第3話 転生当日Ⅰ

「あら、今度はちゃんと早いじゃない。殊勝な心掛けだわ」

「日に二回も怒らせたくないからな。行こう」

「ええ、なに食べようかしら」


 仄かに香るシャンプーのいい匂い。

 高いの使ってそう。


「肉肉肉」

「きちんと野菜も取りなさい。体が資本なんだから」

「母さんみたいなことを」

「同い年の息子はいらない」


 とはいえ、星花の奢りなので従うことにする。

 唐揚げ定食にサラダをプラスだ。


「ねぇ、あなたって」

「ん?」


 空いている席について味噌汁を一口含む。


「どうしてヒーラーになろうと思ったの?」

「動機? なんだ急に」

「だって、こう言ってはなんだけど」


 珍しく言い淀んで、それからそれでも言葉にする。


「ほかのヒーラー……ヒーラー専属の人って回復以外できないじゃない?」

「それがヒーラーだし」

「でもあなたは違うじゃない。自分の身は自分で守れるし、いざとなったら戦える。だいたいそう言う人ってアタッカーとかバッファーを兼任してるものでしょ? なのにあなたはヒーラー一本」

「まぁ、兼任が多いのはたしか」

「でしょ? よほどヒーラーに思い入れでもあるのかと思って」


 別に隠している訳じゃないし、そのくらい言ってもいいか。

 飯も奢ってもらってるわけだし。

 もしやこれが狙いで? まぁいいか。


「まず前提として俺の魔力属性ががっつりヒーラー向けなこと」

「聖属性」

「そ。回復魔法を一番効率よく扱える属性。で、これは昔話になるんだけど……こんなのホントに聞きたいか?」

「えぇ、聞きたいわ。私、興味があるもの」


 目が爛々と輝いてる。

 興味津々って感じ。


「あらそう……ありふれた話だぞ。星花もガキの頃に体験しただろ? あれ」

「あれ? ……あぁ、あれね」


 表情が一変してしかめっ面になる。

 俺たちの世代じゃ、この話は決して明るい顔をして出来ることじゃない。


「史上最悪の魔法使い、悪逆の限りを尽くした死霊魔法使いネクロマンサー。その最期の魔法。死者の軍勢アーミー・オブ・ザ・デッド

「アンデッドが人を殺し、殺された人がアンデッドになる。被害者の総数は自然災害並み。切っ掛けはその渦中のことだったよ。言ったろ? ありがちな話だって。ヒーラーに命を救われたんだ、家族共々」

「昔で言えば病気の家族を救ってくれた医者に憧れてってところ?」

「そんなところ。彼が居なけりゃ俺も今頃アンデッドだ。だからヒーラーがいいんだ。他でもないヒーラーが」

「なるほどね。よくわかったわ」

「それで」


 一人納得して食事に戻ろうとした星花に待ったを掛ける。


「人に聞いといて自分は話さないなんてないよな?」

「私? 私は……」


 一瞬、ほんの僅かに視線が逸れる。


「ま、才能の有効活用ってところね」

「なんじゃそりゃ」

「私みたいに優秀な美少女が魔法使いをやらないなんて人類の損失だと思わない?」

「そーもう」

「でしょう!」


 気の抜けたようなテキトーな返事でも気を良くしたみたいで何より。


「あ、そうだ。明日もクエスト受けたからお願いね」

「また? こんな短いスパンで?」

「新作コスメが出るの!」

「そーれはまた一大事なことで」

「詳細は後で送るから」

「それはいいけど、大丈夫なのか? 体調とか」

「誰に言ってるのよ。私は母屋星花よ、この学園のトップ! 体調管理はばっちり。無茶なことはしないわ」

「あぁ、そうだった。俺としたことが忘れてたよ。無敵の魔法使いだもんな」

「ふふん、そのとーり!」


 これだけ調子に乗ってるのに実力はたしかなんだもんな。

 じゃないと許されない性格をしてる。


「ふぅ、食った食った。ごちそうさま」

「はーい。じゃ、明日もよろしくね」


 星花と食堂で別れて自室までの帰路につく。


「ん?」


 不意に背後に気配を感じて振り返るも、やっぱりそこには誰もいない。

 気のせい? いや、たしかに何かの気配があったはずなんだけど。


「……疲れてんのかな」


 明日もクエストに向かうことだし、今日は早めに寝るか。


§


「ふぁあ」


 よく寝たにも掛からず昼飯を食べ終わると不思議なことに欠伸は出てしまうもので。

 ダンジョンでこうならないように気を付けないとと思いつつ、食堂を出て星花との待ち合わせ場所へと向かう途中のこと。通路の向こう側から一人、男子生徒が駆け足でこっちに向かってきた。


「あ、いたいた。おーい、四季」

「ん? あぁ、利守としもりか」


 八百塚利守やおづかとしもり、ディフェンダー。

 同級生でクラスメイト。陽気な奴で友達も多い。

 ソシャゲ廃人。


「なんかよう?」

「実は昨日、夜遅くにやっちまってな」


 そう言った利守の右手首は大きく腫れていた。


「派手にやったな。相手は?」

「スパルトイ。棍棒を変に受けちまって」


 骨の魔物。スケルトンの上位種。

 人骨をベースに獣の要素を含んだ出で立ちで武器や防具を使える。

 あまり強くない魔物だし、俺たち二年生なら問題なく勝てる相手だ。

 油断したな。


「なんか最近、やたらとアンデッドが多いんだよなぁ。ネクロマンサー復活の兆しか?」

「縁起でもないこと言うな。見たところ折れてはなさそうだけど。保健室には?」

「行ったよ、行ったけど。ほら、今の担当の先生、自然派だから」

「あぁ。自然治癒至上主義ね」


 魔法の台頭によって医療にも革命が起きた。

 怪我や病気が短期間で治るとなれば積極的に回復魔法が用いられるようになるのは必然。それに至るまでの過程に色々と苦難があったみたいだけど、とにかく現在では当たり前のように治療に魔法が使われている。

 けど、それをよく思わない人たちも少なからずいるわけで。

 魔法ではなく本来人間に備わっている治癒力を持って怪我や病気を治すべき。

 そんな思想を持った人たちが現れ始めた。

 保健室の先生も養護教諭である以上は回復魔法を使えるはずなんだけど、最近になって主義に目覚めたのかもな。


「まぁ、わからない考えでもないけど……」

「良い悪いは置いといて、だ。俺は早急にこの右手を治したいんだよ。この後、クエストで鉱石掘りにいかなきゃならんのに、これじゃツルハシも持てねぇ」

「治すのはいいけど、3000ポイントな」

「わーってるよ。あぁー、10連ガチャ一回分が」

「どうせ最低保障だよ」

「馬鹿野郎! わかんねぇだろうが! ガチャには無限の可能性があるんだよ!」

「この前大爆死して天井叩いた奴の言葉とはとても思えないな」

「いいんだよ、それは。いやよくねぇけど。俺がガチャを回すことでコンテンツの寿命が少しでも延びるなら万々歳だ」

「そういうもんかね。まぁいいや」


 俺の端末にポイントが振り込まれたのを確認して、回復魔法を唱える。

 大きく腫れていた手首はみるみるうちに元の形状へと戻り、色味も赤から正常な肌色へと戻った。


「ほら、治療完了」

「さっすが! 日本一だぜ! 全然痛くない! よーし、じゃんじゃん掘ってじゃんじゃん稼ぐぞ!」

「その稼いだポイントも全部ガチャに飲まれるんだろ?」

「あたぼうよ!」

「まぁ、本人がそれでいいならとやかくは言わないけどさ」


 俺もソーシャルゲームを始めたら利守みたいになったりするかな?

 やめとこ。


「んじゃ、ありがとな」

「あぁ。鉱石掘りもほどほどにな」

「一番割りのいいクエストなんだ、やめられないね。はは!」


 笑って見せて、利守は駆けていった。

 次に会う時には炭鉱夫にでもなってそうだな。


「さぁて、クエストクエスト」


 今日もきっちり、貰った金額に似合う働きをしないと。

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