夏は全てを喰らい去る
蠱毒 暦
無題 ◾️◾️/チーズ依存症候群
◾️◾️◾️◾️年 8月♦︎❤︎日
人は死んだら…◾️◾️/チーズになる。
◾️◾️/チーズは
…不味く/美味しく…『私』の舌を穢す。
暑い中…時が過ぎる程にその味は濃厚になり…咀嚼して飲み込んで…段々と。
——その味が…癖になっていく。
21◾️◾️年 8月某日
暑い。今日の最高気温は39度と聞いてたからそりゃあそうだと納得せざるを得ないのだが…
「なあ。今日クソ暑いし、昼は俺の家でピザでも頼もうぜ!」
「いいなそれ…でも割り勘だからな!?」
「え。黙るなよ。ちゃんと払えよな!」
通り過ぎていく半袖の高校生らしきグループを一瞥する事もなく、さっきスーパーで買ってきたアイス棒の袋を開けた。
(あーあ…もう溶けかけてんじゃん。)
仕方なく残った部分をペロペロと舐めて歩いていると、ポケットに入ってるスマホが鳴った。
「もしもし…うん。すぐ行くから……じゃ。」
酒盛りをする事を諦めて、家に買い物の荷物を置いてから、すぐに清掃の仕事へと向かった。
……
「んっ…あぁ〜〜最っ高。仕事終わりはこうでなくっちゃあ…後輩ちゃんもほらほら。」
「え…じゃあ焼酎を一杯下さい。付け合わせでイカの塩辛と煮物と刺身をお願いします。」
「あいよ!…少し待ってな。」
仕事帰り。近くにあった銭湯で一緒に体を清めてから、後輩ちゃんを誘って適当な居酒屋に入っていた。
「先輩は…」
「わっはっは。私は後輩ちゃん程食べないからチーチクのみで結構!!おやっさん…生をもう一本くれい!!昼の分まで今日は飲むぞぉ!!!」
「そうじゃありません……はぁ。またはぐらかして…あ。この人はいつもこんな感じで…もし気に障ったのなら帰りますが。」
「別に構わねえぜ。寧ろこんな若い別嬪さん方に酒を振る舞えるなんて日はめったにねえしなぁ…先に生一丁!」
「別嬪!私達別嬪さんだってwwwおやっさん見る目あるわ!!あっはっはっは!!!」
「全く…終電までには帰りますからね。」
◻︎◻︎◻︎
「んぁ…ここどこ?」
……ここは『夏を満喫して感想を言うまで出れない部屋』だ。そして僕はこの部屋の案内人。その名は…
見知らぬ場所だ。壁は鮮やかな赤で統一されていて装飾のへったくれもない。
周りをぐるっと見渡す。
(扉もないじゃん。)
……ちょっ聞いてんのか!おい!!
どこかに閉じ込められてしまったのだろうか。
「うーんこれは困った。こうなったらスマホで後輩ちゃんに連絡を…って、入ってきたばっかだからメアド持ってねー。」
「いい加減にしろよ!少しは僕の話を聞きやがれ!!」
視線を少し下に向けると、小柄な黒髪の少年が立っていた。何でか…見覚えがある気がする。
「ん?どうした少年…君も閉じ込められているのかな?」
「話聞いてた!?僕はこの部屋の案内人で…」
「うんうん。そっかぁ〜私にもそんな時期があったよ。」
「冗談とかじゃなくてマジだから!!僕には夏を具現化させる力があるんだぞ!!!」
「じゃあ、この空間を海に変えてみてよ。そしたら信じて…」
少年がイラつきながら指を鳴らすと、気付けば私は海中にいた。
「ぶっ…あっぷ…溺れちゃう!?どうやって海面に立って…ご、ごぼぼ…」
「僕の力をこれで…信じてくれるか?」
「ぶはっ…はい信じますよ!!信じちゃうよ、サメがめっちゃ来ちゃってるよぉ!?」
少年がまた指を鳴らすと、元の赤い空間に戻っていた。
「うへぇ…私のスーツがびしょ濡れだ…それに……磯臭い。」
「……。」
「でも新鮮だしまあいっか。で、少年…さっき『夏を満喫して感想を言うまで出れない部屋』とかナレーションしてくれてたけど、具体的にどうすれば出られるのか教えてくれない?」
「そこはちゃんと聞いてたのかよ…文字通り、夏を満喫して感想を言えば出れる。簡単だろ?」
(夏…夏かぁ。)
普通に考えて、友達とかと海水浴とかプール…山登り、BBQ…海外旅行といった夏休みでやりがちな事をすればいいのか。この少年の言う通り、確かに簡単だ。
ネット界隈のスレにありがちな『〇〇しないと出られない部屋』…だったか。その中では最低難易度の代物に違いない。しかも夏を具現化出来る少年もいると来た。こんなのさっさと出ていけと言っているようなものじゃあないか。
「んー……無理かな☆」
但し。産まれてこの方、ほぼ清掃の仕事しかして来なかった私でなければだが。
「大人になっても…友達。出来なかったんだよな…ごめん。」
「ねえ少年。何か誤解してないか?私はこれでも24歳…知識としては知ってるよ。ただする時間がなかったというか、生きる為に仕方なかったというか…!!」
さっきまで私に憐憫を向けていた少年は、決心したように顔をあげた。
「よし決めた。僕が全身全霊を持って夏を楽しませてやる。」
「可哀想な人みたいじゃん!?…そんなに私を楽しませたいならビールとツマミを持って来てくれれば、すぐに…」
「それじゃ駄目だ…よし。こうしよう。」
何かを閃いた少年はまた指を鳴らした。
◻︎◻︎◻︎ 21◾️◾️年 7月❤︎日
私は家の清掃の仕事中…見つけてしまった。
(とっても芳醇な…チーズだったなぁ。)
「2階の遺品整理終わりました…あんまり物がなくて早めに…先輩?」
最近やって来たばかりの後輩ちゃんが、地下室から回収した一枚の紙を持っている私を不思議そうに見つめる。
「…後輩ちゃん。後は私が1人やっとくから仕事先に上がってもいいよ〜」
「え、ですが…」
後輩ちゃんからだと隠されていた地下室の中は見えない…良かった。入ったばかりのあの子にこれは…まだ荷が重すぎる。
「あっはっは!先輩の言う事はちゃぁんと聞くべきだよ?真夏の防護服はクソ熱くて、中が汗でベッタベタになるんだよなぁ。こっからでも後輩ちゃん匂い…スッゴイよ?興奮する人は興奮するんじゃないかな?」
「…嘘!?そ、そ、そんな…防護服越しなのに、そんなに匂いますか!?」
「うん。だから今日は帰りな…帰りに銭湯とかに寄るといいよ〜今度おすすめの消臭剤、教えてあげる。」
「…っ。はい!是非教えて下さい…では!!」
(乙女だなぁ…20歳だし無理もないか。)
脱兎の如く後輩ちゃんがバタバタと走り去って行った事を確認して…スマホの電源を入れる。
「…さてと。警察に電話するかぁ。」
その後、警察官がやって来て軽い事情聴取を受けた私は、コンビニでビールを買って帰路へつく。
「…あーどうしよ。バレたら捕まるかなぁ…」
家の地下室から回収して、不思議とそのまま持って来てしまった一枚の紙を眺めながらため息をつく。
(ま。いっか…帰ってビール飲んで忘れよう。)
……
気がつけば、私は呆然と砂浜に立ち尽くしていた。
「まずは海だ。夏といったら海…誰だってそう言うだろ。」
「なっ…水着になっている…だと。いつの間にそんな早着替えを。」
「…海に来たんだから当たり前だ。黒いスーツ姿の方がおかしい。」
「…む?」
少年に指摘されて、私は自分の姿をまじまじと眺める。
「その…似合ってるかな?」
「似合ってるから…おい。あ…あんまり近づくなよ。」
「ははーん。さては…えへへ〜推定Dカップの私に興奮しちゃった?後輩ちゃんよりはあるからね。仕事柄…邪魔でしかないけど。」
「にやけ顔でこっち来るな。お前…お酒も飲んでないのに酔っ払ってるのか?」
「しいて言えば、雰囲気に酔ってる。海かぁ…産まれて初めて来たよ…実際、こんな感じなんだなぁ。」
そう感慨に浸っている間に、少年はいちいち指パッチンをして、色んな物を出現させていた。
「指…痛くならない?やり過ぎると老後に指が痛くなるらしいけど。」
「…お前が心配しなくても僕はもう、」
一瞬、少年は何かを言いかけたが、言うのをやめて私を睨んだ。
「そんな事はいいんだよ。まずは…海を楽しもうぜ。海水浴とか…」
「あっはっは。先に言っておくが私は全く泳げないぞ?溺死体を作りたいなら、そうするといい。」
「ビーチバレーは…」
「私を完敗させたいならいいよ!実はこう見えて…運動音痴なんだ。あっはっは!!君と同じくらいの頃のボール投げの記録は3mさ☆」
「知ってたが笑えねえ。なら…」
……パチン。
明るかった空が一瞬で夜に変わり夏にスーパーでよく見かける花火セットを渡されて、私は目を丸くする。
「花火…これなら流石に楽しめるだろ?」
「ほほーそう来たか。で…どうやってやるの?」
「裏面にある説明書を読めよ!!」
プンスカしながら、火がついた蝋燭が置かれた小皿と、水の入ったバケツを出現させて…その姿が消えた。
「あっはっはっは!!怒らせちゃったかな?」
暗がりの中で裏面の説明を何度も読んだ後、試しに適当に取り出した手持ち花火を蝋燭の火に入れた。
「うわ。綺麗…」
吹き出す火が様々な色へ変化するのを見て私は心底驚く。内心ちょっとだけ馬鹿にしていたから尚更だ。
「……どうだ。楽しいだろ?」
「うん。すっごく楽しいよ…そうだ。試しに全部燃やしたら面白いかも!この輪っかな奴も…よーし。いっちょいきますかぁ!!」
「っ馬鹿…一気にやったら……熱っ!?」
「凄っ、めっちゃ動く…あっはっはっは!!海は充分楽しめたし、次に行こうか!…あちち。」
「…ああもう!!」
——まだ色々準備してたのに。
少年が指を鳴らす寸前で、そんな声が聞こえた気がした。
☑︎◻︎◻︎ 2099年 6月♠︎日
ゴールデンウィークから僕は、暗い暗い地下室の中にいる。
何度も何度も叫んだが…お父さんもお母さんも返事をしてくれない。外から鍵がかかっているのか、地下室の扉を開ける事は出来なかった。幸いな点を挙げるなら、天井付近にある換気扇から空気が入って来る事と水や食料が沢山あった事だった。暗がりの中。小学校の課題で彼女と作った『夏休み行きたい場所リスト』を眺め…食糧の備蓄が尽きるまで今日も妄想する。
……
「なるほど。今度は山か…少年?」
「…なんでもない。」
いつの間にかサイズは違うが、私とおそろいの登山服を着た少年は、背負っていたバックを降ろした。
「随分と開けているけど。ここ…頂上かな?」
「そうだ。お前…運動音痴だから、道中はカットした。」
「助かるよ…すぅー…ん〜!!空気が澄んでる。」
「でも登山は登る過程が大事だから…次はちゃんと登れよな。」
「はーい!」
数分くらい夕日をボッーと眺めていると、横からパチパチと薪が燃える火や食べ物の香りがしてくる。
「ほら焼けてきたぞ…さっさと席に座れ。」
「え…美味しそうじゃん!!例によって、指パッチンで出したの?」
「材料は出したけど、調理したのは僕…」
「美味しい!焼き野菜ってこんなに美味しかったんだ…でも。ん…どうしたんだ少年?こ、これは!?!?」
心なしかドヤる少年が指差した先には、たくさんのビール缶が大きな容器に氷水で冷やされてぷかぷかと浮かんでいた。
プシュ…ごく、ごくっ…
「…ぁぁぁあ〜〜氷水でキンキンに冷えたビール…いい。この焼き野菜や焼肉達がいい感じのつまみになってるし、この満天の星空も肴に飲めるしで…ここは極楽浄土か?」
「欲しかったんだろこれ…到底、理解出来ないけど。」
「あっはっは少年!結婚しよう!!そして一緒に居酒屋でも営もうぜ〜君には、才能がある。私…料理下手っぴだから賑やかし担当ねっ!!!」
「…うるさい酔っ払いとは嫌だな。」
「えぇ…絶対、後悔するよ!!いいの!?」
——もう遅いよ。
「…遅いって、何が?ねえねえ、教えてよ〜少年!」
「何でもないんだ…ほら、僕はこれくらいでいいから、後は食べろよ。」
「少年。この時期に食べなきゃあ…成長しませんよぉ…色々とね♪高身長は何かと女子にモテるぞ〜」
「……次だ。」
ビールをグビグビ飲んでいると、少年は指を鳴らした。
☑︎☑︎◻︎ 2099年 5月♧日
今日は授業内で隣の席の◾️◾️君と『夏休みやりたい事リスト』を作った…その帰り道。
「…後は実習活動だけか。夏休みどこか開いてるか?用事があったらそっちに合わせるよ。」
「あっはっは!!!大丈夫だ…問題ない。」
「お前なぁ…何度も言うけど、行く場所のリストは僕が全部書いたから、感想書くのは本当頼むぜ?マジ忘れるなよな。」
「うんっ。絶対に忘れないよ…◾️◾️くん。」
私は自慢げに胸を張った。
「…ったく。調子いいんだから。」
「あっはっは!!元気な事がわたしの取り柄だよ?またゴールデンウィーク明けで!じゃ!!」
「危な!?車来てたぞ…怪我せず帰れよ!」
「おっけ〜♪」
それが…最期の会話になるとも知らずに。
21◾️◾️年 7月♦︎日
「…今日からこの仕事に入りました。」
「ん…あ…よろしく〜私、
居酒屋で酔い潰れてるこんな人が、人類最後の…
——特殊清掃員。
「…後輩ちゃんさ。この仕事とっても大変だから、すぐにでも辞めていいからね〜新人は大体ひと月で辞めちゃうからさ。」
「辞めませんよ。」
「そう。あっ…履歴書は見たよ。借金が沢山あるんだってね…大変だ〜大将…もう一杯。」
この居酒屋の店主が少し心配そうに言う。
「おい…これ以上は体に悪いぜ?」
「あっはっはっは!!まだまだ飲めますぜぇ?大将…私はまだまだ…うへへ……」
「なあ。このお嬢ちゃんを…」
「…分かりました。茜先輩…もう帰りますよ。ここの支払いは私がしますから、後で返して下さいね。」
「あいあーい…すぅ…すぅ……」
なけなしのお金で支払いを済ませてから、私は先輩を背負って外に出た。
「…?起きて下さい先輩、スマホが鳴ってます。」
「ん〜〜あ…もしもしぃ……うん。」
スマホの電源を切ると初めから酔いがなかったかの様に、すっと私の背中から降りて服装を正した。
「さて…初めてのお仕事だ。後輩ちゃん…準備と覚悟はいい?」
「え、あ…は、はい。」
「あっはっは!!そう気負わなくてもいいよ。殆どの場合、警察が死体を回収した後だからね。」
快活に笑いながら、震える私の手を握った。
「だとしても私にはとても…人が亡くなった場所に行く時に、笑う事なんて…」
「あっはっは。何であれ人は何かに依存しなきゃ生きていく事なんて出来ない。依存出来ない人は生きる意味を見失って腐って死んでいく。私の両親みたいにチーズになっちゃうんだ。あっはっは。行くぞ後輩ちゃん!私についてこーい!!」
「チーズ?何処か論点がズレてる気が…あ!待って下さい先輩!!!」
今は思考を放棄して、先を歩く先輩を追いかけた。
(…懐かしい。未だに先輩が言ってた事の意味は…分からないままだけど。)
「ふぁ!?」
初めての仕事の事を思い出しながら、茜先輩に言われて銭湯に向かう道中に偶然…風に飛ばされてきた古い新聞が私の顔を覆った。
そして……知る事になる。
………
海、山…と来れば、最後は…私はゆっくりと目を開ける。
「夏祭り。」
予想通り、沢山の出店が並び、お祭り特有のお囃子が聞こえるが…人はいない。
「あっはっは!!!そうかそうか。見覚えがあると思ったら……
「やっと気づいたか…
遠くに佇む袴姿の少年…神助くんを見てはにかむ。
「うわっ…この歳でちゃん付けされるの恥ずかしーかもしんない。ゴールデンウィーク明けても学校に来なかったから…心配したんだよ?」
「心配したなら、僕の家を訪ねればよかったじゃないか。」
「訪ねたかったけど私も色々あってね。知ってるでしょ?…チーズになって私の体の一部になったんだから。」
神助くんは私から少し目を逸らす。
「夏休み前に両親が家の中で熱中症で倒れた。身長が低いから自力で扉も開けれず、助けを呼ぶ事すら出来ないまま食べ物がなくなり、極度の空腹で両親を…それがなくなったら物を使って窓ガラスを割って夜な夜な人を殺して喰った。これは立派な…」
「あっはっは。それは違うね…私の両親は何かに依存できなかったから死んだんだよ?チーズはとろけた方が美味いものだからね…時間が余り経っていないとろけていないチーズなんて…腐ってるようなものだったよ。だからね神助くん。君は」
——私の両親と同じくらい美味しかった!
私は神助くんに背を向けた。
「海も山も。夏祭りは…雰囲気だけでも楽しめたよ。感想は私の担当だったね。あっはっは!!ありがとう神助くん。お陰で少しは…両親をチーズに変えた夏を好きになれた気がするよ。」
目の前には黄色い扉がある。これを開ければ…戻れるだろう。
「待て…やめろ。その先は」
「今度…後輩ちゃんを夏祭りに誘おっかな。バイバイ神助くん…また何処かで。」
私は話も聞かずに扉を開けた。
…☑︎☑︎☑︎
扉を開けた後は確か…家のベットの上にいたんだっけ。なんで忘れてたんだろう?
「あれ…ここは…」
「居酒屋近くの公園です。あの後、盛大に飲んで寝てしまったんですよ…今、水を持ってきますから…どいて下さい。私のズボンが蒸れちゃいますから。」
「…そだっけ?まいっか。後輩ちゃんの太ももの匂い。すんすん…お日様の香りだぁ。」
「あの、早く起きて下さい…怒りますよ?」
私は渋々、後輩ちゃんの膝枕から起き上がり大人しくベンチに座って待っていると遠くからお囃子の音が聞こえる。
(あ、そうだ!…戻って来たら後輩ちゃんを夏祭りに誘ってみよっと。)
戻って来た後輩ちゃんが私にペットボトルを渡してくれた。
「サンキュー♪ねえ後輩ちゃん」
———ザクッ
私はこれをよく…知っている。
「…え。なん…で?」
黒いスーツが真っ赤に染まり、持ってたペットボトルが落ちる。
「ごめんなさい茜先輩…いいえ砂夜先輩。」
周囲に街灯はなく、暗がりだからその表情は分からない。でもその手には私の血で染まった包丁が握られていた。
「実は私…調べてました。先輩の事を…」
『2099年9月 教員が自宅で無惨な姿となった明美夫妻を発見。警察官が自宅を捜索した所、一階の窓ガラスが割れており、行方不明になっていた何人もの人骨が押入れから発見された。容疑者や明美夫妻の娘の砂夜ちゃんの行方は未だ詳細が掴めていない状況で…統一政府は、最新技術を駆使してその希代の殺人鬼を確実に捕えるとの声明を発表しました。』
「正直信じたくなかった。先輩が…稀代の殺人鬼だった事なんて。でも今日の寝言を聞いて疑いが確信に変わりました。」
「あっはっは。私を疑うなんて酷いなぁ…ゲボッ…ゲホッ……」
何度も吐血して、血溜まりを作っていく。
「後輩ちゃん。もし私が死んだら…」
「既に警察と救急車を呼んでますから…犯罪者同士、一緒に刑務所で罪を償いましょう。」
「後輩ちゃんと…か。でも家の借金はどうするの?」
「そ、それは…」
「…あ〜今回収監される刑務所にビールとか出ないかなぁ…?」
「……。少しは禁酒して下さい。」
私は後輩ちゃんに右手を出した。
「その包丁…貸して?」
「……私を殺すつもりですか?」
「違うって。そんな事しないよ。」
後輩ちゃんは素直に包丁を手渡してくれた。
「あ。最後にお願い…聞いてくれない?」
「一緒に捕まる前にですか。…はぁ。本当にしょうがない人ですね砂夜先輩は。何を私にお願い…」
包丁を密かに首元へ向けて…小さく笑った。
「どの部分でもいいから死んでチーズになった私を…食べて欲しいな。」
私と一緒に居ようとしてくれるのは凄く嬉しい…けど。
ビールもチーズも飲めず食べれない生活なんて…生きてる意味がない。
「先輩?っ、待っ…!?」
「召し上がれ♪」
でも…それでもね。
(後輩ちゃんと夏祭り…行きたかったなぁ)
そんな本音を心に残し、私はチーズになった。
……
…
4年前。
私には白髪で、血の様な赤い目をしたビールばっか飲んで酔っ払っていた先輩がいた。
「…行って来ます。砂夜先輩。」
あんな事をしたのに、何故かお咎めも受けず…私は今も、借金返済の為にこの仕事を続けている。
山頂の墓前に一輪ずつ持って来たコレオプシスとクロユリを置いて一礼し、墓石を見ると赤くなった私の左眼が映り…ふとあの時を思い出す。
不味くて…癖になる事はないだろうけど。
砂夜先輩の左眼は…屋台の焼きイカの様な味がした。
了
夏は全てを喰らい去る 蠱毒 暦 @yamayama18
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