たたみ小僧
ゆかり
ほんとうに怖いのは
子供の頃、僕は畳の妖怪に遭遇した。畳の妖怪は僕が勝手に付けた名前だ。
検索すると畳を叩いて音を出す畳叩きというのはあるが、僕の見たモノとは違う。
今カノの
怖くないのかと尋ねると
「怖い訳ないじゃん。可愛いじゃん」
と言う。
「畳の縁に引っ掛けて剝がれた爪を拾って、畳に飛んだ血を舐めて行くんだよ。そんなものが畳のどこかに棲んでいるんだよ」
僕は一生懸命、その怖さを説明するが浅緋には伝わらない。それどころか何が何でも見たい、会いたいと言う。
結局、両親の旅行中を狙って(両親が居ると結婚するのかとかいろいろ煩い)二人で僕の実家を訪れた。
「さあ、早く爪剝がしてよ」
浅緋の言葉に僕は驚愕した。口は悪いが優しい女性だと思っていたのは幻想だったのか。
「ほら、早く!」
そう言って無理やり僕の足を掴むと、つま先を畳に引っ掛けて爪を剝がそうとしてくる。もはや、畳の妖怪より怖い。
「ちょ、やめて。嫌だよ。痛いし」
そう言って抵抗を試みる。浅緋の手から足を離そうとした拍子に彼女の手の爪が畳に引っかかって剥がれて飛んだ。
「痛ったぁぁ!」
そう叫んで僕を睨みつける。鬼の形相だ。恐ろしい。
と、その時。
畳の妖怪が現れた。剥がれた浅緋の爪を拾ってキョロキョロしている。血を舐めようと血の跡を捜しているのだ。だが、血は飛び散っていない。剥がれたのは浅緋のつけ爪。一瞬の痛みはあったようだが血は出ていない。
畳の妖怪は怪訝な顔で暫く佇んでいたが仕方なく爪だけを持って畳の隙間に消えて行った。
「ちょっとぉ! ドロボー! それ一番のお気に入りなんだからねっ!」
浅緋はさっきよりもっと恐ろしい顔になって、畳を持ち上げる。凄い力だ。
「こんのぉ野郎! たたみ小僧! 返せ! 出てこい!」
畳の裏には畳の妖怪が張り付いていた。震えている。僕は最早、この妖怪が怖くなくなっていた。それどころか何とか助けてやりたいとさえ思っている。
しかし、浅緋は容赦しない。そいつを捉まえると盗られたつけ爪を取り返し、それでも怒りは収まらず握り潰そうとしている。
が、ふと我に返ったのか潰すのは中止して言った。
「殺虫剤ない? 潰したら手が汚れるわ」
「いや、あの、特に害はないし、ただ剥がれた爪を拾ってくだけだし。おまけに飛び散った血の掃除までしてくれる訳だから……」
僕はしどろもどろになりながら命乞いをする。
ふと見れば、浅緋の足元に仲間の『たたみ小僧』達が数人? 数匹? 集まって泣きながら手を合わせている。
「ふうん」
浅緋は足元の『たたみ小僧』達にも気がついて、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「浅緋! 頼むよ。許してやって」
いつの間にか僕は必死に彼らを助けようとしている。子供の頃はあんなに怖かったのに。
「良いわよ。許してあげる。その代わり、あんた達、今日から私の下僕よ。OK?」
たたみ小僧たちはしきりに頷いて、浅緋を拝み倒している。
その日以来、浅緋はたたみ小僧たちを従え爪の手入れをさせている。おかげで浅緋の爪はいつもキラキラ美しい。
僕は今、とても悩んでいる。
浅緋は、たくましい素敵な彼女なのか、別れるべき恐ろしい人なのか、どっちだろうと。
たたみ小僧 ゆかり @Biwanohotori
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