第8章 掘り返された砂場
「ええ~っ! 透っちってば、もうあの暗号を解いちゃったの~!?」透の話を聞いた美緒里の第一声はそんな一言だった。
「いや、美緒里さん、まだ解いた訳じゃないんですけど……」慌てて透は訂正する。
「その健人って子が言ったんです。この暗号、四文字で一つの文字を表すんじゃないかって」優が口を挟んだ。
「ふんふん、なるほど……。四文字ねえ。それは気づかなかったなあ。健人っちも中々やるねえ」美緒里は会ってもいない健人にまで「っち」を付けて悔しそうに呟いた。そんな従姉の横顔に華が声をかける。
「で、美緒ちゃん、分かったことって何なのよ」
昨日、美緒里から掛ってきた電話の内容は、「ひったくりについて分かったことがある」というものだった。そのため、透たちは美緒里に会うため、横川町のとある公園を訪れていた。
ちなみに、今日来ているのは、透、華、優、翼の四人。大吾はというと、何やら用事があるとかで今回はパスするとのこと。しかし、その「用事」が何なのかは教えてくれなかった。
「そうそう、そのことなんだけどね」よくぞ訊いてくれたとばかりに満面の笑みの美緒里。公園を出てそのまま歩き出しながら、
「あれからあたしも、あの三人に話を聞いたりして自分なりに調べてみたの。そしたらなんとね……見つけちゃったのよ」
「見つけちゃったって、何を?」従姉の跡を追いながら華が尋ねる。
「ミッシング・リンク」
「ミッシ……何?」
「ミステリーで、事件の関係者たちの共通点のことだよ」いまいちピンと来ていない様子の華(ついでに優と翼)に透が説明する。
「そうそう、さすが透っち!」美緒里は嬉しそうに頷く。
「英語で『失われた輪』って意味で、バラバラに見える被害者を結びつけるものなの。例えば、被害者は全員高校の同級生で、昔別の同級生をいじめていた、とかね」
「それで、美緒里さんが見つけたミッシング・リンクって何なんですか?」優が尋ねる。
「あの三人って、ひったくりに遭った……確か、黒木さん、大川さん、それと屋敷さんのことですよね。でも、学年と性別以外に共通点なんてあったんですか?」
「それがね、あったんだよ、優っち。それはね……」ふっふっふと笑う美緒里、そのまま三秒ほど溜めると、おもむろにその「ミッシング・リンク」を口にした。
「あの三人はね、なんと……今年の春休み、大学の本屋でアルバイトをしていたのでした!」
一瞬の沈黙の後、それを破ったのは華の声だった。「……それだけ?」
「ちょ、ちょっと、それだけって何!?」四人の反応があまりにも予想外だったのか、美緒里は途端に慌て出す。
「だって、同じ場所でアルバイトだよ!? しかも一日だけ! これってすごい共通点じゃないの!?」
「共通点っていうか……それってただの偶然じゃないの、ねえ?」華は他の三人を振り返る。優が
「そうだよねえ、何て言うか、こう、共通点としてはちょっと弱いような……」
と苦笑すると、翼も
「単なる偶然だろう。仮にその大学の本屋が何か関係があったとして、どうしてその三人が襲われなければならない」
と一蹴する。何も言わなかったが、透もその意見に賛成だった。それでも美緒里は諦めきれないらしく、
「ま、待ってって! でも、他に共通点ってこれしかなくない!? もしかしたら、その時に本屋で何かあったんじゃないの!?」
「その『何か』があったのか、確かめたのか」翼の問いに、
「う……」美緒里は黙り込んでしまった。そのままうなだれて前を向いた途端、
「ん? あれ何だろ……」
と、急に話題を換える。つられて美緒里の視線の先にあるものを見て、透にも「あれ」が何なのか分かった。
五人は最初に落ち合った公園から少し歩いて、別の公園の前に来ていた。今、その公園の入り口は黄色の規制線で封鎖され、二人の制服警官が立っていた。その周りには近所の人らしき野次馬の姿がちらほら見える。美緒里がその内の一人、茶髪にパーマをかけたおばさんに声を掛けた。
「あの、何かあったんですか?」
「え? そうそう、大変なことがあったのよ!」いかにも話し好きそうなおばさんは、興奮した様子でまくし立てた。
「昨夜、この公園で何か不審なことをしてた人がいてね、近所の人が注意したら突き飛ばして逃げたらしいの!」
「ええっ。その人、大丈夫なんですか?」
「奥さんから聞いた話じゃ、スコップで頭を殴られたのと、転んだ時に右の手首を捻ったとかで、まだ病院らしいけど、命に別状は無いそうよ」
「スコップ?」透は思わず聞き返した。あまりにも物騒な単語だ。
「スコップで殴ったってことは、その人、公園で何か掘ってたってこと?」華が質問する。突然話に割り込んできた小学生を不思議に思った風もなく、おばさんは眉根を寄せた。
「そう、警察が調べたら、砂場を掘り返そうとした跡が見つかったそうよ。いたずらのつもりかしら、でもそれにしては悪質よねぇ」
「ここだけじゃないみたいだぞ」それまで黙って話を聞いていたスラックス姿のおじさんが口を挟んだ。
「聞いた話だと、最近、この辺りで夜中に公園の砂場を掘り返してる奴がいるらしい。スコップ持ってうろついてる奴がいたから声を掛けたら逃げ出したり、朝になったら砂場が荒らされてたりな。一度なんか、お巡りさんに注意されたら逃げ出した挙句、ちょうど通りかかった人にぶつかって怪我させたらしい」
「何それ……?」華が不気味そうにする。しかし、透には別に引っかかることがあった。透はおじさんに訊いた。
「それって、いつ頃からか、どこであったのか分かりませんか?」
「そうだなぁ、確かそんなに広い範囲じゃないはずだ。ここも入れて、辻宮町と横川町に集中してたと思うよ。始まったのは、そう、十日くらい前からだったはずだ。でも、何でそんなこと知りたがるんだい?」
「何でもないです。ありがとうございます」それだけ言うと、透は歩き出した。華たちが後を追ってくる。
「透、どういうこと? 公園の砂場がどうしたのよ」華が尋ねて来る。
「変だと思わない?」
「何が?」
「砂場が掘り返され始めた日だよ。十日くらい前ってことは……」
「松村があの暗号を拾った日とほぼ同じか」翼が言った。
「つまり、砂場を掘り返していたのはオンブラの人間だったと、そう言いたいわけか、森」
「そう」さすが翼は話が早い。透は頷いた。
「有輝が拾った暗号は紙の上半分だった。多分、下半分には奪った時計とかをどこかの公園の砂場に埋めたことが書かれていた。書いたのは事故で意識不明になった男。残りは自分が保管しておくか別の場所に隠すつもりだったけど、その前に警察に信号無視が見つかって事故を起こした。暗号を見た残りのメンバーは隠された分だけでも回収しようとしたけど……」
「紙の上半分がちぎれて、しかもそれを有輝に拾われちゃった。下半分から公園の砂場にあることは分かったけど、それがどこの公園か分からないから手当たり次第に可能性のある公園の砂場を掘り返しているのか!」優が後を引き取った。
「そう考えて間違いないと思うよ」透は話を締めくくった。
「うーん、透、やっぱりあんた、すごいわね!」華が賞賛の言葉を掛けてくる。一方、美緒里は訳が分からないという顔をしていた。
「ね、ねえ、さっきから何の話をしてるの? 今の砂場の話と暗号が何で繋がるわけ? それに、アンブレラとか何とか、そんな感じのことを言ってなかった? 確かに今は梅雨だけど、傘がどうして関わってくるの?」
しまった。透は内心焦った。首藤警部からは、オンブラのことは探偵団以外の誰にも話さないよう強く言われている。ここで美緒里にそれを話す訳にはいかない。しかし、その横で華が、
「違うって、美緒ちゃん。あたしたちが言ってるのはアンブレラじゃなくてイタリア語で……もがっ」あっさりと口を滑らせかける。すんでの所で翼が華の口を塞いだので、それ以上の情報漏洩は避けられた。だが、それを見て美緒里はますますポカン。これはいよいよまずい。どうしたら……。透がそこまで考えた所で、
「もしもし、大吾?」優がスマホを耳に当てる。最初は演技かと思ったが、どうやら本当に大吾から電話が掛ってきたらしい。しばらく通話をしていた優が、電話を切って透たちに言った。
「大吾が、気付いたことがあるんだって」
幸いというか、美緒里は用事があるというので、それ以上突っ込んではこなかった。美緒里と分かれてすぐ、透たちは大吾と落ち合う段取りを付ける。合流場所は、透たちが今いる場所と大吾の家のほぼ中間にある場所がいいということになった。そのような場所について、透は一カ所だけ心当たりがあった。健人の家だ。「何でまた」と健人は不満そうだが、乗りかかった船だ。この際、健人にも最後まで付き合ってもらおう。
「で、大吾、気付いたことって何?」健人の部屋に入って、クッションに座るや否や華が尋ねた。相変わらずのせっかちっぷりだ。尋ねられた大吾もそれには慣れた様子で、
「ああ、それなんだけどさ」
と、ポケットから三枚の紙を取り出した。どうやらノートの切れ端のようだ。よく見ると、何やら数字が書き連ねてある。それが何なのか、透にはすぐ分かった。例の暗号だ。どうやら大吾が自分なりに色々考えたらしい。数字が赤や青の線で囲まれたり、下に波線や二重線を引かれたりしている。
「何これ? もしかして大吾、ずっとこれが読めないか考えてたの?」優が目を見張る。大吾は真剣な表情で頷いた。
「ああ。どこかひとまとまりになってる所とか見つからねえかって思って。だって有輝、あれからすっかりビビっちゃってんだ。そりゃそうだよな。いくら警察が気を付けてるからって、いつ窃盗団の奴らが気付いて襲って来るか分からねえんだから。あいつ、ああ見えて結構怖がりなんだよ。だから、早く犯人を見つけてやろうと思ってさ……」
「それで、何か見つけたのか? そのために透たちに相談したんだろ?」なんだかんだで乗り気になってきたらしく、健人が自分から質問してきた。それに対して大吾は、
「ああ。そしたら一つ、気になる所を見つけてさ。ほら、こことここ、見てくれよ」
と、三枚の紙の内、二枚の別々の箇所を指さした。皆がそれをのぞき込む。一目見て、優が感心したように呟いた。
「本当だ。こことここって、もしかして……」
「だろ?」嬉しそうな大吾の声。これを見つけ出すのに、相当な集中力を発揮したのだろう。
それを見ている内に、透の頭の中で何かが動き出した。健人が発見した法則、大吾が発見した文字列、それらが一つのキーワードを導き出そうとしている。大吾と華が会話しているような声がするが、全く頭に入ってこない。
(たしか、この文字……そういえば、あそこの名前って……)
それに気付いた瞬間、透は健人の机に駆け出していた。手近にあった鉛筆と紙を手に取り、今しがた気付いたことを書き連ねていく。一枚、二枚と、真っ白な紙が無数の数字で埋まっていく。
やがて、透の手が止まった。まだ半分にも達していないが、そこに書かれたものは、一つの可能性を示していた。それを見て、透は一言、呟いた。
「つながった……全部が、一つに」
「え? 透、どういうこと?」華の声で透は我に返った。振り返ると、五人が自分をじっと見つめている。健人は訳が分からないという顔をしていた。そんな中、華が興奮した様子で問いを重ねてくる。
「つながったって何が? もしかして、透……」
「ああ」そういえば、自分がたった今、決めゼリフじみたことを呟いたことに透は気付いた(前の時も似たようなことを言っていた気がする)。照れ隠しも兼ねて、しかしきっぱりと、透は言い切った。
「うん。多分、いや、ほぼ確実に、暗号は解けたよ」
「本当か、透!?」大吾が驚いたように尋ねてきた。
「それじゃあ、あのイタリア語で影法師とか名乗ってる窃盗団の居場所もすぐに」
分かるのねっ!」
「それはまだだけど……いや、待った、華、今なんて?」
「え、影法師とか名乗ってる窃盗団の居場所も……」
華の気合いに苦笑する透だったが、その何気ない一言にどこか引っかかるものがあった。ある人物と交わした会話が思い出される。
「影法師……そうか、そういえば、あの人の言ってたことって……!」全てに気付いたとき、透は思わずニヤリと笑った。
「大丈夫。一人だけ、変なことを言ってる人がいた。多分、そいつは窃盗団の一員だよ」
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