世界の真実
※特に流し読みしても問題ないシリアスな話です
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「……はあ」
俺は、部屋のベッドに寝転がって息を吐いた。
頭の横に白猫──雪が飛び乗ってきて、
『どうするの? 今日の話』
「どうするって言ってもなあ。言った通り、別にどうもできないだろ」
◇ ◇ ◇
孝志さんの言ったことを、俺はすぐには理解できなかった。
納得できなかった、と言ったほうが正しいか。
あまりにも、今まで教えられてきた「常識」と違いすぎて思考が追いつかない。
柊なんて口元を押さえてふらついてしまったので、彼女の肩を慌てて支えた。
先輩は。
月詠先輩は、ある程度予想していたのか、俺たちの中では一番平静を保っていて、
「つまり、物質世界を基準に考えるのであれば──間違っているのはわたくしたちのほうなのですね?」
「その通りです」
またしても無慈悲すぎる回答。
「皆さんはネットワークというものをどのように理解していますか?」
「……そりゃ、機械を通してデータのやりとりをするんでしょう? 昔『インターネット』とか呼ばれてたやつの進化版だって」
「はい。一般的にはそう言われていますが、それは違います。……その証拠に、皆さんはサーバーやコンピュータを見たことがありますか?」
「それは」
ない。
あまりにも文明が進歩しすぎて、ユーザーレベルでは機械を通す必要がなくなった。
そういうふうに理解していた。
俺たちが普段利用しないビルにすごいコンピューターがあって、それが全部処理しているんだろうって。
けど。
「完全情報化社会とは、星そのものをコンピュータに見立て、人ひとりひとりをサーバーとして利用することで、真に『永久的な情報社会』を実現することを目指した試みです」
「人を、サーバーに……?」
「人の多い街ほど情報強度が高まるのは、そのまま人が多いから。すなわち、人間一人一人が情報の中継点となっている……ということですね」
いや、本当に待って欲しい。
俺たちがコンピュータの役割をしていて。
それを良しとしない『現実』とやらがエネミーを送り込んでいるのだとしたら、
「今ここにいる俺たちは、いったいなんなんですか?」
「日本列島そのものを拠り所とした『データ』です。あなたも私も、ここに生きるすべての『人間』が、生身を捨てて電脳世界に生きる、現代の『人間』なのです」
柊がその場に座り込んだ。
俺は彼女をそっと後ろから抱きしめる。
「それじゃあまるで、俺たちのこの身体が仮のものみたいじゃないか。書き換えようと思えば書き換えられるデータだって」
「そうです。ですから、あなたも『スキルによって女性化した』でしょう?」
「っ!?」
辻褄が、合ってしまう。
「……勘違いしないでいただきたいのは、我々が悪者ではないということです。数少ない残存する記録によれば、完全情報化の実施は政府の決定、時代の流れに沿ったものです」
「それでも、反抗する者たちがいた?」
「はい。そうした者たちは物質世界に工業的なプラントを築き、半永久的に情報世界に『ハッキング』を仕掛けられる手はずを整えました」
プラントから製造される機械が俺たちの世界に干渉して、情報世界を崩し、物質世界に戻そうとしている。
つまり、あのエネミーたちはゲームの的なんかじゃなくて、物質世界から情報世界に干渉するための『端末』なのか。
先輩が深い、深いため息をついて。
「逆なのですね。わたくしたちが『ダイブ』と呼んでいるものは、現実世界から電脳空間に飛び込む行為ではなく」
「現実世界でも利用できる特殊なアバターを生成し、物質世界のエネミーを掃討する行為。古い用語で言えば『ログアウト』と言ったところでしょうか」
海が綺麗になったのも、街に犯罪がなくなったのも、社会が進歩したからじゃなくて。
「……地球は、本当の地球はどうなっているんですか?」
「綺麗になってきていますよ。少なくとも、私はそう聞いています。情報に過ぎない私達にとって、物質世界を観測する術は限られていますから」
昔、地球は人間による汚染が深刻化していたらしい。
完全情報化はその対策として始まったもの。
『約五十年』。それだけの月日をかけて、人は完全情報化社会に順応し、地球は物質的な汚染から逃れられるようになった。
少しずつ、時間をかけて環境は戻りつつある。
俺たちが遊んだ海はすべてが「データによって再現された理想的な海」というわけではなくて、実際の海を再現した部分もある。
柊はぎりぎり、胃の中のものを吐き出すことなく持ち直したらしい。
顔を上げて、ゆっくりと尋ねる。
「じゃあ、今、本当の地球はどうなっているんですか?」
「旧来の人類はほぼ絶滅しているはずです。ただ、旧人類の建造したプラントは健在。それが今も我々の生活を脅かしています」
「北海道とかっていう、他の地方は」
「ダイブによる奪還が追いつかず、情報的には遮断された状態としています。記録上は存在しないもの、という扱いですね」
知っている人間がいないから聞いても答えてくれないし、調べても出てこない。
北海道なんて地方は「俺たちの世界には存在しない」。
「この戦いを終わらせるには、すべての地方を奪還し、プラントの機能を停止させる必要があります。例えば北海道全域を掌握できれば情報的な干渉を行い、その地方を沈静化することは難しくありません」
昔の人間の悪あがきで今も俺たちが苦しめられている、か。
考えてみると、今の俺たちの暮らしはすごく効率的だ。
俺は、普段食べている米や肉がどこで作られているのか知らない。
物の値段は安いし、仕事によって収入の違いはあっても食べていけない人はめったにいない。
それは、俺たちが「情報」だからなんだ。
人の少ない地方に米や野菜や肉を作る場所が集中していて、そこで機械的に生産されている。本州の防衛は今の
お金なんて、増やそうと思えばデータをいじるだけだから、必要になれば簡単にぽんぽん渡せる。
「我々は、奪われたままの他の地方奪還を悲願としています。そのために腕の立つ探索者を一人でも多く養成したいのです」
「それで、璃勾ちゃんたちを?」
「そうです。数少ないレジェンド級スキルの持ち主。確率の壁を乗り越えて生まれたお二人を、私達は心から求めているのです」
だとしても、それは。
「侵略者を撃退する戦いではなく、世界を変革した側が、完全な支配を目指す構図ではありませんか」
先輩が、これまでの思いをすべて吐き出すようにうめいた。
「わたくしが信じてきた、思い描いてきた夢は、理想は、すべて、物質世界で生まれた『幻想』だったのではありませんか……!?」
先輩にとって古い伝統はとても大事なものだ。
それは世界がこうなる前から続いていたもの。
四聖獣も。巫女も。世界に『遊び』があった頃の概念。
だとしたら、それを追って探索者になった先輩は、世界をさらに滅ぼすための手伝いをしていたことに──。
「なりませんよ、先輩」
「っ」
月詠先輩がびくっとして、恐る恐る俺を見る。
「難しく考えなくてもいいじゃないですか」
俺は笑って先輩を宥めた。
俺には難しいことはわからない。
孝志さんたちがどこまで正確に知っているのか、もっと言えばどこまで正しいことを言っているのかもわからない。
考えてもわからないなら、考えたってしょうがない。
「俺たちは俺たちです。データだとしても、今はここが俺たちの世界なんでしょう? だったら、俺たちが『ここ』を守るために戦ってなにがいけないんですか?」
『はあ。ほんと、あなたって単純よね』
雪が呆れたように呟いたけど、言葉の内容ほどその声は冷たくない。
「俺たちはやりたいようにやればいいんです。全体で見てどっちが正しいかなんて、そんなことは知りません。エネミーのほうがもし正しかったとしても、そのために俺も、柊も、先輩も、みんなが死ぬなんて絶対嫌です」
だから。
「戦いましょう。それでいいじゃないですか」
俺は、自分にとっていちばん大事なことだけ考えることにした。
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