第19話 勇者さまの妻

「できたわよ、シルヴィー」


 にっこりと笑って、ルネがシルヴィーの肩を叩いた。目を開けて鏡を見ると、美しく化粧された自分が映っている。


「ありがとうございます、ルネさん!」

「私、メイクもヘアセットも得意なの」


 ルネが得意げに笑うと、背後に立っていたオデットがぼそっと呟いた。


「ルネさんって本当、化粧上手ですよね。こんなに若く見えるんですから」

「……若く?」

「オデット! 余計なこと言わないで!」


 ルネが目を吊り上げて怒鳴ったが、オデットは平然としている。


「そういえばルネさんって、何歳なんです?」


 オデットは以前、22歳だと言っていた。オデットがルネに敬語を使っているから、見た目に反して、ルネが年上だということは知っている。


 でもこの言い方、1歳や2歳上って感じじゃないわよね?


「ルネさんは29歳よ」


 オデットがあっさりと答えると、アンタねえ! とルネがオデットの背中を叩いた。するとルネが呆れたように溜息を吐く。


「こんなにおめでたい日に、くだらないことで騒がなくていいじゃないですか」


 おめでたい、という言葉をオデットは強調した。

 そう、今日は、シルヴィーとリュカとの結婚式なのである。


 結婚式場はフルールだ。華やかに飾り付けをし、ミレーユに結婚式用の豪華な料理を依頼した。

 招待客は、フルールで働くキャストたちとパトリシア、それからリュカの祖父であるセヴランのみ。

 こじんまりとした式だが、結婚式の話は街中に広まっている。二人を祝うために、街の人が駆けつけてくれるかもしれない。


 リュカさん、すっかり街の人気者になったんだもの。


 勇者として街に帰ってきたリュカは、すぐに大勢に囲まれた。そんなリュカがシルヴィーとの結婚を自慢しまくったせいで、二人の結婚話はすぐに広まったのだ。


「アンタ、後で覚えてなさいよ」


 オデットを軽く睨みつけ、ルネがシルヴィーのもとへ戻ってくる。


「シルヴィー」

「はい」

「とうとう、本物の新妻になったわね」


 フルールのコンセプトは、新婚。シルヴィーたちキャストは、新妻という設定で客をもてなす。

 そしてシルヴィーは先日、フルールのキャストを卒業した。

 既婚者になれば働けないというわけではないが、やりにくいのは事実だ。


「これからは裏方として、フルールを盛り上げますから」

「ええ。期待してるわ」


 キャストをやめても、スタッフとしてやれることはたくさんある。そもそも、シルヴィーがいなければチェキ撮影が行えないのだ。

 フルールもかなり儲かってきて、金銭的な余裕も出てきた。改装や、新メニューの開発をすることもできるはず。


 卒業はちょっと寂しいけど、裏方にまわっていろいろ考えるのも、すごく楽しそうだわ。


 それに、チェキ、というスキルを活かす他の道を考えてみてもいいかもしれない。

 未来のことを考えるだけでこれほどわくわくしてくるのは、リュカが隣にいてくれるからだ。





 真っ白いタキシードに身を包んだリュカが、シルヴィーを見て甘く笑った。今日はリュカも、花婿らしく着飾っている。

 テーブルの上には豪華な料理がおかれ、店内は色とりどりの花で飾られている。中央には、教会からきてもらった神父が立っていた。


「シルヴィー、おいで」


 手招きされ、リュカの隣に並ぶ。


「今日のシルヴィーも、可愛い」

「ありがとうございます」

「あとでチェキ、撮ってもいい?」

「本当にリュカさんはチェキが好きですね」


 呆れたようにシルヴィーが言うと、リュカは不思議そうな顔で首を傾げた。


「俺が好きなのは、シルヴィーだけど」


 ああもう、本当にリュカさんって人は……!


「シルヴィー、大好き」


 照れもせず、甘い笑顔で見つめてきた。もうすっかり慣れたはずなのに、未だにリュカの顔を見るとどきどきしてしまう。


「今日からは、一緒の家に住めるのも嬉しいよ」


 フルールの近くに、リュカは小さな家を購入した。いずれ家族が増えたら、新しい家を建てよう、と笑いながら。

 すぐに家を建ててもよかったのだが、家が完成するのを待てない、早く一緒に暮らしたい、とリュカがごねたのだ。


「それにシルヴィーはもう、俺以外を旦那さま、なんて呼ばないでしょ」

「……ええ。私の旦那さまは、リュカさんだけです」


 勝ち誇ったような顔でリュカが頷く。そろそろ式を始めた方が……と思っていると、外から歓声が聞こえてきた。

 窓から顔を出して外を確認すると、大勢の人が押し寄せている。


「勇者の結婚式を一目見ようってことかしらね」


 ルネの言う通りだろう。リュカはすっかり勇者としての人気っぷりにも慣れたようで、民衆には目もくれずシルヴィーだけを見つめている。


「手くらい、振ってあげたらどうですか?」

「シルヴィーは、嫉妬したりしないの?」


 ぷく、とリュカが頬を膨らませた。勇者だというのに、子供っぽいそんな表情がよく似合う。


「だって私は、勇者さまの妻ですから」


 そう言って、わざと外から見える位置でリュカにキスをする。驚いて目を見開いたリュカは、シルヴィーの嫉妬深さに気づいただろうか。


「愛しています、旦那さま」


 頬を真っ赤にしたリュカを見つめ、にっこりと笑う。

 ルネが呆れた表情で、式の始まりを告げた。


 今日から私の、新しい人生が始まる。生まれ変わったわけじゃないけど、でも確実に、私の人生はこれから変わっていくんだろう。


「リュカさん」

「なーに?」

「私を妻にしてくれて、ありがとうございます」


 うん、とリュカが嬉しそうに頷いた。


「全部、あの日シルヴィーが俺を見つけてくれたおかげだよ」

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異世界で新婚カフェを開いたら、王命で勇者の妻になりました 八星 こはく @kohaku__08

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