さすがのリリアンも三日連続ではこなかった。
ほっとしたものの、今日も早く来てくれたエレノアが手持無沙汰だ。
ここはお世話係として話し相手になってもらおう。
「ねえ、エレノアさん。わたし、アンジェリカ様に直接話したい。エレノアさんを傷つけたこと、リリアンを婚約者にしたこと、どう思ってるんですかって」
するとエレノアは「それは……」と眉を寄せて目を伏せた。
「すぐにというのは難しいかと」
「乗り込んでいって『時間を作って』って言うのはだめ?」
「いけません。まずは手紙で相手の都合を伺って、約束の時間に訪問するのがマナーです」
「じゃあ、リリアンが直接来たのってマナー違反?」
「はい。瑞希様がこの世界の常識をご存じないことにつけこんだ、とても非常識な行為です」
見るからに「わたくしは怒っています」という顔である。
「そもそもフェアチャイルド男爵令嬢は礼儀作法に難があるのです。お茶の際もそうでした。基礎的な教育さえ十分ではないのに、妃教育など全うできるはずがありません。正妃の条件に家格が挙げられるのにはそういう意味もあるというのに……」
「エレノアさん、ちょっと落ち着いて」
はっとした少女は「申し訳ありません」としゅんとした。
「他人の悪口ばかり、いくつも……。反省いたします」
「ううん。怒っていいよ、って言ったのはわたしだし。でも、相当不満が溜まってたんだね」
「それはもう、言い足りないくらいです!」
きっぱりと、そう言ってくれるようになったのはいい変化だと瑞希は思う。
「フェアチャイルド男爵令嬢個人が嫌い、というわけではないのですよ。確かに、苦手なタイプではありますけれど。それ以上に、彼女はアンジェリカ様のお相手に相応しくありません」
「確かに。みんなにあの態度だと、堅い感じの人には不評かも」
そういう人は歳上に多かったりするので、だいぶ危なっかしい。
「しかし、このようになってしまった以上、フェアチャイルド男爵令嬢に妃教育を受けていただくしかありません」
「婚約、やっぱりやーめた、ってわけにはいかないのかな?」
「瑞希様は、短期間に何度も婚約者を変えるような方を、国家元首に据えたいとお思いですか?」
「うん、ぜったいやだ」
理屈で言えば、女癖が悪くても仕事をちゃんとしてくれればそれでいい。でも、そんな人に「ちゃんとやります」って言われても信じられない。
「今回の一件、周囲からの反発は確実にあります。アンジェリカ様は、それらを抑え込むためにしっかりとした実力を見せつける必要があるでしょう」
「見せられないと、あなたにはついていけません、みたいになったりする?」
すると、エレノアは困ったように微笑した。
「この離宮に配属された侍女やメイドの一部は、アンジェリカ様に近しい位置にいた者なのですよ」
「えっ」
「もちろん、聖女様のお傍には信用のおける者を、という意図もあるでしょうけれど……中には自ら希望した者もおります」
「うわ、思ったより大問題だ……」
黙って部屋の隅に控えている侍女にちらりと視線を向けると、彼女は目を伏せたまま深く頷いてくれた。
「私共は、エレノア様がアンジェリカ様を支えてくださると信じておりましたので」
「うん、やっぱり、一度抗議に行ったほうがいいんじゃないかな……?」
エレノアは「アンジェリカ様も覚悟はしていらっしゃると思いますが……」と前置きしたうえで、頷いて。
「直近で話をする時間を作っていただくこと自体は、可能かもしれません」
「本当?」
「はい。瑞希様の世話係となったわたくしは定期的な業務報告を義務付けられております。……できるだけ書面で済ませようと思っておりましたが、直接お会いする方がより望ましいでしょう」
「そっか。そこにわたしもついていけばいいんだ」
それなら無理なく会いに行ける。
「でも、それだとエレノアさんが辛い話を聞くことになっちゃうよね……?」
「構いません。いつかは必ず通る道です」
少女の顔を窺ってみるものの、蜂蜜色の髪を持つ伯爵令嬢に無理をしている様子はなかった。
「経過報告という体で面会依頼を出しましょう。その際に、瑞希様にも同行していただきます」
「うん。一度、アンジェリカ様とちゃんと話をしよう」
そうしたら、向こうには向こうの言い分があるかもしれない。
◆ ◆ ◆
「うちの家じゃ見せてもらうこともできないような宝石がいっぱいで、もう感動しちゃいました! 見ているだけで涙が出てきたくらい!」
「ふふっ、そうなの。でも、ちゃんと選んでちょうだいね?」
「はいっ、もちろんですっ。アンジェリカ様がせっかくプレゼントしてくださるんですから」
婚約破棄から三日、リリアンは毎日来城してアンジェリカに会いに来てくれている。
妃教育を受けるためではあるのだけれど、彼女とこうしてお茶をする時間が癒やしになっているのも事実だ。
(婚約者との交流まで「するな」とは言われないものね)
エレノアと婚約していた頃は、ティータイムでも都や国内の諸問題について意見を求められた。
たまに「職人が新しいものを開発した」とか「面白いものの話を耳にした」と言ったかと思えば、ねだってくれるのではなく「これを利用して現状の問題を解決」と話を持っていく。
あれでは気が休まるはずもない。
「妃教育はどうかしら? できるだけ優しくしてあげて欲しい、って、教師たちには伝えたのだけれど」
「もう、全然だめです! 厳しすぎます! もっと優しくして欲しいです……!」
「そうよね、ごめんなさい。きちんと言っておくわ」
そうだ、これが普通の反応だ。王族でもないのに、アンジェリカ以上に勤勉なエレノアが異常だったのだ。
ただ……。
男爵令嬢なりの反応をしてくれるリリアンにほっとするのと同時に、どうしても、昨日、リリアンから訴えられたことを考えてしまう。
『きっと、エレノア様はあたしのことが嫌いなんです。だって、今すぐ婚約者を辞退しろって言うんですよ?』
思わず、本当にエレノアがそう言ったのか、と尋ねてしまった。
嫉妬からそう口にする少女だとは思えなかった。言うとすれば、覚悟の足りなさを教えるためにそういう言い方をしたのではないか。
教師たちからの報告を聞いても、リリアンの教育は思うように進んでいない。
『そうは言っても、まだ二日目でしょう? 長い目で見てあげてくれないかしら』
『妃教育を行える段階ではないのでこうして申し上げているのです。婚約段階で身に着けているべき教養や礼儀作法が不足しているので、そこから教えなければなりません』
『ハーグリーヴス伯爵令嬢であれば、なんの心配もありませんでしたのに……』
エレノアの名前を出されたのでつい「あの子の話はしないで」と言ってしまった。すると教師たちは「お言葉ですが」とこう続けるのだ。
『パートナーの能力が劣っていることで、負担を強いられるのはアンジェリカ様なのですよ』
わかっている。と言っても、王妃であるもう一人の母が母を実務面で支えている姿なんてほとんど見たことがない。
あくまでも「もしも」のためであって、アンジェリカがいれば基本的に必要ないはずだ。
そう、アンジェリカさえしっかりしていれば、
(リリアンとお喋りをしている時間。……その分だけ、わたくしの勉強も遅れる)
ほんの僅かな休息の時間をそんなふうに感じてしまう自分が恥ずかしくなって、違う、と自分に言い聞かせる。
そんな時、侍女がエレノアからの面会依頼を持ってきた。
瑞希も交えて経過報告をしたいとの内容。直接会って話したいと言ってくるのは意外なような、几帳面な彼女らしいような。
もちろん、聖女を歓待する立場としても悪いことじゃない。
ただ、
「それ、あたしも参加してもいいですかぁ?」
リリアンにこのことを話してしまったのは、もしかすると失敗だったかもしれない。