第6話 転生拒絶Ⅱ
ふと、我に返る。
ドラゴンゾンビから放たれる眩い死の光は、けれど未だに届いてはいなかった。
体がある。意思もある。眼下には星花がいる。
なら、なぜ?
疑問を解消するために視線を持ち上げた。
「なん、で……」
眼前には夥しい数のアンデッドたちの焼死体が散らばっていた。
まるでアンデッド全体が一丸となってドラゴンゾンビの火炎ブレスを受け止めたかのような、俺たちを――俺を庇ったような、そんな有様だった。
なぜそんなことを。
その答えは、突如として発生した頭痛と共に現れた。
「頭がッ――」
止めどなく注がれる情報の波。
脳が悲鳴を上げ、しかしそれはすぐに収まった。
そして全てを理解する。
「あの、野郎……よくも、よくも!」
三度、口腔に火炎を含んだドラゴンゾンビに相対するように立ち上がる。
「穢しやがったな、俺の魂を!」
史上最悪の魔法使い、ルイン・ルルクリア。
奴の転生計画は失敗した。
死霊魔法と、その対極に位置する聖属性の魔力が反発し合い、結果としてルイン・ルルクリアの人格は消滅した。
奴が持っていた知識と経験の一部、そして忌まわしき死の魔力属性を残して。
太極図がそうであるように陰と陽は表裏一体の隣り合わせだ。
往生際悪く残した置き土産に感応して、俺の魔力属性は反転した。
今の俺はヒーラーではなく、ネクロマンサーだ。
「俺に従え」
声に魔力の乗せて放った命令がドラゴンゾンビの自由を奪う。
口腔の火炎は消失し、大口は閉じられ、深々と頭が垂れる。
それは服従を示す行為だった。
「本当に……俺は……」
自身の傷を回復魔法で治そうと試みる。
だが、以前なら一瞬で消えていた擦り傷がいつまで経っても治らない。
酷く効率が悪くなっている。
魔力属性が反転し、聖から死へと変質した。
「――」
あらん限りの大声で叫ぶ。
俺はもう二度とヒーラーには戻れない。
憧れたあの人には届かない。
志も、努力も、積み上げて来たすべてがたったいま脆くも崩れ去った。
今の俺はこの国のすべての人間から忌み嫌われ、拒絶され、敵意を向けられる存在だ。
§
「ん、んん……あれ、私……」
「目が覚めたか、星花」
「四季……ドラゴンゾンビは!?」
勢いよく掛け布団を吹き飛ばして上体が起きる。
「私、たしかブレスを防いで……それで……」
「あぁ、星花が防いでくれたお陰でなんとか逃げ出せたんだ。わかったら、まだ寝てろ。傷は治したけど体力はまだ戻ってないんだ。ほらほら」
「わ、わかったわよ。お、押さないで」
押さえ付けるように保健室のベッドに寝かせて掛け布団を掛ける。
当然ながら事の真相は違う。あの時、起こったことをありのまま話せはしない。
そんなことをすればきっと、俺はこの学園に、いやこの国にいられなくなってしまう。
「私、ブレスを防いだ時に思ったの。あ、死んだって」
「俺もだよ」
従えたドラゴンゾンビは、まさかこの学園に連れてくる訳にもいかず、決して人を襲わないように始末を付けた。
「だから、よかった。私もあなたも、ちゃんと生き残れて」
「……そうだな」
これまで培って来たものすべてが瓦解した。
人生を捧げると決めた夢はもう叶わない。
それでも死ぬよりは、自分が自分でなくなるよりは、よかったのかも知れない。
星花も助けられた。
それは間違いなく、よかったことだ。
「さて、じゃあそろそろ行くか」
「あら、もっと居てくれてもいいのよ」
「そうしたいのは山々だけど、これから報告書を書かなきゃなんだ。手伝ってくれるか?」
「ふわぁ、なんだか私とっても疲れちゃってるみたい」
「だろうな。あぁ、そうだ。鉱石スライムは依頼主に渡しておいたから」
「ありがとう。なにからなにまで世話になるわね。命も助けてもらったし」
「命を助けてもらったのは俺も同じだし、礼を言うのはこっちのほうだ。それに、これもヒー……」
一瞬、言葉に詰まった。
「……ヒーラーの仕事のうちだよ」
そう言い残して、養護教諭の先生に一言挨拶をして保健室を後にする。
「はぁ……とりあえずヒーラーを装えはするか」
死霊魔法の中にも回復に関する魔法があることが、ルイン・ルルクリアの知識を参照することで発覚した。
元々は操るアンデッドの肉体を修復するための魔法だったが、生きた人間にも効果は適用されるらしい。
まるで化粧で隠したように傷が消えた。これでなんとか誤魔化せる。
自分の怪我を治した際はなんともなかったし、星花にも異常はなさそうだ。
本当は死霊魔法なんて、もっと自分の体で色々と試してから他者に使いたかった魔法だけど、防いだとはいえドラゴンゾンビの火炎ブレスの直撃を受けた星花を、一刻も早く回復させる必要があった。
ルイン・ルルクリアの知識で問題ないと知っていたけど、こうして異常がないと確認できてようやく胸をなで下ろせた気分だ。
「とりあえずは一安心……だけど」
廊下を歩きながら思案するのは、ルイン・ルルクリアの知識の中にあった見過ごせない情報のこと。
奴の最期の魔法、
万が一、この転生計画が失敗に終わった時のため、ルイン・ルルクリアはダンジョンの深層にそれを隠していた。保険が発動するまであと一年。それを過ぎると時限式の魔法が発動して再び
この魔法は思ったより万能ではなく、転生先を選べず、その対象が誰になるかは俺もわからない。
今度も俺になるとは限らないし、聖属性を持った誰かになるとも限らない。
保険が発動する前に止める必要がある。
だが、この話を人にする訳にはいかない。
止めに行くのは俺一人だ。
「上等だ、止めてやるよ。復活なんてさせてたまるか」
保険の在処はダンジョンの深層。学生身分では許可がなければ立ち入れない危険な領域だ。
決まりなど無視して今すぐにでも行きたいところだけど、今の俺では実力がまるで足りない。
まずは許可が下りるくらい、自分自身が強くならなければ。
悠長にはしていられない、最短距離で強くなるには、頼りたくはないけどルイン・ルルクリアの知識と経験を使うしかない。
それでもダメだったなら、その時は俺のすべてを投げ打って正体を明かし、大人たちに協力を仰ぐ。その結果、俺がどうなろうとも俺たちの世代が幼少の頃に経験したあの地獄が再現されるよりはずっといい。
「よし」
覚悟が決まったところで自室に付く。
まずは報告書を書き上げてしまおうと扉を開いたところ。
『ぬ?』
「は?」
俺の部屋に見知らぬ老人がいた。
いや、正確に言えばそれは老人の幽霊だ。
転生拒絶 ~転生先として選ばれたヒーラー、人格の上書きを拒絶したら知識と経験だけが継承されて最強のネクロマンサーと化す~ 黒井カラス @karasukuroi96
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