行くぞ、カフェテリアへ

ひろ・トマト

第1話

土曜日の昼下がり。


家から20分かけて駅まで行き、電車に揺られ、駅に着き、そこからさらに2分ほど。


そこに自分の目的地がある。




見目麗しい店員。ショーケースに並ぶケーキやドーナツ。席に座り、真剣なまなざしでスマホやパソコンと相対する若者。


色々な要素を煮込んで、ブレンドして一つの空間を形成している、その場所……カフェ。




今、自分はそこにいる。


レジに並ぶ長蛇の列の一員を成している。


財布しかないカバンを背負い。


イヤホンを耳にねじ込みながら。




なぜ自分がここにいるのか。


単純な話しだ。


今までカフェなんぞに行ったことがないからだ。


しかし、このままではいけない。


自分の未知なる可能性を引き出すためにはあらゆることに挑戦しなければ。


そう思いたち、電車に揺られやってきたというわけだ。




周りを見渡してみると、普段見たことのない景色が広がっている。


店の上からはおしゃれな洋楽が鳴り響き(何語かはわからない)、レジの上のほうを覗いてみれば呪文のような文字列が並ぶメニュー表が飾られている。そして何よりも店内にいる人々の、輝かんばかりの姿。




店員・客問わず全員がキラキラしているように見える。


服がおしゃれだからだろうか。全員服にお金をかけているのだろう。こっちはユニクロの二千円の服を着ているというのに。




正直言って場違い感が半端じゃない。


一抹の恥ずかしさを覚えながらも、踏みとどまる。




そうとも。ここで逃げてはだめだ。


これは試練なのだ。自分が一歩成長し、未知なる世界へと羽ばたくための(多分)。




などと思っていると。


そろそろ自分がメニューを頼む番だ。






まずい。なにを頼むか全然決めていなかった。


慌ててメニューに目を通す。


何を頼もう。ケーキはとりあえず頼むとして。




問題は飲み物だ。いろいろと種類はあるのだが、何を頼んだものか。


エスプレッソ、カフェモカ、フラペチーノ……。


うーん。わからん。


これはいったい何がどう違うのだろうか。


もっとわかりやすくしてくれればいいのに。




いろいろ悩んだ末、とりあえずエスプレッソを頼むことにした。


なんかおしゃれそうだし。




頼むものが決まったところでついに自分の番が来た。


ただ頼むだけなのにひどく緊張してしまう。


こういう雰囲気に慣れていないのが丸わかりだ。




しかし、目の前の金髪の女性店員ギャルっぽいはとびきり素敵な笑顔で接客している。


こんな明らかにカフェ慣れしていない客相手でも笑顔を切らしていない。


うむ、素晴らしいプロ意識だ。ありがとう。




内心で店員さんに感謝しながら、自分のメニューを伝える。


チョコレートケーキとエスプレッソ。


言えた。


どもることもなく。噛むこともなく。


―――よし。勝った!


まるで大仕事を成し遂げたが如く、心に達成感が満ちる。




「サイズはどうしますか?」


しまった。サイズを決めてなかった。


完璧かと思われた自分の受け答えに重大な見落としがあった。


なるべく動揺を悟られないように慌ててメニューを見る。




えーっと、なになに。


ら、らーじ?とーる?


なんだそれ。


なぜSとかMじゃないんだ。


こんなのわかる人がいるのか。


などと思っている間にも一秒、二秒と過ぎていく。




とにかくこの状況を脱さねば。




とりあえず……




「えーと、じゃあ、真ん中ので……」


「ラージですね~」


こういうのは真ん中にあるのを選んどきゃ大丈夫だ。




さて、注文もすんでケーキの乗ったおぼんも受け取って、あとはエスプレッソを受け取るだけなのだが。


その前に、席を確保せねば。




できれば端っこのほうがいいのだけど……


どこも埋まっている。


どうやら、店の真ん中らへんにあるテーブル席を使うしかないみたいだ。




そこのテーブルでは自分と同年代ぐらいの人たちが座っている。


やはり自分とは違ってキラキラとした雰囲気を醸し出している。


ここに座るのは緊張するが、背に腹は代えられない。


意を決して席に着く。なるべく音を立てないようにこっそりと。




よし。席には着いた。あとは飲み物だ。




飲み物の受け取り用のレジに並ぶ。


前に並ぶ人は、イチゴや抹茶のフラペチーノだのアメリカ―ノだのといった飲み物を受け取っている。


うーむ、どんな飲み物なのだろうか。てんで想像もつかないぞ。


さっきも思ったけどなぜもうちょっと違いを分かりやすくしないのか。




などとぼけっとしながら考えていると。


自分の番だ。金髪の店員さんからもらったレシート的なのを、同じく金髪のイケメン店員に見せる。


金髪多いな。てかみんな顔がいいな。




イケメンは屈託のない笑顔でエスプレッソを手渡してくる。


賛否の激しい紙ストローもご一緒だ。




エスプレッソを受け取り席につく。


さあ、ここからが本番だ。




ストローを差し、口をつける。


芳香は香りが鼻腔を刺激する。


スーッと息をすい、口の中に液体が通……あっつい!


思わず口を離す。なんという熱さ!


喉が……のどがやける……!




しばらくしてやっと熱さが引いてきた。


ふう。びっくりした。


すごいあつかった。




考えてみれば当たり前だった。


そらそうだよな。熱々の液体をストローで流し込んだらこうなる。


なぜ気づかなかったのか。


なんという間抜けさ……!




熱々のエスプレッソはおいておくとして、次はケーキだ。


さっそくフォークを使い、ケーキを一口ほおばる。


ふむふむ、なるほど。


―――おいしい!


さすがカフェと言うべきか、コンビニで食べるものよりも甘く、おいしい。


具体的にどうおいしいか、と言われると伝えるのは難しいが……とにかくおいしい。


今まで食べたチョコケーキの中では抜群のおいしさだ。




しばらくケーキをほおばる。そろそろエスプレッソもちょうどいい温度になったころだろうか。




エスプレッソの入ったカップを持ってみる。


少し熱いがまあ飲めるころだろう。


さっきの反省を生かしゆっくりと慎重にストローの歩みを進める。


エスプレッソが喉を通過する。


……あれ、苦いな。




勝手な想像なんだけど、エスプレッソって甘いイメージだった。


それがどうだろう。意外と苦い。


ほぼコーヒーじゃんこれ。




これは砂糖を入れるべきだ。


そういうわけで、細長いシュガーの袋をとってきた。




まずは一袋。


投入。試飲。うん、まだ苦い。




続けて一袋。


またも試飲。


――ふむふむ


――ちょうどいい甘さだ。




やっといい感じに楽しむことができる。




ケーキの甘さに舌鼓をうち、エスプレッソのほろ苦さを味わう。




しばらく食べ進み、すべてを腹の中に納めた。


うーん。予想以上においしかった。




周りを見渡し見ると、相変わらずの景色が広がっている。


見目麗しい店員。ショーケースに並ぶケーキやドーナツ。席に座り、真剣なまなざしでスマホやパソコンと相対する若者。


レジも相変わらず盛況だ。ギャルっぽい店員もイケメン店員も笑顔を切らさず仕事している。お疲れ様です。




―――さて、そろそろ帰るか。


自分の胸中は達成感がいっぱいだ。


こんなおしゃれなカフェでケーキを食べ、エスプレッソを飲む。


こんなすごい経験ができたのだ。これをすごくないと思うものがいるだろうか。いやない。




確かな満足感を全身に駆け巡らせながら、席を立つ。


自分の成長を確かに実感しながらカフェを後にするのだった。










……おぼんって、どこで片づけるんだろう……


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行くぞ、カフェテリアへ ひろ・トマト @hiro3021

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