第4話 転生当日Ⅱ

「目的地は第七階層、啜り泣き坑道よ」


 怜悧学園の敷地を出て、ダンジョンの通路を歩く。


「深層からほど近い階層だな。学生身分じゃ何人も来られない場所だけど」

「当然! 私には許可が下りてるわ! 優秀だもの!」

「はいはい、優秀優秀」

「えへへ、そうでしょ!」


 これで素直に喜ぶんだから可愛げもある。

 ちなみに俺にも許可が下りてるけど、言わないでおこう。行くのはこれが初めてだし。

 星花くらい、これを言うのはなんとなく癪だけど、優秀ならより危険なダンジョンの深層にも行く許可が下りるだろうけど、俺はたぶんまだ先だ。

 確実にマウントを取られる。

 ひょっとしたら星花の指名があればヒーラーとして深層にくっついて行けるかも知れないけど。


「それで? 第七階層でなにをすれば?」

「今朝、受けたクエストはこれよ」

「えーっと、鉱石スライムの捕獲……鉱石スライム?」


 聞いたことないスライムの種類だ。


「そ。新種のスライムなんですって。液体なのに鉱物で生き物でもあるらしいわ」

「ほーん、検体がまだ少ないから捕獲ね。新種の魔物に第七階層、そんで鉱石か。このクエスト、相当割りが良さそうだな」

「わかるー? 昨日の比にならないくらいよ。見付けた瞬間、絶対に逃がしたくない! って思ったもの。これでコスメを買ってもおつりがくるし、他になにを買おうかしらー!」

「勢い余って殺すなよ」

「そんなヘマしないわ。でも、やり過ぎたら回復よろしくね」

「やっとヒーラーらしい仕事ができそうだ。対象が魔物ってのがアレだけど」


 まぁでも、これも立派な仕事だ。


「そういや第七階層って言えば、ドワーフの集落が近くにあるな」

「そうね、啜り泣き坑道も元はドワーフの炭鉱夫が整備したって話だし」

「うっかり迷い込まないようにしないと後が面倒だぞ」

「大丈夫よ。第七階層は初めてじゃないもの。ほら、入り口が見えて来たわ」


 硬い岩を掘り進めた洞窟が崩落してしまわないように、支えとして建てられた梁。それは古ぼけてはいるが、しかししっかりと坑道の天井を支えていた。

 これが折れると大変なことになると魔物たちも理解しているのか、ここから先に続く幾つもの梁に、傷跡やマーキングの痕などはまったくないのだとか。

 第七階層、啜り泣き坑道。そこには人と魔物にはっきりとした共通認識がある。


「今日も泣いてるな。風の仕業なんだっけ? この音」


 坑道からは女性が啜り泣くような音が響いている。

 これがこの第七階層の名前の由来。


「みたいね。最初の頃はアンデッドになってしまった人たちが自分を哀れんで嘆いているって言われてたみたいだけど」

「怪談話によくある話だな。俺たちはの役回りは脅かされる側?」

「当然、魑魅魍魎を退治する側よ!」

「捕獲しなきゃだから退治しちゃダメなんだけどな」


 不気味な音に怯むこともなく、星花は先陣を切って坑道に足を踏み入れる。

 その後に続く形で俺も第七回層へ。

 中に入ってみると啜り泣きの声はただの風の音に変わり、かと思えば再び女性の声になる。岩肌の凹凸の具合によって聞こえるところとそうでないところがあるみたいだ。

 そして、それに濁ったような呻き声が微かに混じる。


「星花」

「わかってる」


 錆び付いた線路が続く先、通路の暗がりから顔を見せた魔物、マミー。

 赤黒く汚れた包帯を全身に巻き付け、腐臭を纏い、爛れた痛々しい姿で、それはゆっくりとこちらに近づいてくる。


「最近、やたらと出るわね。アンデッド」


 そう言いつつ星花は詠唱することなく手の平に星を精製して放つ。

 流れ星のように、それはマミーの額を撃ち抜くと儚く消える。

 後に残った死体が倒れ伏し、行く手を塞ぐ生涯は取り除かれた。


「俺の友達も同じこと言ってたな。アンデッドが増えてるって」

「ヤな感じね」


 マミーの死体を跨いで更に通路の奥へ。

 クエストの事前情報と照らし合わせて入り組んだ通路を進み、鉱石スライムの生息地と思われるエリアの一角に到着する。

 そこは他とは違って凹凸が激しく、壁にも歪な穴が彫り空けられ、採掘途中で放棄された場所のようだった。


「情報によると、この亀裂から鉱石スライムが出てきたみたいね」


 星花の視線が携帯端末から壁に走った亀裂に向かう。


「随分と狭いところから出てくるんだな。こりゃ柔軟性は普通のスライムと変わらなさそうか」

「上質な鉄を好むって書いてあるわ。刀の出番ね」

「これ?」


 腰に差した刀に触れる。


「そう、それ。玉鋼なんていいエサじゃない」

「刀は侍の魂なんだが?」

「侍じゃなくて魔法使いでしょ。ほら、速く」

「わかったよ……」


 鞘から刀を抜いて、その先を壁の亀裂に近づけてみる。

 すると亀裂の奥から暗い銀色の液体が噴き出し、慌ててそれを躱して距離を取った。


「で、出た!」

「それが鉱石スライムよ!」


 岩肌の地面に飛び散った液体が一所に寄り集まり、一つの球体となる。

 かと思えば、次の瞬間には硬質化して体表面から結晶体が飛び出た。

 硬化も軟化もお手の物か。


「引っ張り出したぞ、次は?」

「私の出番!」


 鉱石スライムの周囲に星々が浮かぶ。


星牢せいろう


 詠唱文を省略した簡易魔法によって、顕現した星の檻。光の線で星々が繋がり、その中心に据えた鉱石スライムを閉じ込める。星々の重力によって檻の中心に捉えられ続け、隙間から逃れることも叶わない。


「はい、捕獲完了。私ってどうしてこんなに優秀なのかしら!」

「流石、仕事が早いな」

「えへへ!」


 魔法によって捕らえられた鉱石スライスを捕獲専用のケースに詰め込む。かなり暴れたが、頑丈な作りを突破することは叶わず、ケース自体に施された沈静化の魔法によってすぐに大人しくなった。


「思ったよりずっと早く終わったわ! さっさと帰って報酬を受け取りましょ」

「今回も出番なし」

「ヒーラーの仕事がないのはいいことよ。でしょ?」

「まぁな」


 無傷でいられるなら、それに越したことはない。そう上手くはいかないからヒーラーが必須になるんだけど。


「じゃあ帰ろう――」


 捕獲ケースの機能の一つ、縮小化を使って手の平サイズにまで小さくし、ポケットの中へ。そのまま来た道を戻って怜悧学園に戻ろうとした、その時のこと。

 酷く濁った叫び声が幾重にも反響して耳に響く。

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