近未来ダンジョンのプリンセスナイト

「先日はありがとうございました、璃勾さん」


 学校内のカフェテリア。

 夏休み中なので人は少ない。おかげでゆっくりと話ができそうだ。

 先輩はほうじ茶パフェに舌鼓を打ちつつ微笑を浮かべて、


「おかげで気持ちが楽になりました。わたくしなりに気持ちの整理もついたと思います」

「それなら良かったです。その、けっこう偉そうなことを言っちゃいましたけど」

「いいえ。あなたの素直な気持ちだと理解しています」

「そうだよ!」


 柊はチーズケーキを前に真剣な顔をして、


「璃勾ちゃんのおかげでわたし、すごく助かったんだから!」

「そうか? そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」

「うんっ。これから一緒に頑張ろうねっ!」


 俺たちはあの日、「じゃあやっぱり戦うの止めます」とは言わなかった。

 知ったところでどうこうできることじゃない、というのも大きい。

 契約をそのまま履行すること、聞いた話を口外しないことを誓って──後は大した用事はなかった。


 直近の予定をすり合わせて、俺たちのスリーサイズを測ったくらいだ。

 しばらくは向こうも準備があるし、考える時間も必要だろうということで今はまだ忙しくない時期。


 俺はほっとした気持ちでイチゴのショートケーキを頬張る。

 収入も増えたしケーキくらいは好きに食っていいだろう。

 あ、ちなみに制服は新しいのを買い直した。

 これも必要経費ということで会社で出してくれるらしい。


 買ったのは高等部用の女子制服だ。

 さすがに十六歳相当の初等部制服は用意がないというのが理由。

 学校側からも特例として認めてもらった。

 夏服はそこまで変わらないものの、冬服は高等部のほうがだいぶ落ち着いたデザイン。ある意味、中途半端にせず一気に成長して良かったかもしれない。


「……で、その、どうして僕まで呼ばれたのかな?」


 と、一人気まずそうな顔でプリンをつついているのは博己だ。


「僕は契約とかしてないわけだし、詳しい話もあまり聞かないほうがいいんじゃ?」

「まあそれはそうなんだけどさ」


 柊たちと顔を見合わせてから俺は答えた。


「博己には学校の中でのマネージャーみたいなことやってもらないかなって」

「マネージャー?」

「ええ。相談した結果、柊さんにもわたくしたちのチームに加入していただくことになりまして」


 主に、安全な位置から俺たちの回復を担当する役割だ。


「そうすると本格的なチームの形に近づくのですけれど、バックアップメンバーが一人もいないのは不安だと思いまして」

「お前なら装備とかいろいろ作れるだろ?」

「僕が、璃勾たちの装備を?」


 信じられないというように瞬きをする博己。


「企業所属のチームになるんだろ? 装備ももらえるんじゃないのかな?」

「ああ。まあもらえるらしいけど、俺は誰が作ったか関係なく使いやすい方を使うぞ」

「いや、余計プロには勝てないよ!?」

「でも、どっちにしても授業ではプロ用の装備を使えないらしいの」


 学年ごとのチーム対抗戦とか、ああいうのに「企業からもらった装備です!」って出たらさすがに顰蹙ものだ。

 あくまでも自分たちで調達できる範囲で戦えという話。

 まあ、八条は父親のコネ使って強い銃を調達したりしてるかもだけど、あいつは別にプロの探索者じゃないしな。個人の努力っちゃ努力だ。


「どうせ俺と柊とは授業で一緒なんだしさ、俺たちが必要な装備があったら作ってくれよ」

「もちろんお金はちゃんと払うよ。ね、どうかな、日比野くん」


 俺たちからじっと視線を向けられた博己は、なんか目を潤ませた後で「うん」と頷いた。


「わかった。僕で良ければ、喜んで」

「っし。決まりだな。博己は俺たちのマネージャー兼バックアップメンバーってことで」


 先輩の学内チームに博己も登録。

 彼には本物のダンジョンに入る権限がないのであくまで裏方としてだ。

 俺たちがダンジョンへ潜る時も同じ部屋に集まる必要はないだろう。

 むしろ自分のやりやすい環境で装備づくりや勉強に励んでもらいたい。


「璃勾たちはこれから毎日集まってダンジョンに潜るの?」

「いえ、さすがにみなさん用事もあるでしょうから、遠隔でダイブする日もあるかと」

「あ、毎日ダンジョンは確定なんだね」

「余分に金もらう以上は仕事しないといけないしな」

『お小遣いにもなるものね』


 雪が膝の上から俺のフォークに手を伸ばしてくる。

 食べたいのか? でもさすがに同じフォーク使うわけには……と思ったら一個しかないイチゴを要求してきやがった。

 ぐぬぬ。仕方ないので渡してやると、実に美味そうに食べ始めた。

 まあいいけど。中にも入ってるし。


「レッスンも遠隔でできるらしいんだよな。便利で助かる」

「あ、そうなんだ?」

「ああ。擬似ダンジョンをプロダクションで用意して、普段はそこでやるって」


 振り付けを身体に覚えさせたり歌を覚えたりとかはダイブ状態でもできる。


「まあ、リアルでも体力つけないとだけどな」

「あはは……それは大変そうだね。特に柊さんは」

「本当だよ! 璃勾ちゃんは体力有り余ってるからいいだろうけど」

「わたくしも自慢できるほど体力はありませんので、日課にランニングを追加しようと思います」


 今の時代、ライブも配信で見る時代。

 多くの場合は擬似ダンジョン内での収録で済んでしまうけれど、中には会場を借りてお客さんを集めて行うこともあるらしい。

 そういう場でパフォーマンスを発揮できるかどうかがアイドルとしての実力の差として表れるとかなんとか。


「ダンジョンにレッスンか。忙しそうだね」

「まあなー。でも、その分充実するんじゃないか? 卒業してからするはずだった仕事を今から始められるようなもんだし」


 レッスンにしてもダンジョン攻略にしても授業より優先する権利がある。


「柊。俺と一緒に勉強も頑張ろうな? 授業はサボれるけどテストはいい点取らないとだから」

「う。……なんかこう、毎日頑張ってるで賞みたいなので点数増えないのかな?」

「課外活動による考査はもちろんあると思いますけれど、あまり赤点だらけでは格好がつかないかと。何より補習で余計に時間が取られます」

「あ、補習はやだ! わたしも頑張って勉強する!」


 まあ、柊ならもともとできるほうだし大丈夫だろう。



    ◇    ◇    ◇



「それにしても、十六歳このからだになってから余計に見られるようになったな」

『そりゃそうよ。今のあなたはもう大人とほぼ変わらないところまで成長しているんだから』


 帰り道を歩きつつ呟くと、雪がそれに答えてくれる。


 そうしている間にもすれ違う人がこっちに視線を向けてきた。

 男は鑑賞するような感じで、女は「羨ましい」とでも言いたげな感じが多い。

 大人から見ても羨ましがられるくらいのスタイルってことだ。


「……なんか、悪い気はしないよな」

『はっきり言いなさいよ。視線が気持ちいいって』

「だってそれ変態っぽいだろ」

『いいじゃない変態』

「変態言うな」


 まあ、可愛い服を着るのもアリかなと思えるようになったし、この際、この身体を楽しんでいきたいと思う。


「アイドルかあ。衣装とかどんな感じになるんだろうな」

『そりゃフリフリでしょ。茉莉が好きそうなやつ』


 衣装も擬似ダンジョンでのレッスン中はデータで再現する。といってもこれは見た目だけでいいので大した重さにならないだろうけど。

 企業からもらえる装備もあるし、ストレージの拡張はしておいたほうが良さそうだ。


「な、ところでさ。夜、三十分くらい一人にしてくれないか?」

『鏡の前でポーズ取ったりしたいんでしょ? いいわよ別に、あたしを気にせず好きにやりなさいよ』

「なんでバレてるんだよ!?」

『あたしがリビングにいる時を見計らってごそごそしてれば気づくわよ』


 この猫、油断も隙もない。

 いや、別にやましいことしてるわけじゃなくて、笑顔の練習したりマンガの真似したりしてるだけなんだけど。


「スキル一つで変わるもんだよな、本当」


 プリンセス・プロモーション。

 その名前の通り、俺はこのスキルのおかげで一気に上まで駆け上がった。

 いったいこれからどこまで連れていかれるのか。

 どこまで連れていってくれるのか。


『アイドルね。これで本当にお姫様プリンセスね、璃勾?』

「柄じゃないけど、楽しそうではあるよな」


 アイドルしながらダンジョン探索。

 どうせだからやりたいことは全部やってやる。

 姫だとしたら、俺はとんだお転婆姫だ。

 だけど、それでいい。


「姫は姫でも姫騎士ってとこか」


 なるようにしかならない。

 今は変えられないけど、明日は変えられる。

 とにかく精一杯頑張って、まだ見たことのない明日へ。

 見たことのない景色へ、走っていこう。




__________

〈終〉

俺たちは登り始めたばかりだ、この長いダンジョン坂をよ……!

ご愛読ありがとうございました!

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近未来ダンジョンのプリンセスナイト 緑茶わいん @gteawine

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