空谷の跫音
藤泉都理
空谷の跫音
グリフォン。
魔法使いの宝物や金銀財宝を守る、前足と頭と両翼は鷲、胴体と後足はライオンの魔法飛翔動物。
河童。
頭頂部に「皿」と呼ばれる円形の滑らかな部分があり、体表に毛はなく身体の色は緑色で、背中には亀のような甲羅、手足の指には水かきがある妖怪。
天狗。
山伏姿で、顔が赤くて鼻が高く、背に翼があり、手には羽団扇・太刀・金剛杖を持つ。神通力があって自由に飛行する山の神。
座敷童。
赤い着物を身に着ける、おかっぱ頭で赤ら顔の幼い子どもで、住み着いた家に幸福を、家を去った後には没落をもたらす妖怪。
おまえの兄だよ。
宮殿の門番の任に就いていたグリフォンは、問答無用で口から炎を吐いては侵入者を焼き殺そうとしたが、天狗がふざけた事をのたまう河童を連れて飛翔したので叶わなかった。
一度目は。
グリフォンは己もまた飛翔しては、天狗と河童目がけて炎を吐き出し続けた。
何度も何度も何度も。
宮殿に侵入者を近づけない、侵入者は排除するという門番の役目を果たす為でもあったが。
己を揶揄する河童をどうしても赦せなかったからだ。
兄は死んだのだ。
二十年前に。
門番の役目を果たす事ができずに、処刑されたのだ。
この目で確りと見た。
兄の首が大きな刃で斬り落とされる瞬間を。
瞬き一つせずに。
己が炎で兄の身体を焼いては、残った骨を粉砕して、海へと流したのだ。
それを、
兄は身体も心も精悍で勇猛果敢なグリフォンだった。
まかり間違っても、こんな間抜けな姿の河童に転生なんぞするはずがない。
「私を、兄を侮辱するなああああああ!?」
「この嘴を見よ!」
天狗に抱えられながら、グリフォンの追撃を躱す河童は腹の底から叫んだ。
グリフォンは目を充血させながら、全身から真っ赤な煙を吐き出しながら、河童を射抜いた。
「その嘴がどうしたと言うのだ!?」
「この嘴をよく見よ!おまえと。グリフォンの嘴と同じであろう!私を転生させた神が私を憐れんで、嘴だけはと、生前の嘴と前世の記憶を今世の姿に残してくださったのだ!私は処刑された!門番の役目を果たせず処刑された!だが!私は自らの意思で門番の役目を降りた!その宮殿の主に願い出たからだ!宮殿に閉じ込められている異国の座敷童を開放してくれと!憐れんで解放してやってくれと!その願いは跳ね除けられた!私は処刑された!私を抱えている天狗殿はずっとずっと座敷童を探していたのだ!その途中で、河童に転生した私と出会い、私は座敷童の事を話して、ここまで来たのだ!」
「っ!?」
嘘だ出鱈目を言うな。
炎と同時に吐き出すはずだった言葉は、けれど、一音も出せなかった。
兄だった。
兄が、居たのだ。
河童の背後に、グリフォンだった兄の姿が見えた。
「あに。う、え。本当に。兄、上、なの、です、か?」
グリフォンは動きを止めて、ただ河童を凝視した。
河童は天狗に頼んでグリフォンの間近まで近づいてもらい、己の嘴を、グリフォンの嘴にそっと触れ合わせた。
「ああ。兄だ。おまえの。兄だ。会いたかった。ずっと。会いたかった」
「兄上っ!!!」
兄だと確信したグリフォンは感極まって、涙を流した。慟哭した。
兄上。兄上と、何度も何度も腹の底から呼び続けた。
「こりゃあ!何をしとんじゃあ!グリフォン!おまえ!しゃっしゃとそいつらを焼き殺さんかあああ!私の宮殿に入り込もうとしてるんだぞお!ほりゃほりゃ!しゃっしゃとしないとおまえの兄のように処刑しちゃうんだもんね!首と胴体を真っ二つにしちゃうんだもんね!それが嫌ならしゃっしゃ「こらこらこら。いけませんねえ。久方ぶりの兄弟の再会に水を差しては」「ひえっし!な、ななななな、なんじゃ、おまえは!?おい!おい!グリフォン!グリフォン!あんんの役立たずめ!」
外出しては宮殿に戻って来た宮殿の主は、眼前に立つ天狗の奇妙なほどの優しい微笑に、滂沱と冷や汗を全身から垂れ流しつつも、不遜な笑みを引っ込める事はしなかった。
あのグリフォンだけが、宮殿の守り手ではないからだ。
げひゃげひゃげひゃ。
宮殿の主は下卑た笑いを四方八方へ飛ばしながら、何種類もの他の魔法生物たちを呼び寄せた。
「しゃしゃしゃしゃ!おまえも!おまえも!おまえも!細切れにしてこいつらの餌にしてくれるわ!」
「おやおや、まあまあ。これはこれは。参りましたねえ」
優しい微笑こそ引っ込められなかったが、大層弱り切った天狗の声音に、しめしめとほくそ笑んだ宮殿の主は、何種類もの他の魔法生物たちに、天狗、グリフォン、河童を殺せと大声で命じたのであった。
「おやおやまあまあ。参りましたねえ。本当に。折角鎮めていた力を」
使いちゃいたくなっちゃったじゃないですか。
「おそっ。遅い!ばか!ばかばかばかばかっ!」
宮殿の一室に、獰猛な魔法生物たちに監視されながら閉じ込められていた座敷童は解放されるや否や、天狗の太股を何度も何度も叩き続けた。
「ころっ!殺されないって!わかって!た!けど!でも!このままずっと!ここに!居なきゃいけない!って!ずっと!あの!怖い生物たちに!監視されたまま!生きて行かなきゃいけないって!こわっ!怖がっだんだがらなあ!」
「ごめん。ごめんよ。まさかこんな異国に連れ出されてるなんて思いもしなかったんだ」
「っえっうえ!あ~~~~~!」
天狗に抱き上げられた座敷童は大声で泣き叫びながら、天狗の頭をぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう抱きしめ続けたのであった。
「恐ろしいな、あの天狗は。あの数をたった一体でいなすとは」
「まあ。山の神だからな。敵うとしたら、同じ神だけだろう」
宮殿の主、及び、宮殿の守り手であった魔法生物たちが魔法警備兵に次々と拘束されては連れて行かれる中、グリフォンは身体の向きを変えて隣に立つ兄である河童を見た。
「兄上。このままこの国に留まってまた私と一緒に門番をしないか?」
「いいや。私は、このまま烏天狗殿と一緒に世界中を旅しようと思う」
「即断か。悩む素振りすら一切見せないのだな」
拗ねた口調で言うグリフォンに苦笑しつつ、河童は己の嘴をグリフォンの嘴に触れ合わせた。
「強くなった。飛翔も炎も力強さをまざまざと感じた。本当に成長したな」
「兄上」
「ははっ。泣き虫は相変わらずか?」
「………兄上が決めた事ならば………私は………グリフォンとしての、役を、果たさねば、ならぬから。この国で。私は、がんばる」
(ううむ。一緒に行こうって誘われるのを待っている目をちらちらと向けてきている。ううむ。しかし。多分、この国に留まってグリフォンの任を果たしたいとも思っているはず。ううむ)
「弟よ。長期休暇はもう取ったのか?」
「いや。まだだが」
「そうか。ならば、その長期休暇の間だけ、私たちと一緒に旅をしないか?よろしいだろうか?烏天狗殿。座敷童殿」
河童は隣に並んだ烏天狗と烏天狗に抱えられた座敷童を見た。
「あたしは別にいいよ」
「私も構いませんよ」
「だそうだが。おまえはどうだ?」
「………兄上が。そこまで言うなら。まあ。長期休暇の間だけなら。まあ。いいですよ」
「あのグリフォン、すんごく嬉しそうだったね」
「大好きな兄上とまさかの再会を果たせた上に、一緒に旅行ができるのです。それはもう胸がドキドキワクワクしているのでしょう」
長期休暇の申請をしてくる。
そう言っては飛翔していったグリフォンを見上げながら、烏天狗と座敷童、そして、河童は微笑んだのであった。
(2024.7.23)
空谷の跫音 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます