歪曲式波動壁という技の効果らしい。そしてフランチェスカが指をくいっと上げただけで悪魔公爵を上空に打ち上げたのは噴出式波動砲という技だそうだ。


 悪魔公爵、ここでようやくフランチェスカの正体に気づく。自分が全く歯が立たない波動の使い手など一人しか考えられなかった。そして、その者に歯向かった自分がいかに愚かだったかを悔やんだが、もはや手遅れだった。


「お、お許しください! 私めでしたら必ずは貴女様のお役に立てますから――!」

「はっ、役立たずの小物悪魔など必要ありませんわ。死になさい!」


 フランチェスカが放ったのは全てを消し飛ばす放射式波動砲という技。波動の奔流に飲み込まれた悪魔公爵は絶望と後悔に支配されながらこの世から姿を消すことになった。


 正統派悪魔軍長たる悪魔大公と対峙したのはヴィットーリオとルシエラだったが、ルシエラからは一切直接攻撃はしなかった。せいぜい悪魔大公の攻撃を妨害するぐらいで、攻めは専らヴィットーリオに任せっきりだった。


 ヴィットーリオは自分が生前より格段に強くなっていることに驚いた。身体能力は勿論のこと反応速度も桁違いで、自分の理想通りに動けるようになった。前なら昏倒していただろう一撃も正面から難なく受け止められ、切り替えせた。


「さすがねヴィットーリオ。元からあれだけ出来る子だったけれど、デスナイトになって潜在能力が覚醒したのかしら?」

「凄い凄い! あの偉そうだったおじさんと互角に戦えてる!」

「やりますわね。ルシエラが目をつけたのもうなづけますわ」


 早々に悪魔貴族に勝ったガブリエッラ達は観戦を決め込む。取るに足らない人間風情を押しきれない事実に悪魔大公は怒り心頭だが、他の面々が早々に敗れたことで屈辱を味わい、大悪魔たる誇りを傷つけられる。


「おのれぇぇ! こうなれば貴様らまとめて消し飛ばしてくれるわ!」

「そんなこと、させない!」


 ヴィットーリオは闘気術と同じ要領で暗黒闘気術を発動、大技発動の予備動作に移った悪魔大公の腹部へ斬りかかった。避けきれずに胸元と顔に傷を付けられる悪魔大公は、己の血が滴り落ちるのを指で拭い、怒りに支配された。


 しかし、冷静さを失ったことでかえって悪魔大公はヴィットーリオに付け入る隙を与えてしまった。元々ヴィットーリオの長所はその目の良さと状況の見極め、そして切り替えの早さにある。感情的に動く輩など彼の敵ではない。


「みんな! 俺に力を貸してくれ!」

「いいわよ! 受け取りなさい!」

「あらあら。ついにあの大技を見せてくれるのね」

「へえ! 面白そうなことしてるじゃん!」

「いいですわよ! 貴方の決め技、とくと見せていただきましょう!」


 ヴィットーリオの剣にパーティーメンバーからの想いが集っていく。これこそ彼が習得する最も強力な技で、しかし最も使い勝手の悪い技だ。何せ味方の思いを結集させないと発動出来ない上に溜めの時間が長くて、完全にロマン技だからな。


「ブレイブブレードぉっ!」

「ば、馬鹿なあぁぁぁっっ!!」


 しかし、人間相手に不利になって動揺する悪魔大公相手には充分すぎた。ヴィットーリオの剣から放たれた極光の斬撃は悪魔大公の身体を抜け、彼を真っ二つに斬り裂いたのだった。


 ここに新たな伝説が生まれた。

 聖女ガブリエッラとその一行は悪魔軍を撃退し、悪魔貴族達を討伐したのだ。

 ヴィットーリオの名も歴史に刻まれることになる。偉大なる騎士として。


 ……不思議なことに、ルシエラの名は一切記録に残っていない。




【後書き】

これで第二章・焦熱魔王編は終了になります。

引き続き第三章・幻獣魔王編をよろしくお願いします。

ちなみにここでちょうど折り返しポイントです。

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