なんだかんだ、ヒロインポイントが着実に溜まっている。
今までに獲得したポイント分でも、減らしたバストサイズを高校までに取り戻すことは十分可能だ。
俺自身の努力によるスキルアップもあるし、あれこれの素養も転生時よりは上がっている。
これは、けっこう順調なんじゃないか?
俺は、自分の挙げている成果にだいぶ気を良くしていた。
月日は流れて、俺たちは小学二年生に。
習い事も継続してこなせているし、学校に通うのにもすっかり慣れた。
苦戦していた神様へのお祈りもだいぶ自然に出てくるようになってきたし。
この調子ならきっと、人生うまくいく。
ヒロインというくらいだし、主人公と会うチャンスはいつか訪れるだろう。
自分で探しに行く努力はもちろん必要だが、そのためにはある程度の年齢になって、自由な行動を許されなければならない。
となると、今のところはやはり自分を磨くことを最優先にするべきで、立てた方針は大きく間違っていない。
少しばかり自信を持っていた、調子に乗っていたと言ってもいい。
事件が起こったのは、そんなある日のことだった。
「莉緒。今度のお休みはみんなでお買い物に行きましょうか」
「お買い物? お仕事はだいじょうぶなの?」
「ええ。ちゃんとお休みをもらったから大丈夫」
「言ってるだろう? もちろん仕事も大事だけど、僕たちが一番大事なのは莉緒なんだ」
両親からのそんな提案に、俺は「うん、行きたい!」と一も二もなく答えた。
これに、俺の足元に座っていたバロンが「おん!」と鳴くも、
「あ、っと。……さすがにバロンは連れていけないよね?」
「そうね。さすがに大型犬は、他のお客さんの迷惑になりそうだし」
両親のお目当ての場所は、少し離れたところにある大型ショッピングモールらしい。
ファミリー向けの場所なのであまり気兼ねしなくていいし、俺も多少しっかりしてきたので、迷子の心配も少ないという判断。
たしかそこにはドッグランも併設されていたが……バロンの散歩をしながらだとゆっくり回れないかもしない。
愛犬には申し訳ないが、
「ごめんね、バロン。今回はお留守番しててくれる?」
「……わう」
残念そうにしながらも、利口なサモエドは尻尾を軽く振って了承を示してくれた。
俺は彼の頭をなでなでしてせめてもの慰めにする。
もうちょっと俺が大きくなればこの子を散歩に連れていってやることもできるようになるし、そうしたらたっぷり埋め合わせをしよう。
「バロンのことは私にお任せください。しっかり面倒を見ておきます」
「うんっ。雛瀬さん、いっぱい遊んであげてね」
「……ええと、その。世話はともかく、一緒に遊ぶのは得意ではないのですが」
我が家にいる時間が大きく増えた雛瀬さんは、もうほとんど我が家のお手伝いさんといった感じだ。
母ともだいぶわだかまりが解けてきたようで、ちょっとした用事を頼まれることも増えている。
良い感じの日常の中、まさかあんなことが起こるとは。
「いい天気だね!」
「そうね。お休みの日だから人がたくさん」
「莉緒、はぐれないようにちゃんと手を繋いでいるんだよ」
「うん!」
休日のショッピングモールには親子連れが多い。
お嬢様の集まる学校と違って、ここには男の子もいるし、一般家庭の子も多い。これもまた、俺(莉緒)にとっては社会勉強だ。
もちろん、普通のお子様ではないので、目についたものに走っていなくなったりはしない。
「莉緒はなにか見たいものはある?」
「ええと、じゃあ、本屋さん!」
「あら、欲しい本があるの?」
「うん、指輪物語とかいいかなって」
古典ファンタジーを嗜んでおくのもお嬢様っぽいし、ちょうどまだ読んだことがない。
これに両親は顔を見合わせて「いかがなものか」といった様子。
しまった、どうせなら「ホビットの冒険」から読むべきだったか。
「まあ、本はすぐだめになってしまうものでもないしね。難しかったら、また大きくなってから挑戦すればいい」
「そうね。せっかく莉緒が読みたがっているんだし」
「やった!」
個人的に、古典は紙の本で読んだほうがそれっぽい感じが味わえると思う。
お嬢様が「読書は好きですが、すべて電子書籍ですね」とか言うのはちょっとこう、趣がないし。
そうして俺は無事、お目当ての本を買ってもらうことができた。
子供的には抱きしめて離さないものかもしれないが、さすが本格ファンタジー、だいぶ重かったので父に持ってもらった。
その後はレストランでランチを楽しみ、お店を出たあたりで、
「あの店はどっちだったかしら」
「たしかあっちだったはずよ」
「いえ、あっちじゃなかった?」
群れをなしたおばさまに遭遇。
動く壁と化した彼女たちは俺たち一家に気づいていないのか、そのまま突っ込んできて、
「わぷ……っ!?」
「莉緒!」
俺は人波から抜けられないまま歩かされ、そのままおばさまたちと一緒にエレベーターに乗せられてしまう。
「ちょっ、あの、下ろしてください!」
「あら、どこの子?」
「可愛いわね」
「あなた、閉じるボタン押しちゃったから危ないわよ」
「ええ……!?」
そのまま閉じていくドア。
こんなこと普通あるか……!? 俺は十分気を付けてたのに、マンガみたいなアクシデントで両親からはぐれるなんて。
……と、思ったものの、この世界は主人公とヒロインを中心に動いている。
彼ら彼女らをイベントに叩き込むためなら、ラブコメや美少女ゲームでありがちな強引な展開も時に起こってしまうのだ。
別の階に到着してようやく下ろされた俺は、「お父さんとお母さんは?」と心配してくれるおばさまたちを丁重に遠ざけ、ようやくひと息。
さて、元の階に戻るべきか、しばらくここに留まるべきか、いや、やはり前もって位置を記憶していた迷子センターに向かうべきか。
そう思ったところで。
「なあ、どうした? もしかして一人か?」
俺は、一人の男の子から声をかけられた。
歳は俺と同じくらい。顔立ちはわりと整っているような気がするものの、着ている服はいたって普通の量販品。物腰から見ても庶民の子といった感じだ。
両親から「学校以外の子とはなるべく話さないように」と言われている俺が、どうしたものかと迷っていると、
「俺も親とはぐれちゃってさ。良かったら一緒に探さないか?」
……だいぶOKしづらい提案が来た。
ここでやみくもに歩き回るとむしろ行き違いになってしまう可能性が高い。
歳が近いとはいえ、男子の体力に付き合っていたらばててしまうかもしれないし、
「心配してくれてありがとう。でも、わたしは大丈夫だから」
新手の人さらいの手口という可能性も考え、またしても丁重にお断りする。
これが、後から考えれば悪手だった。
俺は物語のヒロインであり、これは半ば運命的に起こったイベント。であれば、重要な何かである可能性は十分予想できたはずなのだ。
常識的な対応は、時にこの世界では裏目に出るようで。
ブブーッ!
初めて聞く効果音と共に、俺が視界の端に見たのは『ヒロインポイント:-1』の文字。
マイナス!? マイナスってなんだよ!?