第10章 暗号解読講座

 その数日後。警察署の会議室に、今回の事件に関わった人々が集められていた。暗号を拾った松村有輝、ひったくりに遭った黒木耕史郎と屋敷澄彦、そして、特別に出席を認められた三島美緒里。他に、透の初めて見るおじさんとおばさんがいる。二人は、今回の事件で窃盗団の被害を受けた店の主人だと首藤警部が教えてくれた。それぞれ、生え際の後退しかけた眼鏡のおじさんが時計店、耕雲堂の店主、雲田くもだ新之介しんのすけ、真っ赤なスーツに髪まで赤く染め、丸々と太ったおばさんが吉良宝飾店の店主、吉良米子よねこというらしい。


「えー、それでは」今や透たちともすっかり顔なじみになった、首藤警部の部下の男性刑事が腕時計に目をやって声を張った。


「時間になりましたので、これより説明会の方を始めさせて……」


「ちょっと待ってくださいな、刑事さん」不意に声を上げて刑事の言葉を遮ったのは、吉良宝飾店の店主、吉良米子だった。米子は立ち上がって部屋全体をぐるりと見回すと、


わたくしと耕雲堂さんは、私たちの店を襲った連中が逮捕されたとのことだったので、伺いましたのよ? それなのに、どうして部外者の方たちがこんなにいらっしゃいますの?」


 と、部屋全体を不審そうにぐるりと見回した。


「ぶ、部外者って……」困惑する刑事に対して米子は、


「だってそうでしょう? 刑事さんがおっしゃるには、ひったくりもあのオンブラとかいう窃盗団が起こしたものだということですけど、だからってわざわざ私たちと同じ部屋で説明をする必要があるんです? それに」


 と、有輝、次に透たちへと視線を向けると、


「この子たちは一体何なんですの? それこそ、今回の一件には関わりがないんじゃないですか?」


 と、鼻息荒くたたみかけた。


「わ、私も吉良さんに同感ですな」耕雲堂の店主、雲田新之介が同調した。汗っかきなのか、六月とはいえそれほど蒸し暑くないにもかかわらず、ハンカチで額をゴシゴシこすりながら、早口に続ける。


「ひったくりに遭われた方々はまだいいかもしれませんが、明らかに関係がなさそうな子どもたちまでいるのはどういうことなんでしょう? そこのところを、まず説明していただきたいんですが……」


「え、ええとですね、この子たちは……」刑事が何か言う前に、華がずいと進み出て胸を張った。


「おばさん、あの有輝って子が最初に窃盗団の暗号を見つけたの! そして、あたしたちは少年探偵団! しかも、この透が」


 と、透を自分と米子の間に突き出して、


「オンブラの暗号を解いたのよ! それを、今からあたしたちが説明するのっ!」


 と、高らかに宣言した。透としては、いきなり人前に出され、しかもなぜか不機嫌なおばさんの前に立たされて、居心地が悪いことこの上ない。案の定、米子はさらに眉をひそめて、不審げな目を透に向けた。


「はあ、探偵団!? しかも、この子が暗号を解いたですって? あなた、馬鹿も休み休みおっしゃい。本当に小学生が暗号を解いたって言うんなら、さっさと説明してちょうだいな」


「は、はい」それまで、大吾、翼と何かゴソゴソやっていた優がびくりと顔を上げた。「それは今準備してるんですけど、もうちょっと待って……」


 今、五人は巨大な画用紙の束を前に悪戦苦闘している最中だった。もちろん、そこに書かれているのは、今回の暗号の解き方である。しかし、そこで問題が起きた。どの紙から、どんな風に出せばいいのか分からなくなってしまったのだ。そのせいで、透たちはさっきから三十分近くも困り果てていた。その様子を見て、米子は大げさなため息を吐いた。


「全く、こんな小学生の言葉を真に受けるなんて、警察もどうしたのかしら。刑事さん、いいからさっさとこの子どもたちをつまみ出してくださいな」


 さすがに失礼なおばさんだな! さすがの透もムッとした時、


「警部、失礼します」と、一人の制服警官が会議室に入ってきた。そして、意外な名前を出した。


「先ほど、受付に一人の子どもが来まして、何でも少年探偵団の皆さんに話があるとか……衣笠健人、と名乗っておりますが、どうしますか」


「健人が!?」驚いて声を上げた透。首藤警部が透を振り返って尋ねてくる。


「知り合いかね?」


「はい。でも、どうして……とにかく、通してください!」


 警官は五分もしない内に健人を連れてきてくれた。健人は部屋の様子を一目見て、大体の状況を察したらしい。「ったく」とぼやきながら、背負ってきたデイパックを降ろし、中から何かを取り出し始める。


「警察の前で暗号について説明するっていうから、まさかとは思ったけど……案の定だったな。そんなアナログなやり方で上手く説明できるわけがないだろ。ちょっと待ってろ」


 と言いながら、デイパックの中から真っ白なノートパソコンを取り出す。健人はそのまま、「すみません、線を貸してくれませんか」と刑事の一人に頼むと、テキパキとパソコンとコード、そして会議室に備え付けられていたプロジェクターを繋いでいった。健人がプロジェクターの電源を入れると、パッと画面が明るくなり、そこには


 『オンブラの暗号解読講座――講師:少年探偵団・森透』


 という文字がでかでかと映し出されていた。


「おい!?」思わず文句を言いかけた透に対して、健人はニヤリと笑うと、


「お前が解いたんだろ。安心しろ、お前の説明に合わせて俺が上手くやっていくから」


 と頷いた。


 透は健人をじっと見つめる。それから首藤警部、関係者、そして華たちに視線を移すと、大きく深呼吸した。それから、自分でも驚くくらい冷静な声で喋り始めた。


「分かりました。これから、僕が、いえ、僕たちがどうやってあの暗号を解いたか説明します」



「この暗号の変な所にまず気付いたのは、健人でした。健人は、暗号が四つの数字で一つの文字を表してるんじゃないかって考えたんです。その後、大吾がもう一つのことに気付きました。これです」透が言うと、画面がすぐに切り替わる。そこには、スラッシュで区切られた二十四文字の数字が並んでいた。


 0165/0021/0021/0196/0060/0021


「大吾は、この数字の並びが、有輝が拾ったもの以外の二つの暗号に書かれていることに気付いたんです。数字四文字が一字を意味しているとしたら、これは今回の事件に関係のある六文字の何かを示していることになります。見てください。この文字列は、0021ていう同じ数字が三回出てきますよね。だとすると、これが意味するのは二文字目、三文字目、六文字目が同じ言葉ってことになります」


「な、何だね、その言葉は?」時計店の主人、雲田新之介が口を挟んだ。透はその問いに短く返す。


「あなたです」


「えっ? ……あっ!」一瞬、呆気に取られた雲田だったが、すぐにその意味を理解したらしい。大きく目を見開いた。他の面々にも、ああ、そうかという雰囲気が漂う。透は続ける。


「そうです。時計店の名前はこんど。そして、それだと0021は『う』を意味してることになります。そこで、あることが分かります」そこで、透は言葉を切り、一同を見回した。そして、「あること」を告げた。


「『う』はローマ字でU。


 透としては、かなり自信満々に言ったつもりだった。しかし、


「…………」


 あれ? 思ったより反応が薄い。そんな透に追い打ちをかけるように、米子が文句をつける。


「だから何ですの? その理屈で言うと、数字は二十六までしか表せないんじゃ……」


 米子が急に言葉を切る。その目は透の背後に釘付けになっていた。つられて後ろを振り返った透にも、米子が何に目を向けているかが分かった。


 背後のプロジェクター、そこに二つの数式が映し出されている。そこに書かれているのは、


 0165=33×5

 0060=12×5


 健人が先を促してくる。「次はこれだろ、透。続けろ」


 そうだった。透の頭の中で、次に何を言うべきかが次第にまとまってきた。


「そう。もし0021が『う』だとしたら、その他の数字の内、0165と0060はそれぞれ『こ』『ど』を意味していることになります。そこで見てみると、この二つ、どっちも5で割ることができますよね。それが」そこで透は画面を指さした。「この式になります。でも、これだけじゃ意味が分かりません。でも、ここでもう片方の数字に注目してみると、どっちも3の倍数になっていることが分かります」そのタイミングで画面が切り替わる。そこにはこんな数式が出ていた。


 0165=11×15

 0060=4×15


「この通り、165と60はどっちも15で割ることができるんです。これとさっき『う』が21であることを合わせると……」透がそこまで言った時、


「ああっ!」


 と、美緒里が大声を上げた。


「そっか、15はO、11はK、4はD! !」


「なるほど、そうか。確かに、そう考えると意味が通るな」それまでずっと黙っていた黒木が感心したような声を出した。しかし、すぐに首を捻り、


「だけど、どうして『ん』が0196なんだ? 『ん』を示したいなら、Nなんだから、ABC……ああ、そういうことか」指を折って数えていたのが、納得したように頷き、


だな? パソコンとかで『ん』を打つときは、Nを二回押す。そして、Nはアルファベットの十四番目。196は14の二乗だ」


「そういうことです」透も頷き返した。「そして、このことを全部合わせて考えると、暗号の解き方にも見当がついてきました。つまり、って考えることができるんです。そして……」透が全て言い終わらない内に、部屋中からおおっという声が上がった。振り返ると、画面にびっしりと文字が浮かんでいる。それを見て、透は健人が来てくれて良かったと心から思った。そして、一言だけ言い添えた。


「これが、暗号の一覧です」


 あ  い  う  え  お

 A  I   U  E   O

0001 0009 0021 0005 0015


か き く け こ

KA KI KU KE KO

0011 0099 0231 0055 0165


さ し す せ そ

SA SHI SU SE SO

0019 1368 0399 0095 0285


た ち つ て と

TA CHI TSU TE TO

0020 0216 7980 0100 0300


な に ぬ ね の

NA NI NU NE NO

0014 0126 0294 0070 0210


は ひ ふ へ ほ

HA HI FU HE HO

0008 0072 0126 0040 0120


ま み む め も

MA MI MU ME MO

0013 0117 0273 0065 0195


や ゆ よ

YA YU YO

0025 0525 0375


ら り る れ ろ

LA RI RU RE RO

0012 0162 0378 0090 0270


わ を ん

WA WO NN

0023 0345 0196


が ぎ ぐ げ ご

GA GI GU GE GO

0007 0063 0147 0035 0105


ざ じ ず ぜ ぞ

ZA ZI ZU ZE ZO

0026 0234 0546 0130 0390


だ ぢ づ で ど

DA DI DU DE DO

0004 0036 0084 0020 0060


ば び ぶ べ ぼ

BA BI BU BE BO

0002 0018 0042 0010 0030


ぱ ぴ ぷ ぺ ぽ

PA PI PU PE PO

0016 0144 0336 0080 0240


「急いで作ったから、横書きになったけどな」健人が言う。しかし、そんなことは気にならないくらいの出来だった。


「すごい……」誰からともなくそんな声が漏れた。しかし、すぐに「ん?」という首藤警部の呟きが聞こえた。


「おかしくないかね。どうして『ら』がLAなんだ? 他のら行と同じく、RAでもいいんじゃないのかね? それに、『じ』はJIじゃなくてZIなのか?」


「いいえ」透は首を横に振った。「RAだとだめなんです。RAだと、数字は0018になりますよね。でも」と言って、『び』の所を指さした。


「『び』も0018になります。被らないようにするには、LAで0012にした方がいいんですよ。『じ』にしても同じです。JIだと、0090で『れ』と被っちゃいますから」


「なるほど、確かにそうだな」


「ね、ねえ、あなた」米子がそれまでとは打って変わって丁寧な態度で訊いてきた。


「それで結局、あの暗号はどうやって読むの? あれにはどんなことが書いてあったの?」


「それは、今から説明していきます。その他の真実と一緒に」透はたった一言、そう答えた。

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