第5話 転生拒絶Ⅰ
「……今のは風の音じゃないよな」
「えぇ、アンデッドのものよ。それもたくさん」
「速く離れたほうがいい」
「そうしましょ」
複数のアンデッドの存在を確信して直ぐにその場を後にした。
来た道を戻り、錆び付いたレールの走る通路を駆ける。
だが。
「冗談だろ」
「アンデッドが、こんなに」
幾度か曲がり角を曲がった先で、通路一杯にひしめき合うアンデッドの群れに行く手を塞がれた。スケルトン、スパルトイ、リッチ、マミー。ゴブリン、コボルト、リザードマンのアンデッド。
正面突破は現実的じゃないと見て即座に踵を返し、別ルートを駆けるも。
「クソ、ここもか」
「どうなってるのよ、もう!」
行く先々で夥しい量のアンデッドが道を塞いでいた。
追い詰められるように逃げた先は、線路のレールも途切れてしまった大空洞。
四つある入り口のすべてからアンデッドが溢れ出し、俺たちは逃げ場を失った。
状況は絶望的。
それでも。
「……魔法使いになった時から」
あるいは、ヒーラーになると心に決めた時から。
「ダンジョンで……死ぬ覚悟は出来てる。けど」
「えぇ、そうね。今日をその日にする訳にはいかない」
「右手の通路が手薄だ。突破の可能性があるのはそこしかない」
「そうね、こうなったらもう一か八かよ。私が道を拓くわ」
星花の周囲に次々と浮かぶ星々。
計十二。
相対するアンデッドに対して、あまりにも心許ない数。
放てば補充される星にも、魔力というエネルギー的な限りが有る。
俺の回復魔法は傷は治せても失った魔力を補充することはできない。
「行くわよ! 四季!」
「後ろは任せて前だけ見てろ!」
宙に浮かぶ星の一つが流星となってアンデッドの群れを貫く。
それを合図に駆けだし、右手にある通路へと最短距離を掛ける。
「ターンアンデッド!」
ヒーラーの限られた攻撃手段の一つ、アンデッドに対する強制浄化魔法。
単一対象であり、複数同時に浄化することは叶わない。
だけど、魔法が発動すればこの程度のアンデッドなら一撃で活動停止にできる。
そして魔法と平行して剣撃を行えば、俺と星花に近づくアンデッドの処理にはギリギリ間に合う。
「四季! いる!?」
「ぴったり後ろに付いてる!」
腐り果てた四肢が弾け飛び、浄化の果てに抜け殻となった死体が膝を突く。
何体何十体ものアンデッドを撃破しながら退路を進む。
右手の通路まであとすこし。
矢継ぎ早に放たれる星の魔法は、あとどれほど保つ?
星花の残存魔力はあとどのくらいだ?
その目測は星花が常に展開している星々の数に表れていた。
十二あった星が七つにまで減っている。
まだ大丈夫。余力は残っている。このまま行けばこの包囲を突破できるかも知れない。
そんな希望を抱いた、次の瞬間のことだった。
暗い影が俺たちを塗り潰しては通り過ぎ、前方のアンデッドたちを踏み潰して舞い降りる。
剥がれ落ちた鱗、虚ろな瞳、虫食いの翼膜、千切れた尾。
「――ドラゴンゾンビ」
腐れ果てた一体の竜が俺たちの行く手を塞ぎ、希望を踏み潰した。
腐竜は大口を開く。大気と魔力を口腔で圧縮し、火炎に変換して解き放つために。
「四季!」
眩い輝きを伴うドラゴンゾンビの火炎ブレス。
太陽と見紛う一撃は、星々を連ねた盾では防ぎきれず、貫通した爆風がアンデッド諸共俺たちを吹き飛ばした。
何度も地面を転がり、ようやく止まる。
全身を駆け巡る痛みに耐えて顔を持ち上げると、側に星花が倒れていた。
「星花!」
自身の治療もほっぽり出して、倒れた星花の元に駆ける。
幸いなことに息はある。けど、意識がない。見た目上は大きな怪我を負っていないように見えるけど、内側はどうかわからなかった。
「クソッ、すぐに治して――」
視界の端。
薄暗い視界を照らすように、ドラゴンゾンビの口腔が煌々と輝きを放つ。
火炎ブレスがくる。
回避は間に合わない。
ことのすべてに終わりの時が来たことを悟り、視界は光に包まれて何も見えなくなった。
そう。なにも見えなくなる、はずだった。
§
「人間は日々、大なり小なり死のリスクを許容して生きている」
白い部屋だ。
周囲には本棚がずらりと並んでいて、その中心には一つの机と椅子がある。
そしてその一つしかない椅子に、この部屋の主であろう誰かが腰掛けていた。
黒い装束を身に纏った何者かは、本を片手にして、こちらに語りかけているのかいないのか。視線を文章に落としたまま話を続けた。
「交通事故に遭うかも知れないのに人は車に乗るし、雷に打たれるかも知れないのに雨の日に外出をする。定期的に訪れる天災に対して備えはするものの逃れようとはしない。キミもそうだろ?」
「あんた誰だ?」
「僕かい? 僕はキミだよ。いや、キミが僕になる、かな」
要領を得ない言葉に、すこし苛立ちを憶える。
「なにを言ってる。ここはどこだ」
「ここは魂の部屋さ。キミのね」
「俺の……魂?」
「そう。僕はキミの魂の部屋にお邪魔しているんだ。まぁ、すぐに僕の部屋になるんだけどね」
ぱたりと本を閉じてテーブルに置き、誰かは立ち上がる。
その時になってようやく、じっくりと正確に、その誰かの容姿を確認できた。
忘れるはずもない。幾度となく、あらゆる媒体で、見続けてきた顔だ。
「お前ッ!」
「ははー、ちゃんとした自己紹介といこうか。その通り、僕の名前はルイン・ルルクリア。キミたちの国を滅亡一歩手前まで追いやったネクロマンサーさ」
年端のいかない子供のように、いたずらっ子のように何者か――ネクロマンサーは笑う。
「なんで、だってお前は」
「そう。僕は死んだ。ははー、最期の魔法はちゃんと機能したみたいだね。あぁ、
へらへらと、楽しそうに、ネクロマンサーは語る。
「
俺自身の魂の部屋、その中心に居座るネクロマンサー、
キミは僕になる。
ネクロマンサーの言葉を繋ぎ合わせて導き出される答えは一つだった。
「乗っ取る気か……俺の体をッ!」
「その通り、そしてそれはもう始まっている!」
ネクロマンサーの足下が墨溜まりのように黒く染まり、それがこの部屋を侵食する。
「人間は日々、大なり小なり死のリスクを許容して生きている。魔物に殺されるかも知れないのに、危険なダンジョンに毎日のように通っている。出来ているんだろう? 死の覚悟が。だったらいいよね。その命が今日、今ここで尽きても! この僕が貰っても!」
魂の部屋が、どす黒く染まっていく。
「許容しろ! この死も!」
「ふざけるな……」
部屋の侵食がぴたりと止まる。
「な、なに?」
どす黒い侵食を押し返し、部屋の色彩が再び白に戻っていく。
「そ、そんなバカな。最期の魔法は確かに発動したはず。なぜ、こんなことが起こる――まさか……寄りにも寄ってこの体の魔力属性はッ」
「なにがなんだか知らないけど」
「魔法がッ反発する!」
「ここから出て行け!」
「クッソォオオオオオオッ!」
白に侵食され尽くされ、ネクロマンサーが消失する。
この魂の部屋から俺以外の人格が破棄され、肉体の主導権は以前として俺のまま。
史上最悪の転生に抗い、生き返りを阻止した。
「は、はは……ざまぁみろ」
不意に瞼が重くなる。
立っても居られず倒れ込み、泥に沈み込むように意識が遠のく。
その刹那、俺の瞳が移したのは一面の灰色だった。
白に戻ったはずじゃ? その疑問を抱いてから完全に意識が落ちた。
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