第6章 暗号が二つ、三つ……

 案の定、透たちを見た首藤警部は複雑な表情をしていた。五人を褒めるべきか叱るべきか、たっぷり五分悩む様子を見せた後、警部は透たちに犯人の逮捕に協力したことへの感謝を伝えた上で、「打ち所によっては犯人が大怪我をしたり、最悪の場合死ぬこともあるから」と、もっともな理由で透たちの行動をやんわりと注意した。これでザイル作戦もボツだろう。また別の方法を考えなくてはならない。それよりも、透には別に気になることがあった。

「警部」透が質問しようとした時、先に優が口を開いた。

「ずっと気になってたんですけど、あの男が持ってた紙って……」

「ああ、それなんだが」警部の表情が一瞬にして険しくなった。

「答えられる範囲で言うと、彼は我々が追っていた強盗団の一員でな」

「ご……強盗団!?」思わず透の声が裏返る。

「ああ。名前を『オンブラ』と言ってね。何でもイタリア語で『影法師』という意味らしい。メンバーは日本人しかいないにもかかわらず、だ。元々は溝戸県を中心に荒稼ぎしていたんだが、十年ほど前にボスと幹部二人が逮捕されて、そこから芋づる式にメンバーのほとんどが検挙された。とっくに組織は潰滅したと思っていたんだが、どうやら逮捕を免れたメンバーがいて、そいつらを中心に新しく復活したようだな」

「どうして復活したって分かるんですか?」優が聞く。

「似すぎているんだよ、犯行の手口がね。どちらもあえて銀行や規模の大きな店ではなく、商店街の中や郊外にある小さな宝石店や貴金属店を狙い、徹底的に下調べをした上で犯行に及ぶ。奪うのはどれも十数万から高くて精々二~三十万のもの。それらをインターネット経由で外国に売って金に換える。一つ一つの利益は少ないが、それを何度も繰り返すことで何億という儲けを生み出す。塵も積もれば山となるというわけだな。先月の十七日、溝戸市の宝飾店と時計店に立て続けに強盗が入ったニュースは知っているかな」

 溝戸市は、その名前から分かる通り、溝戸県の県庁所在地だ。横川町のある青野あおの市の南に位置し、中心部は新幹線の駅やオフィス街で賑わっている。確かに、二週間ほど前にそんなニュースを見た気がする。しかし、そこで起きた窃盗事件のどこに横川町との関係があるのだろう。

「実はね、一週間前の夜中、溝戸市内で信号無視をしてパトカーに追跡されていた車が辻宮町で交通事故を起こした。後で車の中を調べてみたら、その店から奪われた宝飾品と時計がいくつか見つかった。それで、運転手が窃盗団の一員と分かったわけだ」

 そういうことだったのか。それだけでなく、辻宮町という言葉で、透にはピンと来た。「もしかして、警部が何度も辻宮総合病院に行ってたのは……」

「ああ」警部は重々しく頷いた。「運転していた男は意識不明の重態で近くの辻宮総合病院に搬送されたが、まだ意識が戻らない。本当はすぐにでも警察病院に移送したい所なんだが、まだ医者の許可が降りなくてね。まあ、移送した所で意識が戻らなければ意味がないし、意識が戻ったとしても長時間の取り調べは無理だろうがね。それでも、意識が戻る見込みはないか、二、三日に一度は病院訪れていたんだ」

「それで屋敷さんの時も病院にいたのね」華が納得したように頷いた。

「でも、どうして屋敷さんに話を聞きに行ったの? 窃盗団とひったくりは関係ないんじゃないの?」

「それがね……ひったくりの話を聞いた時、どこか聞き覚えがある手口だと思ったんだ。というのも、オンブラは窃盗以外にも、捜査の攪乱や資金稼ぎを目的に、スリやひったくりも何件か繰り返していた。盗みと同じで、その手口も十年前とよく似ている。それでひったくりの被害者たちから話を聞きたいと思っていたところ、屋敷君の話を聞きつけてね、いてもたってもいられなくて、一人でこっそり話を聞きにいったというわけだ。ところで君たち、あの紙切れが何か気になるのかね?」

 やれやれ。透は心の中で胸を撫で下ろした。ようやく話す機会がやってきた。

「警部、実は……僕たちもあの暗号を持ってるんです」

「な」警部の目がカッと見開かれた。「なにい!?」

 警部だけではない。その場にいた刑事たちが一斉にこちらを向く。全員、信じられないという顔をしていた。

「そ」警部の声は裏返っていた。「それはどこでだね? どうやって見つけたのかね?」

「え、ええと、見つけたのは僕たちじゃないんです」透は警部の勢いに後ずさりしながら答えた。「見つけた、っていうか拾ったのは隣のクラスの松村有輝って子で……」

 透たちは自分たちが覚えている限りのことを話した。有輝が暗号を拾った経緯、それを落とした男のこと、紙に印刷されたロゴから溝大に目をつけたこと、何人かに意見を聞いてみたが、いまだ解読の手がかりが見つからないこと、悩んでいたら偶然にも二枚目の暗号を目にし、さらに警察が三枚目――警察の側からすれば一枚目――の暗号を持っていることが分かったことなどを。

「ううむ」話を聞き終わると、首藤警部は厳つい顔をさらにしかめて腕を組んだ。が、悩んだのは一瞬で、すぐに何人かの部下に有輝の家と横川駅に向かうよう指示を出す。おそらく、これから有輝に詳しい話を聞きに行ったり、防犯カメラの映像をチェックしたりするのだろう。

「さて」一通りの指示が終わると、警部は透たちの方を向いた。

「今回は相手が組織的な犯罪者なのもあって、君たちの助けは借りんつもりだったが……こうなった以上は仕方あるまい」

 と、五人を近くの部屋に通してしばらく待つように言うと、自分は部屋を出て行った。警部がどこに行ったのか分からないまま、時間が過ぎていく……。警部が戻ってきたのは十分ほど後だったが、透には一時間以上経ったように感じられた。部屋に入ってきた警部の手には、コピーらしい二枚の紙が握られていた。机の上に置かれたそれに書かれたものを見た途端、透の中に衝撃が走った。

「警部、これってもしかして……」

 警部は固い顔で頷いた。

「今言った、二つの暗号だ。上層部うえに何も言わず部外者、それも子どもに見せるなど、本来ならあってはならないことだが……君たちなら信頼しても良いだろう。非公式だが、警察の捜査責任者として依頼しよう……この暗号を解読してほしい」

 警部はそう言って、二枚の紙を五人がよく見えるよう、さらに近付ける。二枚の紙には、それぞれこんな数字が書かれていた。


 0090052500210014001401260216

 0008009900120120002113680375

 0231010001960011001201650021

 0021019600600021021000900525

 0196012600150300002102850021

 0008011703900060136801200021

 006501960040


 0165002100210196006000210008

 0090052500210270023101260216

 0011001200900525002100080216

 0126021602100117798000110011

 0196010501050008021600900126

 0040000901000196010001960009

 0196021000990007052503780196

 0004002000090117019601470345

 007000120005

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