第7章 暗号の最大公約数
結局あの後、透たち五人と有輝は警察にさらに事情を訊かれ、指紋を採取されてから解放された。自分たちが素手で触ってしまったせいで強盗犯の指紋が消されてしまったのでは……そんな悪い想像が頭の中をよぎったが、首藤警部によれば元から付いていた指紋が消された様子は無かったらしい。どうやら、オンブラは普段から暗号には素手で触らないようにしているらしく、他の二つの暗号からも指紋は検出されなかったらしい。自分たちが証拠を消してはいないと分かって、透は少しほっとした。
翌日の日曜日、透たちは健人の部屋に集まっていた。片方のパソコンの画面には、またしても下巳未来の『女子高生探偵 加納奈菜の事件簿』。どうやらこの作者は、三日か四日おきに作品を更新しているらしい。先週見た時より、二話ほど話が進んでいる。しかし、今回見たいのはネット小説ではない。
健人が何度かマウスをクリックすると、ニュースサイトの記事が出て来た。他の五人がその回りに集まる。日付は今日から二週間前、溝戸市で発生した強盗事件を伝えるニュースだった。おそらくこれが首藤警部の言っていた強盗団だろう。見出しは『溝戸市で強盗相次ぐ 同一犯か』となっている。
記事によると、被害に遭ったのは溝戸市北区の『
さらにその五分後、そこから二百メートルほど離れた時計店『
奪われた品物はどれも高価なものではないが、被害総額は合計で時価四十万円ほどになるという。犯行の時間帯や手口、犯人の人数から同一犯の可能性が高く、さらに同様の被害が県内で相次いでおり、警察は貴金属を扱う店を中心に注意を呼びかけているらしい。
「それと」 全員が記事を読み終わるタイミングを待っていたかのように健人が口を開いた。
「頼まれてはいなかったが、この強盗団の一員が事故ったってニュースも一応調べといたぞ。どうやら、夜中の一時に信号無視した所をパトカーに見つかって、辻宮町の辺りまで逃げた所で中央分離帯にぶつかったらしい。ちなみに、事故った車も盗難車だったとか」
透はふと気になって尋ねてみた。「信号無視をした場所も青野市だったの?」
健人が頷いた。「青野市どころか、それも辻宮町だよ。逃げ出してから事故るまで約百メートルって書いてたな。ところで……」
と、部屋の中央のテーブルに目を向ける。そこには三枚の紙が置かれていた。有輝が拾ったものと昨日首藤警部から渡されたもの、それぞれの暗号の書き写しだ。
それぞれ、有輝が拾ったものが、
00427980000800110231
13680020037501960216
03750021006579800090
01170025037500210216
金髪の男が持っていたものが、
0165002100210196006000210008
0090052500210270023101260216
0011001200900525002100080216
0126021602100117798000110011
0196010501050008021600900126
0040000901000196010001960009
0196021000990007052503780196
0004002000090117019601470345
007000120005
事故を起こした強盗犯の車にあったものが、
0090052500210014001401260216
0008009900120120002113680375
0231010001960011001201650021
0021019600600021021000900525
0196012600150300002102850021
0008011703900060136801200021
006501960040
となっている。字数も並びも異なるが、どれもただ数字が並んでいるだけであるのは共通している。
「他の暗号が揃ったんなら何か取っ掛かりが見つかるかと思ったけど、むしろますます訳が分からなくなったな。こうも数字が並んでるだけじゃあな……」
「そ、そうね」華が暗い声で答えた。そう言えば今日はやけに静かだと思ったら、華の口数がやたらと少ない。顔色も悪いようだ。まさか体調でも悪いのか……と透は心配したが、何のことはない、単に数字がごちゃごちゃ並んだ暗号を見るのが辛いだけだ。確か、華は一年生の時から算数が苦手だった。
「そう言えば」健人がふと思い出したように尋ねてきた。
「警察は溝大には目を付けてなかったのか? 有輝が拾った紙が溝大のメモ用紙だったんなら、他の二枚もそうだったんじゃないのか?」
その問いに答えたのは翼だった。「いや、元々警察が持っていた暗号が書かれた紙は、どちらも松村が拾ったものとは違っていた。金髪の男が持っていた紙は普通のコピー用紙を1/4に切ったもので、事故を起こした強盗犯が持っていた紙は雑貨屋で売っている手帳のページを破ったものだったらしい。指紋のことといい、オンブラはかなり用心して連絡を取っているようだな」
「じゃあ警察はこれまで溝大には目をつけてなかったのか? だとしたらかなりのお手柄じゃないのか」
「ううん、話はそう簡単じゃないみたい」華が暗号から目を離して言った。
「美緒ちゃんに一応話は聞いてたんだけど、あのメモ用紙は溝大の購買で普通に売ってて、卒業生や近所の人とかも時々買いに来るんだって。その他にも、説明会とかで高校生にもよく配ってるから、持ってる人は結構多いらしいの。だから、警察もその辺りはあまり期待してないみたい」
「別に溝大の関係者じゃなくても、誰でも簡単に手に入るって訳か。じゃあ、そっちの線から辿るのは難しそうだな。そう言えばあと一つ、お前らが捕まえた男は暗号の解き方は知らなかったのか? 奴も強盗団の一員だったんだろ?」
「それも無理だった」大吾が首を振った。
「あの男、いくつかの強盗事件に関わってたことは認めたけど、SNSで雇われたって言ってる。他の奴らも似たようなもんで、正式なオンブラのメンバーは一人も知らないらしい」
「闇バイトってやつか。そこからも厳しそうだな」健人は椅子の背もたれに寄りかかると、大きく伸びをした。そのタイミングで、透は今日ここに来た一番の目的について尋ねてみることにした。
「ところで、健人。この暗号なんだけど、他に何か気付いたことはない?」
「え? うーん、そうだな……」健人は椅子から立ち上がって机の上に手を延ばすと、有輝が拾った暗号を手に取った。再び椅子に深く腰掛け、しばらくの間、それをじっと見つめていた。そして、残りの二つにも目を向け、しばらく考えていたかと思うと、一言ポツリと呟いた。
「4の倍数だな」
「え?」
「文字数だよ。俺が最初にこの暗号を見たとき、二文字ずつ組み合わせてみろって言ったのを覚えてるか? そう考えたのは、最初に見た暗号が80字、つまり偶数だったからだ。でも、新しいこの二つの暗号は……」
と、残りの二つを手に取る。三枚をそのまま他の五人の方に向けて、
「それぞれ188字と236字。これと80を4で割ると……」
と、シャープペンシルと紙を取り出し、さらさらと走らせる。たちまち三つの数式が出来上がった。
80=4×20
188=4×47
236=4×59
「な? 47と59は素数だ。つまりこれ以上割ることができない。こういうのを何ていうか知ってるよな」
健人は五人をぐるりと見回した。それに答えることができたのは、
「……この三つの数字の最大公約数は4。そういうことか」
翼一人だった。一拍おいて優がああ、と声を上げる。透も記憶を掘り起こして、何とか「最大公約数」を思い出した。一方、大吾は必死で思い出そうとしているのか、難しい顔。華に至っては、聞きたくないとでもいうように耳を塞いでいる。そんな様子に構わず、健人は翼の言葉に大きく頷いた。
「そうだ。最大公約数ってのは、二つの数字を割ることのできる一番大きい数字のこと。例えば、10と15なら5が最大公約数になるし、12と24なら12が当てはまる。この二つの暗号、割るとしたら4が一番大きくなる。最初は数字の数が偶数だったから、二つの数字で一つの文字を表すんだと思ってたが、三つ合わせてみるとそうじゃないことが分かる。この数字はただの偶数じゃない、4の倍数なんだ。それを踏まえて数字を四つずつに分けると……」健人は暗号の紙に線を入れていく。シャッ、シャッという小気味よい音だけがしばらく続く。やがて、無数の数字は全て四字ずつに分けられた。
0042/7980/0008/0011/0231
1368/0020/0375/0196/0216
0375/0021/0065/7980/0090
0117/0025/0375/0021/0216
0165/0021/0021/0196/0060
0021/0008/0090/0525/0021
0270/0231/0126/0216/0011
0012/0090/0525/0021/0008
0216/0126/0216/0210/0117
7980/0011/0011/0196/0105
0105/0008/0216/0090/0126
0040/0009/0100/0196/0100
0196/0009/0196/0210/0099
0007/0525/0378/0196/0004
0020/0009/0117/0196/0147
0345/0070/0012/0005
0090/0525/0021/0014/0014
0126/0216/0008/0099/0012
0120/0021/1368/0375/0231
0100/0196/0011/0012/0165
0021/0021/0196/0060/0021
0210/0090/0525/0196/0126
0015/0300/0021/0285/0021
0008/0117/0390/0060/1368
0120/0021/0065/0196/0040
「すごい……」透は思わず声を漏らしていた。最初はただでたらめに数字が並んでいるようにしか見えなかったが、こうして見ると同じ数字が出てくることが分かる。
「ねえねえ」華が急に身を乗り出してくる。
「この0021って数字、全部に出て来てない? こことここに、ほら、ここにも!」
「0216もだね」優が一枚を手に取った。
「その隣の0126も」
他にも同じ組み合わせの数字がいくつか見られる。ということはやはり……。
「当たりみたいだな」健人が満足そうに頷く。「ま、後はお前たちで頑張ってくれ」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ」透は慌てた。
「ここまで来たんなら、健人ももう少し協力してくれれば……」
「俺は探偵団じゃないしな。透の頼みだから暗号を解く手伝いはしたが、取っ掛かりが見つかったんならそこまでだ」
「それはそうなんだけど……」透がそこまで言った時、唐突に携帯の着信音が鳴り響いた。
華がポケットから自分のスマホを取り出す。画面に表示された名前を見て、意外そうに呟いた。
「美緒ちゃんからだわ」
横川小探偵団の事件ノート 第二話 探偵団と謎の暗号 小原頼人 @ohara-mis
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