第20話 最悪な茶会

 何言ってんだこいつ。その場に同席した人間全員の頭に、同じ一文が浮かぶ。いくら婚約関係とはいえ、事前に誘ってもいない相手のパートナーになれる訳ない。常識云々以前の、擦り合わせ段階の話だ。魔法を使って直接脳内に話しかけるとかの方が、まだ一応対話をしてるだけマシである。一方的にでも通達すらしていないのに、他人が自分の意志を汲み取ってくれる筈もなかろうに。


 その態度じゃあいかにも、頭で適当に考えた理想を、周囲が勝手に汲み取り察知して完璧に叶えてくれるとでも言いたげじゃないか。その考えが許されるのは、精々3歳前後まででは? その歳で真剣に信じていたら、痛いを通り越して心配になるような思想である。いくら世間知らずでも精神年齢の成長まで止まっていないとそんな馬鹿げた発想は出ないのでは? その場に居合わせた誰もがそう考えているのが薄ら察せられた。


 その後王太子が喚いた内容を繋ぎ合わせるに、どうやらこういう事らしい。王太子の開いた茶会は同伴者必須の規定がある。しかし、人付き合いの薄い俺にはパートナーとなってくれる知り合いなど居る筈もなく、同伴者など当然見つからない。


 しかし、王太子を愛している俺は例え同伴者が見つからずとも茶会に不参加だなんて到底考えられっこあろう筈もなく……。まあ、相手が主催で誘われたんだから、そう思うわな。で、恥を覚悟で茶会に参加する俺。周りからの冷笑に耐えて悲しみに振るえていると、そこに颯爽とカッコよく王太子が登場! あれ、彼のパートナーは? 王太子も1人で茶会に参加して居るのを不思議に思った俺に、彼はこう言うのだ。『いくら不遜な言動が目に余るとは言え、仮にもお前は私の婚約者だ。その婚約者が恥ずかしくて惨めな思いをしないように、これまでの無礼を寛大な心を持って許し、私のパートナーの座に座る事を許可してやろう。私は優しいからな! その代わり、もう逆らうんじゃないぞ?』と。この言葉に俺は大感激! 王太子はなんて素敵で思い遣り溢れる人なんだろう! と、感動して感謝のあまり愛は深まり態度を改め従順になる。後はもう、完璧に王家の天下だ。


 ……以上が、王太子が考えた彼にだけ都合のいいストーリー展開である。いやいやいや。確かに前に追い払う時に『あなたの事を愛しているからこそ』とか何とか言ったが、あんなの適当に捻り出したのが見え見えの嘘じゃん。一先ず話を逸らす為に言っただけなのバレバレじゃん。信じるか? 普通。仮にそれが真実だとしても、今の話は展開があまりにも運任せで無理筋過ぎるのでは……?


 何にせよ、王太子が態々作った危機を利用して俺に恩を売って主導権を握れると思い込み、意気揚々と茶会に参加してみたら、実際には俺の隣にはパートナーのヨシュアが居て初っ端から計画が崩れた訳だ。何で貴様がそこに居るんだ!? そこは私の場所の筈だったのにぃ! と、まあ王太子の考えによるとそういう事らしい。結果的には策士策に溺れる。王太子が1人だけパートナーが居らずあぶれているのだから、なんともはや。


 王太子以外の他の参加者は漏れなく皆ペアになっているので、溢れ者は彼1人だけ。悲壮さが物凄い事になってる。王太子が顔を真っ赤にしてプルプル震えてる所を見ていると、好きか嫌いかで言えば嫌い寄りの相手の筈なのに、どうにも哀れみを覚えるから不思議だ。いや、だってこれは流石にさぁ。同伴者必須の茶会で主催者だけボッチって……なんだか微妙な空気になっちゃってるよ。いたたまれねー……。


 ま、まぁ? 俺的には結果として存分に、王太子からの不興を買えたから、結果オーライ的な? ……いや、周囲のこの惨状を見るにそうも言ってられないか。いくらなんでもコラテラルダメージがデカ過ぎる。巻き込まれたその他多数の心情を思うと、あまりにも不憫だ。


 実際、妙に気まずい空気のせいで茶会の醍醐味らしいトークタイムが始まったのに、漂うオーラが重過ぎて誰も口を開かず辺りが静まり返っちゃってるし。王太子も馬鹿なら馬鹿らしく予想の下の行動をしてくれればいいものを。変に捻って斜め下にいかれたせいで、周囲に巻き添え被害が出てるじゃないか。あー、空気が重い……。


「きょっ、今日はいいお天気ですねぇ。晴れてはいますけれど、適度に雲も出ていて気温も丁度いいですし」

「そそそ、そうですわね。紅茶をいただくにはピッタリの気候ですわ」


 あまりにも重苦しい空気感に耐えかねたらしい同席者の令嬢の1人が、口火を切って会話を始めてくれる。ごめんよ、お嬢様方。王太子はなんの考えもなく歳若い令嬢を侍らせたくて、特にお綺麗で美姫として有名な彼女達をこの席次にしたのだろうが、今の彼女達は暗いオーラの発生源と同じテーブルについた生贄状態だ。王太子とお話できるから下手はできないと張り切って粧し込んできたであろうその美しい顔が白いのは、何も白粉のせいだけではないだろう。


 ご令嬢が勇気を出して話を始めてくれたのに、男で一応は王太子の婚約者でもある俺が怖気付いて黙りこくっているのは宜しくない。俯いたまま下からこちらを憎々しげに睨みつける王太子は無視し、自然な感じで俺も話の輪に入っていく。ここまで来るともう、逆恨みには一々付き合ってられないからな。


「俺はこういう場に出たことがなくてからきしなんですが、この紅茶は美味しいですね。スッキリした味わいだ」

「この風味は恐らく、南部の方の茶葉ですわね。香りから言ってボンディ地方のものかしら?」

「ああ、あそこの茶葉は特に香りがスパイシーで分かりやすいですよね」


 と、ヨシュアも加わり数人で和やかな雰囲気で適当に話をしていく。やはりこういう茶会での社交は男よりもご令嬢の方が上手なようで、同席した2人の令嬢は言葉の端々に茶器のセンスがいいだの紅茶の趣味が素晴らしいだのそれとなくお世辞を混じえ、あからさま過ぎない程度に遠回しで王太子を褒めそやしている。


 俺はあくまでも不興を買いたい側だし、ヨシュアはそもそも王太子に呆れ返って見下げ果てているので褒めるという発想自体ないようだった為、彼女達のような積極的な行動はしない。それでも、一応同席者として場の空気が悪化しない程度には愛想良く相槌を打った。自業自得とは言え、置かれた惨状のせいであまりにも王太子が哀れに思えたというのもあるが。


 そうして暫くご令嬢達に手を替え品を替えチヤホヤされていたら、元々周囲から甘やかされまくっていて優しい言葉をかけられるのが常な王太子は、いつも通りの展開のお陰で何とか気分を持ち直したようだ。令嬢達からお世辞交じりに煽てられ自信を取り戻し、不貞腐れるのを止めて話の輪に混じり始めた。やれやれ、手間のかかる人だな。


 まあ、手間のかかる状態になるまで落ち込ませる状況の一員となった俺が言えた事じゃないかもしれないが。でも、半分くらいは不幸な事故的要因だと思う。後の半分は、王太子の自業自得な。何にせよご令嬢達にヨイショされてある程度調子が戻ったらしい王太子は、今は胸を張りふんぞり返った姿勢でペラペラと自分の話をしている。……あの姿勢、背中痛めないのかな?


「おお、そうだ! 忘れるところだった! 今日は将来付き合っていく事となる皆さんに敬意を払って、特別な茶菓子を用意したんだった! 今から持ってこさせよう!」

「まあ、なにかしら? 楽しみですわ」


 王太子が控えていた侍女に合図してその特別な茶菓子とやらを持ってくるように手配する。周囲は皆ある程度空気も戻ったし、特別だとかいう茶菓子を食べられるなんて楽しみだなぁ、みたいな顔でニコニコ微笑んでいた。


 それを横目に見ながら、俺は嫌な予感に表に出さないまでも内心眉を顰める。おいおい、特別な茶菓子って、まさかじゃないよな? 若しそうだとしたら、これはまずいぞ……。しかし、そんな俺の不安を嘲笑うかの如く、出てきた茶菓子は案の定。


「教会で司祭達が特別に手をかけて育てている、聖魔力をふんだんに吸収して育ち、実を付けるとその果肉に聖魔力を蓄えるヒレルの実は皆さんもご存知でしょう? これはそのヒレルの実をコンポートにしてタップリ使った、焼き菓子だ!」

「まぁ、あのとっても貴重なヒレルの実ですって!? 凄いわ!」

「これが1口食べれば寿命が1年伸びると有名な、あの……!」


 茶会の参加者達の口にした感嘆の言葉に満足そうに胸を張る王太子。高位貴族でもなかなか手に入らない大変貴重で伝説的なヒレルの実を前に色めき立つ参加者達。誰しもが興奮で頬を紅潮させる中、俺だけが青白い顔で問題の焼き菓子を呆然と注視していた。


 元々濃いオレンジ色をしていてコンポートにされた事もあって艶々と輝いているヒレルの実は、一見とても美味しそうだ。けれど、俺はそれを見ても全く食欲が湧かない。元々甘いものにあまり興味がないのもあるが、1番の理由は他にある。その理由とはなんと言う事はない。以前このヒレルの実を使った焼き菓子を食べて酷く体調を崩した事があるのだ。まあ、以前と言っても前の人生での事だが。以前味わった体調不良を思い出してしまい、あの時の苦しみを繰り返さねばならぬのかと、俺はひっそりと奥歯を噛み締めるしかないのだった。

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2024年9月20日 20:00

死に戻ったけど、やり直したい事は特にありません《全年齢版》 @garigarimouzya

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